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「皆さん初めまして。私はマウリ・ニスラ。これから半年間、皆さんの魔物生態学を担当します、宜しくお願いします」
魔物生態学。
その名の通り、魔物の身体的特徴や生活形態を学んでいく授業であり、授業計画には校外学習も含まれている。
マリーの担当となった男性――マウリ・ニスラは若竹色の髪を耳にかけると、ふわりと目を細め、目尻に小さくシワを作った。
「この授業では魔物の生態を中心にお話しますが、中には各地の環境と密接に関係しているものもありますので、地形や植物についても学んでいきましょう」
穏やかな口調で教科書の表紙を撫でるマウリに、窓からの日差しが神の祝福に見えた一部の女子生徒が思わず胸元を抑える。
陰ながら年齢を問わない無差別女性キラーと呼ばれるマウリの教室では毎年見られる光景だ。
「クゥ?アー」
「綺麗な先生だね」
1番後ろの席に座っていたマリーとリディもマウリを見て頷く。
長椅子に立って見ていたリディは更に首を伸ばし、尾を振った。
そんなリディにいつ後ろから襲われるのかと戦々恐々とするのは1年生達である。中には魔術契約至上主義の生徒達もいるが、ドラゴンの脅威がしっかりと浸透しているあたり、やはり首都と言えるだろう。
マリーの隣に座った生徒は見て分かる程に小刻みに震え、手の下にあったノートはぐしゃぐしゃだった。
マウリはその様子を見ると、一人頷いて口を開いた。
「皆さんの代では珍しい事に2年生の編入生を加えていきますが、ドラゴンが気になって授業に集中出来ないと困るので、先にドラゴンのお話をしていきましょう」
マウリの言葉に教室中の生徒がちらりとリディを見たので、リディはびっくりしたように伸ばした首を引いてマリーにぴたりとくっつく。
マリーもつい表情が強張ったが、見上げてきたリディを見て、表情を緩めた。
「まず、ドラゴンはフォルタンシアでは主に北部に生息しており、5種類に分けられると言われています。
火属性のファグリス種
水属性のロアグル種
雷属性のリコリス種
風属性のサザウラッド種
そして、命属性のローヴィライ種
魔力属性の通りですね」
「魔物の中でも飛び抜けて強いドラゴンは、過去に国を滅ぼしたとも言われていて、大変注意が必要です。最悪出会えば死ぬ事もあります。問題は皆さんが近づかなくても、ドラゴンから近づいてくる場合もあるということですが……、それは後でお話しましょうか」
「しかしドラゴンといえど、リディウム時に魔術契約をしたり、野生のドラゴンに認められればリディに出来ます。数は少ないですが、首都や北部にいた人達は見た事もあるでしょう。リディである限り、ドラゴンも他の魔物も変わりません。
皆さんには是非、その点を理解してもらいたいですね」
ちなみに、ローヴィライ種はカゴを編んだり、尻尾取りをして遊ぶこともある人真似が好きな種族で、敵意さえ向けなければ温厚なドラゴンですよ。
ふんわりと締めくくったマウリに教室の強張った雰囲気が解れる。
マリーがちらりと隣を見ると、震えていた生徒もマリーを横目で見ていたようで、目が合うとぱっと視線を晒された。しかし、震えは治ったらしい。ノートに新しいシワは無いようだ。
リディもほっと息をつき、しがみついていた手を離す。
そして身体を弛緩させ、ぱちくりと目を瞬かせると、
――縦に避けた瞳孔と目が合った。
「ピィッ!?」
「なんだ!?」
「お、俺じゃない!俺じゃないぞ!」
「私は食べても美味しくないわよ!?」
「俺よりあっちの方が食べ甲斐があるだろ!?」
「オレよりあいつの方がしゃぶり甲斐があるぜ!?」
「は?表出ろや」
「あ?やってやんよ」
「はいはい、落ち着いて!ドラゴンが少し驚いただけです。――全く、いないと思ったらそんな所にいたんですか。生徒のリディを驚かせてはいけませんよ」
驚いたリディに過剰反応した生徒達を落ち着かせたマウリはしょうがないなという顔で声を掛ける。
すると、リディの眼前にあった目玉周辺からざわりと一気に黄色い鱗が現れ、長い舌をちろりと出した。
トウカレオン。
危険を感じると自身を拡散し、透明になるオオトカゲだ。マウリのトウカレオンはリディウム産のようで、額には契約痕があった。
トウカレオンはしゅるりと肉厚な舌を出し入れすると、大きい体の割に素早くマウリの肩へと戻っていく。
マウリは自分のリディを確認すると、「まずは隣の生徒と自己紹介をして下さい」と言って、リディの額を撫で始めた。
マリーの隣はノートがぐしゃぐしゃなあの生徒だ。
「あの、」
「っ!……すみませんっ」
「ううん!大丈夫!私、マリー・ガリア。と、ドラゴンのリディ!これからよろしくね」
「クァ!」
「エメリナ・エスキベル、です…。宜しくお願いします、」
自己紹介をしながらもちらりちらりとリディを見るエメリナ。
前髪が掛かっている茶色の瞳は、どうもリディに興味があるようだった。
「リディが気になるの?触っても大丈夫だよ?」
「え…、いいんですか…?」
「クァウ、クア!」
「くっ、ふふ、リディも触られたいみたい」
「クァア!クウ!」
「ごめ、笑ってごめんって!」
触ってどうぞと胸を張ったリディは、マリーに笑われてムッとする。
そして半目で抗議した後、リディはエメリナへ頭を下げた。
マリーとリディのやり取りを見て唾を飲んだエメリナが恐る恐る額へ手を当てると、リディは尾を左右に振りながら額を押し付ける。
楽しそうにぐいぐいと掌を押すリディにエメリナの口元が綻んだのを見たマリーは、仲良くなれるといいな、と思いながら、そっと容赦なく叩いてくる犬のようなリディの尾を抑えるのだった。
マウリ・ニスラ♂
マリーの魔物生態学担当。
穏やかな口調と優しい目元の無差別女性キラーと名高いミニマリスト。
たまに散らかり放題のクリメント・キュトラの部屋を片付けている。
頼まれごとは基本引き受けるが、受けたくない時は笑って押し通す剛の者。