番外編(姉の料理が改良されたらしい)
PV1900達成、ありがとうございます!
い、1日にPV300超えがあり、震えてます…
う、うおおぉ…今後とも宜しくお願いしますうおおぉ…
世の中、誰しも得手不得手がある。
もしかしたら完璧と称される人もいるかもしれないが、大抵の人にはある。
寧ろ、それがあるからこそ個人が個人として確立され、尊重されるのではないか。
得手は伸ばし、不得手は補う。
そうすることで新たな可能性が――
「あるんじゃないかと僕は思うんだけど」
「俺、仕事あったの思い出した」
「私掃除してこなきゃ」
「待って!僕を1人にしないで!2人なら分かるでしょ!?」
「分かるから仕事に行くんだよ!」
「私は見てないわ!お弁当らしき物なんか私何も見てない…!」
秋を迎える少し前のある日。
フォルタンシア国ガリア領領主屋敷のその裏で、昼休憩を取っている者たちがいた。
執事見習い――オルド。
メイド見習い――メリッサ。
料理人見習い――マルク。
彼らは昔からの幼馴染で、縁あって見習いになった3人組である。
この日、オルドとメリッサは事前にマルクから「自分が作っていく」と言われていたため、自分の弁当は持参せず、料理人見習いとして日々研鑽を積んでいるマルクの料理を楽しみにしていた。
2人が偶然合流し、何時もの場所――屋敷裏へ歩いていくと、そこには、
真っ青な顔のマルクと、その膝の上に乗っている立方体のピンクの包み。
危険を察知し、踵を返した2人の肩を逃さず掴んだマルクが語ったのが、冒頭の言葉であった。
「なんだよー…昼楽しみにしてたのにさぁ…」
「ごめん…、断れなくて…。朝、部屋から出たら姉さんが弁当持って待ってたんだよ」
「毎回思うけど、ジーナさんの料理ってどうして味も匂いもなくなるわけ?ある意味凄いとは思うけど」
「僕が一緒に作ってても気がついたらなってるんだよ。この前は完成までは匂いもしてたのに、姉さんが皿によそったら無くなったんだ。凄いよね」
「凄すぎるだろ」
とりあえず座った3人は話を続ける一方で、その視線はピンクの包みから離れない。
マルクの姉――ジーナは、毎回同じピンクの包みで弁当を包むため、その味見役を何度もこなしている彼らからすると、ピンクの包みは今日超えなければならない大きな壁なのである。
マルーラが来てからは大抵全て食べてくれたが、残念ながら、今日、彼らの神、マルーラは屋敷の探索に行っており不在。したがって、どんなに祈ろうとも小さな毛玉は助けてくれず、頼れるは己自身だ。
ごくり、と唾を飲み込み、3人が無言で包みを見ていたところで、マルクがはっと思い出した。
「そういえば!朝、母さんが姉さんの料理を美味しいって言ってた!」
「「え!?」」
「味、ついたの!?」
「マジかよ!」
マルクの言葉で3人の心持ちは一気に浮き上がる。
「なんだよ、そうならそうと早く言えよ!やっと、やっとかぁ…」
「長かったわね…」
「驚き過ぎて母さんの言葉忘れてたけど、これでやっと姉さんに普通に料理を教えられる…」
湧いて出てくる今まで経験してきた味見の数々。
料理は見えるのに、味はしない、匂いもしない、かといって空気を噛んでいる訳でもなく、ひたすら己に「今自分は食べている」と言い聞かせる日々。
そんな日々が、終わった。らしい。
精神的な重りから解放されたそれぞれの表情には笑顔が溢れ、オルドの腹の虫は途端に鳴き始めた。
最も長く味見役を担い、最も多くジーナの料理に苦悩したであろうマルクなど、若干目尻に涙が溜まっている。
そんなマルクの背中を元気付ける様に叩いたオルドは、各々に箸を配り、爛々と輝いた目で包みを見た。
「早く食べようぜ、俺腹減ったよ」
「僕も急にお腹が空いてきた。…安心したからかな?」
「そうかもしれないわね。お茶いれるわよ」
包みを解くマルクに覗き込むオルド、そして水筒から茶を分けながら横目で見ていたメリッサの中心で、そっとマルクはフタを外す。
少年から青年へと変わる少し骨張った手が視界の中央から端へ移動すると、現れた弁当の中身は――透明だった。
「「「………。」」」
動揺したメリッサは茶を零し、先程まで鳴いていたオルドの腹の虫は「ぎゅううう、くっ!」と絞め殺されたかのような声を上げる。
ぱたり。
数拍後、オルドは無言のまま、マルクの手を誘導してフタを閉めた。
――んん…?
3人は同調した。したが、三者動揺、何も伝わらない。
「弁当って、中身透明だったっけ」
「…多分卵焼きが入ってたわ」
「透明のな」
「ウインナーも入ってた」
「透明のな」
「……色の無い料理なんて僕初めて見たよ」
「……でも、味はあるんだよな?」
ぽつりと溢されたオルドの疑問は至極当然のものであった。目に見えないナニカを前に料理の存在自体を疑う事になろうとは、彼らも思ってもみなかった。というか、もはや退化しているのではないか…?彼らは飛んだ思考の片隅でそんな事を思う。
しかし、食べない訳にもいかない。
マルクが帰宅すれば弁当の感想を笑顔で待つジーナがいる。
3人は決意を秘めた瞳で互いに頷き合い、弁当へと箸を伸ばした。
――そう、仕事だ。領主一族を支える一員として領内の問題は把握しておく必要がある。いや、ジーナの料理がどうなろうとも領に影響は無いだろうが、それでもこれは、そう、仕事なんだ。
3人は、見事、味見を己の夢見た仕事の一環だと関連づける事に成功し、土砂崩れの様に崩れ込むハズだったストレスを回避してみせた。
そしてそのままの勢いで料理を口に入れる。
「味が、する」
しかも美味しい。
何故か感動した3人は黙々と箸を進める。
全て食べきり、ほっと息をついた彼らは、ぼんやりと空の弁当を見下ろした。
「…美味かった」
「…うん」
「…どうして、味が」
「…色が抜けたから?」
「…そうか」
「…色が抜けたら、味が、出るのね」
とんでもない理論である。
それでも「料理に味がある」衝撃から戻ってこれない3人は夢現な状態で納得した。
だから、今まで味がしなかったのか。
誰か別の者がこの場にいれば、そんな事は無いと間違いを訂正してくれただろう。
しかし実際にいるのは過去何度もジーナの味見役をし、一向に改善しない料理に若干鬱々としていた彼らである。
そんな中、料理に味がついた。こんな大きな進歩は今までに無い。だからこそ、喜ぶべきなのだろう。――例え、変な方向に改善したとしても。
この後、マルクから弁当が美味しかったと聞いたジーナは「じゃあ次は香りを改善しなきゃよね!フィビリスお婆さんに教わってくるわ!」と喜びながら家を飛び出すこととなる。
そして、それを見たマルクは「何でフィビリスお婆さん!?」と頭を抱えることとなるのだが、今のマルク達がそれを知る訳もない。