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本文訂正しました。
「気にする必要は無いわね。言わせとけば良いのよ」
なんてことはない、とナタリア・アダモフはサンドイッチ片手に言い放った。
マリー達は今、裏庭にいた。
裏庭は涼やかな木陰にベンチやテーブルが置いてあり、中庭と食堂に次ぐ人気昼食スポットだ。今も多くの生徒達が方や輪を組みきゃらきゃと、方や仲睦まじげにいちゃいちゃと昼食を食べている。
平時のナタリアであれば人の多い裏庭になど来ないのだが、クラスから暗い顔をして出てきたマリーを見て、自分の慰め下手を知っていた彼女は急遽、ある程度人の声が聞こえる裏庭へと移動した。
そして、マリーをベンチに座らせ、その太腿にサンドイッチを乗せると、冒頭へと戻るわけである。
マリーはちらりとナタリアを見るも、その顔は表情は未だ暗い。
マリーの側にはリディが寄り添い、尾までも寄せて、マリーを見上げていた。
「…でも、私、知らなかった…。魔術契約をしていないとリディじゃないなんて…、私、魔力無いから…」
――リディを、本当のリディにさせてあげられない。
時間を掛け、クラスメイトの言葉を噛み砕いたマリーはゆっくりと恐怖する。
――私に魔力が無いから…、私が何も知らないままリディになってってお願いしたから、リディはぺ…、ペットだなんて言われて…っ
ここ、フォルタンシア国ではリディとペットは区別されている。
リディとは魔術契約をし、生涯を共にするパートナーであることに対し、ペットとは魔術契約無しに飼われている生き物である。
権力者の多くが魔術契約主義であるフォルタンシアではリディはペットの上に位置すると考えられており、そこには明らかな悪意があった。
マリーの瞼の裏に浮かぶのは、ペットと称され、周りから笑われても、その意味がわからず、困惑したままずっとマリーに寄り添ってくれていたリディの姿。
直ぐに守ってあげられなかった、とマリーの目尻がじわりと濡れる。
マリーの手が膝の上で強く握りしめられたのを横目で見たナタリアは、つい、と視線を前に向け口を開いた。
「知らなくても、変わらなかったんじゃない?」
「………え…?」
マリーの揺らめく青が前を見据える紅を捕らえた。
「私は魔術契約がリディの証だなんて、そんな論文見たことないわ。野生の魔物が人を認めれば、それだって立派なリディよ。大体、何故みんな野生の魔物はリディウムの成体より価値が無いと考えているの?確かにリディウムは長い間人と共にいるから意思の疎通はしやすいと思うし、魔術契約があるから名で制御する事も出来る。でも、単純な強さでいったら野生の魔物の方が何倍も強いのよ。野生の魔物とリディウムの成体の同一種を比較したディモステニス理事の本にも書いてあったわ。まあ結局、リディの格を自分の価値のひとつとした人達が多いから起こった議題ね」
つらつらと言葉を連ねるナタリアは、そこまで言ってはっ、と我に帰った。――いけない。ついつい、叔父節が出てしまったわ。
ナタリアは幼少期、泣いた自分に対して頭を掻きむしりながら必死に論文を引用してくれた叔父を思い出した。叔父には悪いが、あれは慰めとは言えない。
「だから、まあ、何が言いたいのかというと、
……貴女はリディを想っていて、リディも貴女を想ってる。契約時にリディについて知っていても知らなくても、どちらにせよ貴女達は一緒にいそうよ」
――知らなくても、変わらない。
その言葉がじんわりとマリーの胸に沁みる。
「クァアウ、」
横を見れば、一緒だよ、と言うように金の瞳は柔らかで。
マリーの涙がぽろりと落ちた。
マリーはぎゅ、と目をつぶったかと思うと、ゴシゴシと目を拭い、煌めく青い瞳をナタリアへ向けた。
「ナタリア、ありがとう。私、もう気にしない。リディ、私、一緒にいてくれるだけで幸せだよ!」
「クルァ!」
「ふふ、リディも?嬉しいなぁ。じゃあとりあえず、午後の授業から一緒に頑張ろっか!」
ぎゅるるるぅ〜
リディの腹の虫を合図に、昼食を取り始めるマリーとリディ。
それを見つつ、ナタリアは自分のサンドイッチを囓った。
――純粋培養だったのが、多様な意見に揉まれてどう変化するのか興味はあったし、いつもなら口は出さないで観察するのだけど…。
マリーがリディの話をする時に浮かべる笑顔。それがなくなると少し残念だと思ったのは、内緒である。
―――
ひと段落ついたマリーとリディは昼休みの残りの時間で昼食を食べ終えなければと慌てて食べ始める。
リディが口元にカスをつけながら、ほくほくとリディ専用フードを食べていると、それは突風の様にやってきた。
「きゃああああ!それはドラゴン!?ドラゴンよね!?」
「クァ、ア…!?」
「(尻尾がすり抜けた!?)」
バンッ
「クァ!??」
「………。」
突如、歓喜の声を上げながら迫ってきた女性に驚き、抱えていたフードの缶を落としてしまうリディ。
地面に散乱したフードにショックを受けたリディの尾はベンチを擦り抜け、マリーも驚いたが、ナタリアがベンチを叩いた音でなんとか透過から持ち直した。
きゃあきゃあと興奮止まぬ女性はリディを様々な角度から眺めると、袖を少し振り、掌に滑り落ちてきたメジャーであらゆる長さを測り始める。
最後にリディの口元を指で押し上げ牙の長さを測ったその人は、うっとりと顔を蕩けさせると、腰から駆け上がる震えのままに大きく身震いした。
「はああぁ、艶めく鱗に滑らかな翼…金の瞳は生命力を感じさせ、小さな牙は獰猛さを語る…はぁああ…っ!」
「え、…先生?」
「そうよ。……バレーヌ先生、止めてもらえませんか。私のですよ」
ナタリアが牽制を込めて声を掛けると、バレーヌ先生――ジョジット・バレーヌは頰を赤らめたままナタリアを見下ろした。
「あら、別に良いじゃない。彼女たちは誰のものでもないわ」
「駄目です。只でさえ貴重なドラゴンの素材の中、輪をかけて貴重な子供ドラゴンの素材……既に私が予約しています。追い剥ぐ獲物を見るような目で見ないで下さい」
「貴女ね…。随分な言いようだけど、私、教師ですからね?」
「では要りませんね?」
「教師の前にコレクターなの。要るわ」
キリッとした顔で言い切ったジョジットは、リディを見て再度表情を緩めた。
うっとりとした彼女は、恋する乙女と表現して間違いない。相手はドラゴンであったが。
「ああ、本当に惜しいわ。私が貴女たちの担当や魔物生態学担当だったらどんなに良かったことか…」
「先生は何の先生なんですか?」
「3年のクラス担任と1年の魔物生態学の担当よ。ガリアさんとは別クラスの、だけれど。だから、もし質問があったら遠慮なく聞いてちょうだい!担当のマウリ先生より私の方が絶対良いわよ!」
「マウリ先生…?」
「ニスラ先生ね。マリーの魔物生態学を担当するみたいね。良い先生よ」
「もう、マウリ先生もクリメント先生もどちらか席を代わってくれれば良かったのに、酷い話よ」
「ジョジット先生!何サボってんだ、探したぞ! 君達悪いな、先生を連れて行ってもいいか?」
「ええ、大丈夫です」
「良くないわ!私まだ満足にドラゴンを触れてないの!って、引っ張らないで!離しなさい!離しなさいってば!?」
「えっ?えっ!?」
急に現れた男性教師は眉を吊り上げて歩いてきたかと思うと、マリーとナタリアへ頭を下げた。
ナタリアが流れる様な対応をすると、男性教師はずるずるとジョジットを引きずって校舎へ引き返していく。
他の生徒も慣れたものなのか、ちらりと見ては「またか」と言った視線を送っていた。
当の引きずられている本人が「私の事は是非名前で呼んで!また会いに行くわ!今度はリディに触らせてちょうだいね!」と消えていったのを見て、マリーとリディはぱちくりと顔を見合わせたのだった。
――いろんな人がいるんだなぁ…。
ジョジット・バレーヌ♀
魔物コレクター。
マリーの編入にあたり、マリーのクラスや授業を担当したいと駄々をこねたが、クリメントは欠伸をして聞き流し、マウリは微笑んで聞き流した。
最近欲しいものはドラゴン ローヴィライ種の子供の歯。
とある魔術研究所の副所長とは同級生。