22
勉強を終えたマリーが廊下を歩いていると、前方で執事見習いとメイド見習いが厨房を覗いていた。
こそこそと話をしては2人して厨房を覗く姿は何処からどう見ても働いていない。
なにやら面白そうな予感がしたマリーはリディと目配せをすると、抜き足差し足で近づき、厨房ばかり気にしている2人へ声を掛けた。
「何してるの?」
「うわっ!?ま、マリー様」
「静かにしなさいよ…!」
「いっ…!叩く事ないだろ…!」
「え…ご、ごめんね…?」
「いいえ…!お嬢様は謝らなくて良いんですよ」
「お前が謝る事だもんな」
なあ、聞いてんの?おいって。
声を掛けてくる執事見習いを笑顔で認知の外へ追いやったメイド見習いは口を開く。
「ほら、この間マルーラが犯人だってなった時、私達料理人見習いに声を掛けてあげられなかったじゃないですか。あの時のこと少し悪いなって思ってて…私達で話し合って、マルーラを捕まえてあげることにしたんです。だからこうして見守ってるんですよ。何回か本人に見つかりそうになったこともありましたけど、今の所見つかっていません!無敗です無敗!お嬢様もいかがですか?」
なるほど。
マリーが納得し、執事見習いを見ると、謝らせる事を諦めた彼が厨房の死角から覗き見ては隠れるを繰り返している。
ふと、マルーラを捕まえた後どうするのかとメイド見習いに聞けば、「叱ってから森に離します」と言われて思わずマリーの眉尻は下がってしまった。
メイド見習いが不思議に思い、尋ねると、マリーは「マルーラにも、何か、理由があるんじゃないかと思って…」としゅんとしている。
これを見たメイド見習いは天を仰いだ。
「…どうしよう…今ならクラウス様の気持ちが分かるかも…」
「え?」
「いえ、確かに何かなければストーカーにはならないですよね。別に顔がイケメンって訳でもないし…。マルーラを捕まえたら聞いてみましょう」
「うん!」
それなりに酷い事も言いながら、案外するっと自分の意見を取り入れてくれたメイド見習いへマリーは明るく頷く。
マリーの笑顔を見て再度うっかりクラウスの気持ちを理解しそうになったメイド見習いは、厨房を覗いていた執事見習いの声ではっと自我を取り戻した。
「ありがとう、助かったわ…!」
「は!?なんの話だよ…それよりマルーラがいたぞ」
執事見習いにならって厨房を覗き込めば、真剣な眼差しで料理している料理人見習い――の、正面にある窓の内側のサッシ部分に白い綿毛がちょこん、と乗っていた。
長い毛に覆われているせいで目は見えないが、どうやら料理人見習いを熱心に見つめているようだ。
「あの距離で気づかないのかよ…」
「本当に手元しか見てないのね」
「スゥゥ…、!カァ、カァッ!」
「わわ、リディ大丈夫?」
「大丈夫ですか?」
「うん、噎せちゃっただけみたい。煩くしてごめんね」
「クルゥ…」
「リディもごめんねだって」
「おい…」
「全然問題ありませんよ。じゃあリディも一緒にマルーラを捕まえる方法考えましょう…!」
「おいって…!」
「何よさっきから、今話してたじゃない」
「すっげー見られてんだよ…!マルーラ見てみろって…!」
「「え…!?」」
「クァ…!?」
美味しそうな匂いを吸い込み過ぎて噎せたリディの話をしていた一同は、バッ!と一斉に窓を見る。
そこには先程まで料理人見習いを見つめていた(と思われる)マルーラが、まるで邪魔をするなと言わんばかりにマリー達へじっとりとした視線を送っていた。
まさか見られているとは思っていなかったマリーとリディ、メイド見習いは思わず怯む。
そんな彼女達を庇う様に1つの影――執事見習いは飛び出した。
「俺が!」
マリーには見えなかったが、素晴らしい初速度で動き出した執事見習いは暴風のように厨房へ突撃。
ついに手を、マルーラに、伸ばし――
ガシッ
「厨房で何してんだ!!!」
「え!?料理長!?」
「!?君、何やって…」
「!(ぴょん)」
「邪魔するなら料理中に入ってくるな!」
「あああ!マルーラが逃げた!!」
「マルーラいたの!?」
「こっちに来る!」
「クァア!?」
「私にお任せくださ!…い…」
マルーラ、逃亡成功。
捕らえられるかに見えた執事見習いの手は料理長により止められ、混乱に乗じたマルーラは窓サッシから降りてメイド見習いの足元をするり。
マルーラの華麗な逃亡に一同暫しぽかんとするも(一部を除く)、足元を抜かれたメイド見習いがいち早く復活し追走。マリーとリディも慌てて追いかけた。
ちなみにこの時のメイド見習いの目つきは大層険しく、それを見たマリアーナのリディ(たまたま散歩中)は秒で卒倒した。