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リディウムメイト!  作者: 銀シャリ
私のリディ!
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3

 

 ガリア領は農業と牧畜が主な土地で、首都ラビリエは北西にあり、東は山、南は森で、森の奥には東から連なる険しい山々がある。領土も他の領土に比べると結構狭く、領主屋敷から馬で2時間も駆ければ国境とされている森まで辿り着けるのである。


 ガリア領の森は領民が生活する上で大切なものだ。春から秋は食べ物が、冬は薪木が取れる。また、南の山々から流れてきた川が溜まる湖もあり、冬でも凍らないその場所は国内でも「春風の溜まり場」として有名であった。

 余談ではあるが、この森、正式名称はザフォルの森という。領民からしてみれば領土内に他の森はないし、一々正式名称を言うのも面倒くさい。そのためただの「森」呼びが始まったのだが、他領に比べて格差もなければ、もともと領民との距離が近かった領主一族。いつからか「森」呼びが定着してしまったのだ。クラウスも魔術学院で初めて知ったので、入学当初、学友から「お前ん地のザフォル、スゲーな!」と言われた時は思わず真顔で「は?」と返したクラウスであった。




 マリーが馬を駆けて屋敷に戻ると、門番兼庭師が開門した。



「お帰りなさい、マリー様。今日はどうでした?」

「ただいま!今日は春栗が取れたよ。デュッサにもあったから春栗をあげたんだけど、上手くいかなかった…。ジェフリーはどうやってロドリーと契約したの?」



 マリーはジェフリーを見上げる。


 ジェフリーはガリア領の一領民で、リディができたため領主に雇われたガタイの良い男だ。妻と子供がいる彼は、領内で唯一、野生の魔物を力技で捩じ伏せて契約した実績がある。その力量を見込まれて、門番をしているのだが、兼務している庭師については、お金の余裕がない領主に頼まれてやっているだけであった。


 そんな彼のリディはロドリーと呼ばれる鳥である。赤い丸いフォルムに小さな足、羽は先端に向かって明るいオレンジ色になるグラテーションだ。縄張り意識が強く、集団行動が多い。攻撃しなければ問題ないが、縄張りが荒らされると警戒音を叫び合いながら、空から羽を飛ばして攻撃する。ロドリーの羽は薄く、勢いをつけた紙で切ったかのようにスパッと肌が切れるので、ロドリーの怒りをかった生き物は何十という羽の雨に晒され、体を切られ、逃げ帰ることになる。ただ、魔物の中にはロドリーを餌とするものもいるので、魔物の世界もシビアだった。


 ジェフリーのロドリーは個体差なのか、非常に温厚であった。商人が勝手に庭に入っても、すーっと見に来てすーっと帰るのである。

 庭師を兼務することが決まった時、ジェフリーはロドリーが木の上で生活することを思い出し、ジョウロを持たせてみた。すると、楽しそうに空中から水を撒いてみせたので、水撒きを任せることにしたのだ。毎日毎日水撒きをするロドリーは、当然庭を縄張りとした。しかし、温厚な性格のため、人が庭に入ったくらいでは警戒音を出さない。これに驚いたのはジェフリーと領主である。ロドリーの縄張り意識は屋敷の防衛に使えると思っていたため、2人揃って肩を落としたが、思わぬところでロドリーの激情を知ることとなった。


 1人の商人が屋敷を訪ねてきた時の話である。突然の訪問だったのでジェフリーは日を改めるように説得したが、商人はなんのその。ジェフリーのロドリーが温厚なことを知っていて商人は屋敷に押し入ろうとしたのである。急遽知らせを受けた領主は門へと走る。領主が門の付近でモメる2人を見つけた瞬間、商人の持っていた鞭が偶然近くの生垣を貫いてしまった。


 瞬間。


「キャアアアア!」

 女性の叫び声。否、ロドリーの警戒音である。


 ロドリーの警戒音は雌雄によって異なり、メスの警戒音は通称「奇声」、オスの警戒音は通称「男泣き」と言われる。「男泣き」が聞きたい場合は是非とも飼っていただきたい。


 警戒音は遠くまで聞こえるので、その時屋敷にいた人間は漏れなく全員驚いた。このロドリーの温厚さは屋敷中に知られていたため、どこのロドリーが鳴いたのかと周囲に尋ねるものが出たくらいである。

 一方、警戒音を聞いた商人は瞬時に引き返した。逃げ遅れれば命の危険すらある。ジェフリーと領主は凄まじい速さで飛んでくるロドリーに目を剥いた。目が、違う。ジェフリーなんて、契約するために縄張りへ侵入した時より怒ってるのでないかと感じた程だ。怒り心頭のロドリーに羽を飛ばされ、情けない声をあげながら逃げ帰る商人を見て、2人の男は目を見て頷いた。


 ――これからは、絶対に庭を壊さない。





「俺の時はロドリーが気を抜いている隙に制圧しましたから、参考になるかどうか…。」

「名前をつけた時、どんな感覚がするの?」

「うー…ん。こう、繋がった!というか、安心感というか……」

「………ほっとする感じ?」

「ううー……ん」



 ジェフリーは顎に手を当てたまま眉間にしわを寄せて固まってしまった。

 あ、これ、時間かかるやつだ。

 悟ったマリーは、辺りを見まわす。このまま放っておくと夜まで考えかねない。見える範囲に彼女が居なかったので、マリーは春栗を1粒ぽいっと投げた。



 スッ



 春栗が消えた。

 バサバサと上から降りてくるのは春栗を咥えたロドリー。さすが、ゴミひとつ残さない管理者である。

 マリーは考え込むジェフリーをロドリーに託すと、とりあえずご飯行くね、とジェフリーの服を数回引っ張り、まっすぐ屋敷へのびる道を歩いたのだった。

「おー…じゃあな…。うー…ん」




「ただーいまー」



 正面玄関を開けると玄関ホールがあり、向かって右側に第2応接室、左側に使用人の部屋がある。ホールの右奥は厨房で左奥には一族の部屋や第1応接室があった。客間はホールを突っ切ったところに一応あるが、今は使われておらず、完全平屋建て。小さな小さな屋敷だ。


 マリーの声が聞こえたのか、第2応接室からメイド服を着た女性が出迎えた。切れ長の目尻に少しのシワ、すっとした鼻に薄い唇。髪をきっちりと纏めた彼女の首元には紺色のスカーフが巻かれていた。メイド長、ターニャ。それが彼女の名前である。



「お帰りなさいませ。マリー様、ただいま戻りました、です。言葉は正しく使って下さいといつも言っているではありませんか。はい、もう一度」

「ただいま戻りましたー」

「伸ばさない!」



 マリーは別にターニャが嫌いなわけではない。言っている事も分かるし、正しいことも分かる。ただ、なんというか、鬱陶しい。放っといてほしい。好きか嫌いかと言われれば、好きだけど。という微妙な感情を持て余している。

 マリーはむすっとした顔で口を開いた。



「ターニャ厳しすぎるよ。別にいいじゃん、」

「良くありません。領主の娘には、領主の娘としての言葉遣いがあります」

「…お母様みたいな?」

「そうです」

「少しくらい知ってるよ!ごめんあそばせ!」

「意味は?」

「えっ」

「意味はなんですか?」

「………遊ばせてごめんね?」

「違います。また、奥様も言いません」

「早く言ってよ!」



 もうっ、もう!

 地団駄踏みそうになるのを堪えながら、マリーは視線をそらした。彼女は美人なのに、この性格がいただけない。真面目すぎるのだ。たまに、少しだけ、抜けてるけど。もんもんとする気持ちを押し込めると、視界の隅でターニャが春栗が沢山入ったカゴを受け取ろうとしていたので、ふいっと遠ざけてマリーは厨房へ駆け込んだ。



「これは私のだからいいの!」



 カゴが重いから気遣った、なんてマリーには恥ずかしくて言えなかった。



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