32
もし宜しければ、レビュー、感想、評価等お願い致します!
「あれ、それ勧誘チラシ?エメリナも貰ったんだ」
マリーが魔物生態学の教室に行くと、隣の席のエメリナはじっと黄色と黒のチラシを見つめていた。
声を掛けられたエメリナははっと顔を上げてマリーを見ると慌てて黄色と黒のチラシを鞄に押し込み、マリーへ向き直る。
「お、おはようございますマリー先輩。…マリー先輩も貰われたんですか…?」
「うん。…なんかチラシ見てたの邪魔した、よね。ごめん、私のこと気にしないで見ててよ」
「いえっ!大丈夫です!」
「…そう?私、実はラビリエに来たの初めてだから、この間の休みにナタリアって言う同じ部屋の子に案内してもらったんだ。ラビリエってあんなに人がいっぱいいるんだね。びっくりした!エメリナはラビリエに来たことあった?」
「…いえ、私も、初めてです。リディも、契約者も、沢山いて驚きました」
「あー、私ガリアだから分からなかったけど、そうみたいだね。エメリナ達ってリディウムまだだよね?いつ頃契約するの?」
「夏頃だそうです。それまでは魔物生態学で基礎を固めるって言ってました」
「そっか、待ち遠しいね!」
「はい、皆さん揃っていますね。それでは授業を始めます」
教室中の騒めきをぴたりと止めたマウリはふんわりと微笑むと、女子生徒が見惚れるチョーク捌きで黒板へ文字を刻む。
カツカツとなるその音さえも陰ながら福音と言われるマウリは、今日も今日とて完璧であった。
カツリ、とマウリがチョークを置くと同時に生徒の興奮が空気を揺らす。
――『実地学習』。
まだ見ぬ魔物に、生態に、マリーの目は煌めく。そんなマリーを見てリディも目を輝かせた。
マウリのリディのひと鳴きで静かになったものの、興奮と落胆に分かれる生徒達を見たマウリは思わず苦笑する。毎年の事とはいえ、やはり子供は素直だ。
「今回の実地学習はデュッサの生態についてです。デュッサについてはこの間授業をしましたね。
実地学習には私達教師も数人付き添っていきますが、過去には一部の生徒が魔物を刺激したことが原因で骨折や一時意識不明などの重症に陥った事もありますので、十分注意して下さい」
――…ん?それは、凄い重要なことなんじゃ…?
余りにもさらりと告げたマウリに生徒達は一周回って困惑した。
魔術学院では入学時に魔物生態学の実地学習について保護者へ許可証の提出を義務付けている。
実地学習は当然危険を伴うものではあるが、あの魔術学院の教師が複数人配置されること、また、そもそも許可しないと魔術学院に入学出来ず、将来に影響することから全生徒の保護者が許可証を提出していた。
過去に次期領主の子を持つ領主が学院に対し、危険な授業は取りやめるようにと嘆願書を送った事もあったそうだが、その際周りから「あの程度の授業をこなせない領主など領地も高が知れる」と囁かれたらしい。
そのような事もあってか、領主一族の間では一族のプライドを掛けた、別の意味で注意しなくてはならない授業であった。
当然、ロズウェルも次期当主ではないとはいえ、一族に関わってくる事なのでマリーに「しっかり励むように」と釘を刺した。…のだが、
――これだ!お兄様が楽しんでおいでって言ってたの…!
もしこの場にロズウェルがいたら、彼は手で顔を覆っていたかもしれない。
―――――
マリー達は少し早めの昼食をとり、郊外のデュッサ牧場へと向かう。
デュッサは雑食だが餌を与えていれば比較的大人しく、防水性の皮や柔らかい肉が国民に広く親しまれていることから、特に消費の多い首都の近くで牧場を構えることが許されていた。
牧場へ行けば、弾かれたように雲ひとつない空の下、広い草原にちょこちょこと見える白い塊。
草を食んでは時折背を伸ばして周りを見渡すデュッサ達を横目に、マリー達は牧場主と紹介されたガタイの良い男性から説明を聞いていた。
「えー、これからみなさんには作業着に着替えてもらいます。
そして、デュッサに対しては必ず体を起こしてください。低い位置に目があるとデュッサは小動物と勘違いして突っ込んできますので」
そう言って出してきたのはツナギ。
何度も使われているのか若干よれたり、茶色の汚れがついており、生徒の中の半数以上が嫌そうに顔を顰める。
マリーは良く森に通っていたため特に抵抗は無かったが、普段から土に塗れない生徒からすればあり得ない代物だ。
何故か重いツナギを渡されると、心底気に入らないと言わんばかりの表情をした生徒の言葉を皮切りに次々と不満が流れ出す。
しかし毎年のことなのか、牧場主の男は気にせず口を開いた。
「ツナギには各箇所鉄板が仕込んでありますので、万が一デュッサに突かれても大事にはなりませんが、
ツナギを着ないと角がお腹に入って吐き戻したり、背中に当たり腰の骨を折る事になりますので、注意して下さい」
途端に生徒の不満が止んだ。
マリーの視界には先程まで文句を言っていたツナギを命綱の様に握りしめている生徒もいる。
死地に向かう戦士達のような雰囲気に、リディはもぞりと居心地悪そうに体を動かした。
そんな生徒達に脅しが効いたと理解した牧場主は一転
、口角を上げ眉尻を下げた。
「と言ってもデュッサ自身は温厚な魔物なので、ツナギを着て、馬鹿にしたりしなければ心配ありません。少し見ていて下さいね」
よっ、と柵に手をつき乗り越えた男は近くにいるデュッサに前から向かう。
気配を感じたのか上半身を立て、つぶらな瞳で見上げるデュッサに、男はじりじりと近づいていき、誰かがごくりと唾を飲み込んだところで、男はひょいとデュッサを正面から掴み上げた。
そしてくるりと生徒側へデュッサを向けた男はにかりと笑い、生徒に見えるように両手で掲げると、
「このようにデュッサはとても温厚です。触る時は後ろからではなく前から近づくこと、上体を起こすことに注意すればだいじょグフォッ!」
横から飛んできたデュッサに見事に脇腹をど突かれた。
蹲った男の頭が下がったからか、他のデュッサ達も目の色を変えて男に走り出す。
ど突いたデュッサは男が掲げたデュッサに近寄ると数回匂いを嗅ぎ、男を見てフンス、と鼻を鳴らした。
「――このように、今は繁殖期なためメスに触るとオスが飛んできますから、デュッサに触るのであればオスにして下さい」
「いっ…てぇ、っておおお!?来んな!走ってくんな!」
「オスとメスでは尻尾の色が違うので分かりやすいと思います」
「ちょ、待っ!」
「あ、あの!あの人危ないのでは!?」
「大丈夫です。我々はこの時の為に日頃から鍛えていますので。ご心配頂きありがとうございます」
「痛いものは痛いんだがなあ!?」
別の男性がこれが落ち着いたら牧場内をご案内しますね、とにっこり笑う一方、マリー達は少し青い顔で逃げては飛んでくるデュッサを受け流す牧場主を見続けるのだった。
デュッサ牧場
ここで働く者たちは日々デュッサの猛攻を凌げるよう訓練を怠らない。肉良し皮良しのデュッサを傷つけるわけにいかない彼らの体術はトップクラスの柔を誇るが、それを自覚するのはまだまだ先である。
なお、牧場主の甥はガリア領に婿入りしている。




