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PV2000達成、ありがとうございます!
秋が過ぎて、冬も過ぎた。
少し冷たい春風吹くこの日、マリーはキャリーケースを引いて白い門の前に立っていた。
キャリーの上にはぱちくりと門を見上げるリディが座っている。
明日はマリーの待ちに待った、魔術学院編入日。
魔術学院は魔力測定で規定値に達した国中の生徒を収容するため、首都ラビリエにある本院と東西南北にそれぞれある分院の計5つでなっている。本院には領主一族と比較的魔力量の多い者達が、分院には比較的魔力量の少ない者達が振り分けられているため、マリーは本院へと編入することになった。魔術学院にはそれぞれ寮が併設されており、学院が始まる前日から3日前までの間に入寮する決まりになっている。
―――ここが、魔術学院。
キャリーを掴むマリーの指先にきゅ、と力が入る。
門をくぐり、噴水のあるロータリーを抜けたその正面、緑と金で彩られた大きな建物――魔術学院に、在校生が友人と笑い合いながら歩いていく。
新入生はというと、門の前に立ち止まり、ぽかんと見上げている者や笑顔で学院へ走り込む者、そんな彼らを軽く鼻で笑っていく者など様々だ。
「リディ!楽しみだね!すっごく楽しみ!」
「クルゥウ!」
風がするりとマリーの頬を撫で、その瞳がきらりと光る。
その横ではまるで同調するように金の瞳も輝いた。
そして高鳴る心に急かされるように、マリーとリディは門をくぐるのだった。
―――――
寮には大浴場や食堂、遊戯場、学習室等が設けられており、2人一部屋で約半年の集団生活を送る。寮は寮母を筆頭に大人の手で管理されていた。
部屋は人2人に各々のリディが(中型までなら)入るので、それなりに大きく、勿論、大型のリディと契約した場合に備えて、外には大型リディ専用の施設もあった。
マリーとリディの自室のドアにはネームプレートが飾られており、マリーの名前の上には「ナタリア・アダモフ」と書かれている。
卒業までの2年間、クラウスの言いつけ通りリディが透過する事を隠し通さなければならないマリーは、一番隠すのが難しいであろう(なにせ、リディは寝ぼけてベットをすり抜けたことが幾度もある。どうやら気をつけていないと透過するらしい)ルームメイトの名前を凝視する。
マリーがじーっと見つめる先が気になったのか、リディは「何?何?」とマリーの肩口へ移動。左肩だけ重くなったマリーはバランスを取り直しながら、口を開いた。
「ナタリア・アダモフさんだって」
「クゥウ?」
「どんな人か分からないけど…、リディ、通り抜けないように気をつけてね。大変だと思うけど、リディが通り抜けられる種族だっていうのは秘密にしなきゃ」
「……クァ!」
心得た!とキリリと鳴くリディにマリーは「よし、」と気合いを入れると、ドアノブを回す。
部屋には勉強机に多少大きな2段ベット、大きなクローゼットにバス、トイレ、洗面所が揃っていたが、肝心のルームメイトは居ないようだった。
意気込んだ際に詰めていた息を吐き出したマリーは、既に荷解きが終わっている机を横目に自分のキャリーを机に寄せ、持ち込んだ教科書や筆記用具を机に入れる。
一方リディは初めて見る二段ベットに興味を抱いたようで、パタパタと不思議そうに上の段と下の段を見比べていた。
「リディー?人が居ないからってイタズラしちゃダメだよ?」
「クゥ?ゥウ?」
「ん?…あははっ!違うよリディ!それはアダモフさんのベット!リディのじゃないよ!」
何故2つもベットが?もしかしてこれは自分のベットか?と、しきりにマリーを振り返りながらベットを見つめるリディ。その尻尾は振り子のようにぶんぶんと振られていたがマリーの言葉を聞いた途端、しゅん…と下がってしまった。
それに驚いたのはマリーだ。
リディとは契約してからずっと一緒に寝ていたが、そこに文句を言われることもなかったし、嫌そうな事もなかった。寧ろリディ用に用意していたベット(クッション)は使われずに仕舞い込まれたくらいである。これからも一緒に寝ると思っていたマリーは慌ててフォローを入れた。
「えっ、ご、ごめんねリディ!自分のベットが欲しかったの?それなら大きいリディがいる所ならきっとリディのベットもあるよ!」
「クァ!ウ!」
「ううん、私はここで寝るから行かないよ…リディがベット欲しいんだったら寮母さんに言ってこなくちゃ。今からでも大丈夫かな?」
「……クルァ!ルァ!」
「ええ!?いいの!?ベットいらないの!?なんで不機嫌なの!」
マリーの返答に納得いかなかったリディはぷんすかとベットに尾を叩きつける。
マリーはいまいちリディの気持ちが分かっていなかったが、てっきりマリーとお揃いのベットが手に入るとリディが期待したのを知っているのは当人のみ。
結果、一緒に寝られないなら要らない!と癇癪を起こすリディと意味がわからず狼狽えるマリーの図が完成した。
つん、とそっぽを向くリディをマリーはきゅ、と抱き上げる。
「どうしたの?リディ。なんで起こってるの?」
「…クァ!」
「ええ…?分かんないよ…」
「クァ!クァ!」
「腕叩いて何を……あ!もしかして私と一緒に寝たかったの?」
「…クル、」
「そっかぁ、分かんなくてごめんね。じゃあ一緒に此処で寝る?」
「クルァ!」
「えへへ、嬉しい」
「クルルル」
「随分仲が良いのね」
ビクッ
突如間近に聞こえた声にマリー達の空気が一気に固まる。
言うことを聞かない首筋を懸命に動かし恐る恐る振り向いたマリーの先には、緩やかなウェーブを描く黒髪に褐色の肌、そして知的に煌めく紅い瞳の少女がじっくりとマリー達を見つめていた。
一人と一匹の視線の先で、少女はうっすらと瞳を細め、その唇を嬉しそうにしならせる。
「私はナタリア・アダモフ。ルームメイトよね、宜しく。私、貴女のリディみたいなドラゴン初めて見たわ。是非お話を聞かせてよ、ね?」
そう話すナタリアの紅には、マリーの腕をすり抜けるリディの身体が映っていた。
腕を叩かれたロズウェルとはえらい違い。




