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訂正。
ラビリエの城下町は城から南側へ大きく広がっており、大通りが城から南へ1本、西の魔術学院と東の魔術研究所の間に1本ある。
大通りが重なる場所は広場となり、広場から円形にいくつもの中通りが通っていた。
「クェップ」
「朝からご飯食べ過ぎたんじゃない?これから美味しいものが沢山あるみたいだけど、リディは満腹かなー?」
「クァアウ!」
「分かった!分かったから!」
「…大丈夫かしら」
魔術学院の玄関。
そこにマリーとナタリア、そして深緑色のフード付きポンチョを被ったリディはいた。
リディのポンチョは町でドラゴンである事がバレ、周囲の無用な混乱を防ぐためであるが、興奮するリディを見ると大分難しいのでは?とナタリアは思う。
ナタリアが提案したことではあったが、決して混乱が起きた結果兵士が出張ってきて観察を邪魔されては堪らないといった理由では無い。決して。
「とりあえず、ハリティア広場ね」
「あの大通りが重なってるところだよね。前通った時はお店とか無かったけど…」
「休日は大道芸や出店が出るの。広場と学院の間は基本的に学生向けのお店が多いから、見て回りながら広場へ行きましょうか」
「うん! リディも気になるものがあれば教えてね。飛んじゃダメだよ!」
「クァ!」
わかった!と手を挙げるリディに顔が綻んだマリーは、「よいしょっ」と声を上げてリディを抱え直す。
学院から出ると大通りには嗜好品や学生向けの学用品など、若々しさを感じさせる店がずらりと並んでいた。
「あ!あれお兄様が買ってきてくれたやつだ!」
「あれも美味しかったなー」
「こんなに人気だったんだ、知らなかった…」
見るもの見るもの、マリーはクラウスからもらった土産全てが若い女性に人気絶頂と噂の商品だったことに驚く。
帰省したクラウスは当然その様な気配など微塵も感じさせず、もしゃもしゃと笑顔で土産を頬張るマリーを(緩んだ顔で)見ていただけであったため、現実を知ったマリーは若干申し訳なさを感じ、今度は自分がお返しをしようと心に決めた。
クラウスの妹愛はターニャが危惧した「同世代の同性との会話」ネタを図らずしも解決するのだった。
ガタイの良い男子生徒が持ち比べている武器屋や本を積み重ねてふらつく女子生徒のいる本屋、女性が店のガラスに張り付きこちらを見ている文具屋(マリーは気付かず、ターニャは無視した)などを通り過ぎると、そこはハリティア広場。
けらけらと笑う子供達の声や出店の活気ある声達が豊かに響く広場である。
「はいはい美味しいよー!じゅわりと滴るこの旨味!今が旬のデュッサの串焼きだよー!」
「見ててねー、…っはい!水龍!」
「うおー!かっこいいー!」
「ママ!私あれ食べたい!」
「分かったから走らないの!」
「うわー…!すっごい!」
「クァア…!」
目を輝かせるマリーとリディの目に入るのは、大勢の人、人、人。
ガリア領の収穫祭の時のような賑わいがそこには広がっていた。
「今日はお祭りがあるの?」
「いえ、毎週末こんな感じよ。週ごとに出店が変わる場合もあるけど、基本人混みは同じくらいね」
「へえー」
「!、クア!クアア!」
「ん?串焼きが欲しいの? ナタリア、少し行ってもいい?」
「勿論いいわよ(その為に来たのだから)」
がらりと一瞬で獲物を注視する猛禽類のような目をしたナタリアにリディは少し背筋を震わせたが、どうやら危機感はデュッサの串焼きに負けたらしい。
真似したがりのリディは代金を払おうとするマリーから金を催促、自分で金を渡して串焼きを手に入れた事にご満悦のままむしゃぶりついた。
その幸せそうな表情は、会計時から結構な至近距離でガン見しているナタリアをすっぱりと認識から切り離し、全く揺らぐ事はない。
マリーとナタリアも広場の隅のベンチに腰掛け、串焼きを頬張っていると、通り過ぎる人達を見てふとマリーの頭に疑問が浮かんだ。
「なんか、リディといる人少ない?」
マリーの視界の中でリディを連れている割合は約4割ほど。見逃した可能性を含めても、領民の約7割が契約者であるガリア領に比べればその差は圧倒的である(その殆どのリディがカシネズミであっても)。
「ああ、ガリアに比べたらそうなるわね。契約者って普通はそんなにいないのよ?寧ろここはラビリエだから多い方で、他に行けば大体全体の2〜3割程度。規定値以下の魔力持ちも4〜5割くらいね」
「そうなんだ…。周りの人は殆どリディがいたからみんなそうなんだと思ってた」
「ガリアが異常なのよ。どうも春風の溜まり場周辺のエーテルが濃い事が関係しているんじゃないかって言われているんだけど、真偽の程は分からないわ」
「へえー」
「クア!」
もっきゅもっきゅと口元にタレをつけたままのリディが隣のベンチでいちゃこら食べさせあっていたカップルを見て、自分も!と期待した目で串焼きを差し出してきた。
マリーが食べてお返しをすると、リディは再び満足そうにもっきゅもっきゅと咀嚼し始める。
「リディは本当に人の真似が好きね。ローヴィライ種は総じて人の真似をするそうだけど、リディは普段から人との距離が近いから何処まで真似するのか楽しみだわ」
「お金を払いたがったのはびっくりした。野生のローヴィライ種も子供の時から人に興味があるのかな?」
「子供は良く尻尾取りをしてるそうだけど…、金銭のやり取りは大人のドラゴンでも聞いたことないわね」
「そっかー。リディ、今度尻尾取りしてみる?」
「本当に取れるわよ、尻尾」
「取れるの!?」
ええ!?、と驚愕の事実にマリーは思わずリディから体を離した。うっかり尻尾が取れてしまっては一大事だ。まあ、アードルフやジョジットからすればただの良い素材という認識になるのだが。
ちなみにローヴィライ種の尻尾は翌日には生えるため問題無いのだとか。
そんな事を話しているうちにリディは串焼きを食べ終わり、また歩きを再開すると、広場の片隅に人だかりができていた。
何やら前の人が話すと人だかりが拳を振り上げ、唾を飛ばしている。
――凄い応援…水掛け祭りに行くのかな?
その光景にマリーはバクスイの水光線に尻込みする領外出身者を鼓舞する領内出身者達を思い出した。弾かれれば打ち身、残れば名誉な水掛祭り。昨年はベルエムが優勝した。元気な老人である。
「ナタリア、あれどうしたの?」
「あれ?…ああ、ラオステロね。リディの魔術契約主義に対して野生の魔物のリディの地位向上を主張してる団体。聞きに行ってみる?」
「皆さんも知っている通り、リディは生涯のパートナーです!彼らに助けられたことも多くあることでしょう!
しかし、上を見て下さい。やれ野生の魔物だったリディは野蛮だ、やれリディの格が自分の方が上だ、などと傲慢だと思いませんか!
リディは装飾品ではありません!自己顕示欲を満たすものでもありません!
人のリディをペットと呼ぶなど、侮辱以外のなにものでもない!それが分かっていない今の国は、変わらなければなりません!
我々は自身のリディの為に、そして、全てのリディのために!立ち上がるべきではないでしょうか!!」
「そうだそうだー!」
「頭の固い魔術契約主義なんかクソ喰らえ!」
「俺も前から気に食わなかったんだよな、あいつらいつも上から物言いやがって」
「分かる分かる、俺だってリディと一緒に結構仕事こなしてきたから背中預けるくらい信頼してるけど、ああも鼻で笑われるとな…」
演説者は細身ながら引き締まった筋肉を持つ若い男であった。
その横には堂々たる佇まいの犬族の魔物が目を光らせ、集団の監視をしていた憲兵を睨みつけている。
足を止めた聴衆へ次々と渡されている黄色と黒の勧誘チラシは、当然マリーやナタリアの手にも収まった。
「ラオステロは過激派と穏健派に分かれてるの。元は魔術契約したリディが心無い契約者に暴行を振るわれた事からリディの保護を謳って出来た団体らしいのだけど、そこから別れたのがこの過激派。穏健派も当然いるけど、殆どの人がラオステロと言えば声の大きい過激派の事を指すわ」
「ふーん」
「マリーは興味ないの?」
「うーん…」
聞かれたマリーは先日のことを思い浮かべる。
同級生からリディをペットと呼ばれたあの時。
確かにマリーは悪意ある発言に傷ついた。
だから後に「あんな事を言わなくても良いのに」と思わなかった訳でもないし、ラオステロの主張も理解できる。
しかし、マリーがあの時一番に思ったのは――、
「私、リディといたいだけだから…周りじゃなくて、まずは自分の事頑張ろうかなって。
ほら、リディを一番近くで守ってあげられるのは私だから、私がしっかりしないと!」
自分はなんて弱いんだろう、と。
だから、この先もリディと共にあれるよう自分が努力しなければとマリーは溢れるように笑うのだった。
クラウス「マリーからの贈り物…!なになに?
『今ラビリエで人気のお菓子で、凄く並んだの。これからは私が送るから、良かったら食べてね!』
……食べられる訳がない。天使だ。保存しとこう」
ロズウェル「頼む、食べてくれ…」