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PV800越え!ありがとうございます!
更に、評価までつけて下さった方、ありがとうございました!嬉しくて何度も見返しました(笑)
皆さま、今後もどうぞよろしくお願いします。
「本当にごめんなさい!」
表面がつるりとした質の良い木の机にアンティークのような品の良い木の椅子――が埋もれる程積み重なった本達を無理矢理退かしたフィビリスの家で、マリーは必死に頭を下げていた。
無論、リディがやらかした非礼についてである。
当のリディも失敗したと思ったのか、マリーの背中にしがみつき隠れながらも、首だけはマリーの背中から出し、震える声で「クァゥ…クァゥ」と鳴いていた。
対するフィビリスは半目で口を開く。
「私はドラゴンが大ッ嫌いでね」
自分の世話なんかひとっつもしない。他人が全部やってくれると踏ん反り返ってるのさ。幼子がオヤツを持っていればさも自分のものかの様に取り上げ、人が歩いていれば突然抱えて上空へ飛び上がる。恐怖で泣けば笑いながら旋回するアイツらときたら人をおちょくる様な事しかやらん…!
非難が出るわ出るわ。
言っているうちに段々気持ちが昂ぶったのか、最後は半ば唸るように言い切ったフィビリスがじっとりとリディを見ると、目が合ったリディは硬直。後ろから見ていた使用人達も唾を飲み込んだ。マリーも何やら背中のリディが固くなった事を察し、頭を下げたまま固まってしまう。
フィビリスに見据えられたリディは暫くの間、懸命に潤む瞳で見返したのだが、怖すぎたらしい。徐々に身体が震え始めたかと思うと、次第に大きくブレ、
「クァゥウウウ…!」
「あんたドラゴンの癖に泣くんじゃないよ!?」
最終的に、ドパッと泣いたリディにギョッとしたフィビリスの一言により謝罪は無事終了したのだった。
―――――
「で、何の用だい」
あれから場を仕切り直したメイド見習いの活躍により、一同は(メイド見習いが勝手に淹れた)紅茶と(メイド見習いが勝手に出した)クッキーを囲んでいた。
マリーとリディはフィビリスから一番遠い位置に座っており、抱えられたリディはぽりぽりとクッキーを齧っている。ただ、口内構造の問題か、はくはくと口を動かす度にクッキーのカスが足元(マリーの膝)に落ちていた。
フィビリスが「立ってないで座りな鬱陶しい」と言った事から着席した使用人達の1人、料理人見習いが本題を説明する。――自分はどうしたらいいだろうか。
「そんな事私に聞くんじゃないよ」
フィビリスが鼻を鳴らして答えたのは、身も蓋もない回答であった。
「ほらな!」と激しく首を縦に振りながら料理人見習いを見る某2人に少しムッとする当事者。そんな3人を見てマリーは仲良いな。と思う。
「大体占わなくても分かる。あんたが無くした物は普段良く使ってた物だろう」
「う、うん、そう」
「え!どうして分かったの?お婆さん」
無くした物を言い当てたことを疑問に思ったメイド見習いに、フィビリスの目がキラリと光った。
「声に、視線、失せ物。
ストーカーだね」
「………ストーカー」
料理人見習いは呆然と繰り返して隣を見ると、執事見習いとメイド見習いは微笑を浮かべてそっと目を伏せた。
どうやら妖精が通り過ぎたようだ。
沈黙が落ちる中、マリーとリディはきょとんと目を瞬かせ、聞きなれない単語に首を傾げる。
「ストーカーって?」
「聞いたこともないのかい…とんだ箱入り娘だね。ストーカーって言うのはね、自分の気持ちを満たす為に相手に付き纏うヤツのことさ。相手の気持ちなんて考えやしない」
「…なんで付き纏うの?」
「好意や憎悪、様々あるだろうけど、多くは好意からと聞くね」
「じゃあ今回のは好かれてるってこと?」
「だろうね」
「わあっ!良かったね!」
「良くない!良くないよマリー様!」
「「ワア、ヨカッタネ」」
「ちょっと助けてよ2人とも!」
マリーは日々技術を磨こうと努力している料理人見習いが見初められたことに純粋に喜びを表すも、料理人見習いは堪ったものではない。実態のない幽霊から実態のあるストーカーへ、意図せずクラスチェンジを遂げた怪談により彼は昨夜とは違う意味で震えていた。
料理人見習いがカタコトで祝福する見習い仲間達の肩に手を置きガタガタと揺らすと、揺さぶられている執事見習いは口を開く。
「いや、てっきり幽霊かと思ってたから…なあ?」
「そうね…。でも正体分かって良かったんじゃない?…実害酷くなりそうだけど」
「それもそれで怖いよ…!」
思いっきり予想外の犯人を聞いてしまった執事見習いとメイド見習いは「ま、まあ幽霊よりかは…」と目を泳がせる。
そんな風景を見ているマリーとフィビリスは黙って紅茶を飲んでおり、ぽりぽりとクッキーを食べていたリディは次のクッキーを取ろうと目を動かした瞬間、視界の隅で小さく動く何かを捉えた。
リディの目がさっと動くと同時にフィビリスが声を発する。
「あんたのストーカーは人じゃなくて魔物だよ」
カチン、とティーカップが皿に置かれたその音を、リディは窓枠の隅に見える小さな白い毛玉を見ながら遠い何処かで聞いていた。
フィビリスのクッキー
フィビリスが焼いたものを、メイド見習いが「お婆さんのクッキーはすっごく美味しんですよ!」とか言いながら立て付けの悪い棚の扉をガンッと外して出したもの。訪問する度に勝手に出すので、フィビリスは勝手に出すんじゃないよ!と怒鳴るのだが、輝かしい笑顔でクッキーをテーブルに置き続ける彼女は今日も置いた。リディの好物。




