19
本人?登場の怪談から翌日。
今日、マリーは若手使用人達ととある場所へ出かける事になっていた。
「いーい?リディ。怖かったら我慢しないで私の後ろに隠れてね」
「クァ」
「出来れば動揺しないように頑張ろう。すり抜けちゃうから」
「クルァ」
一人と一匹は向かい合い、真面目な顔をして頷きあう。
実は怪談後も震えていたリディ、透過状態から戻れないままベットに上がり、一層体を震わしたところでベット下に抜け落ちる事数回。落ちる度にマリーは何処だと鳴き始めるリディにマリーはすっかり寝不足であった。この件からリディが平常心を保てない時に透過するのではないかと仮定を立てたマリーは、怪談の正体を見つけよう!と息巻く三人に巻き込まれて出かける事になった今日、クラウスの言いつけを守るべくこうしているのである。決して、寝不足だからではない、はず。
「お嬢様、おはようございます」
「「おはようございます」」
「おはよう、みんな」
「クァ!」
マリーが既に集合していた使用人達に声をかけると、4人と1匹は森へ向かう為にポークが引く荷車に乗り込むのだった。
―――――
「フィビリスお婆さん?」
荷車の上でマリーはぱちぱちと瞬きをした。
どうやらこれから訪ねる相手は年上の女性らしい。
「はい。フィビリスお婆さんは森に住んでて、占いが得意なんですよ」
「俺らが小さい時から婆ちゃんで、強烈な性格してて、俺なんか何回怒られた事か…!」
「あれは君が悪いよ…。誰でも悪戯されたら怒るって」
「だからって杖で殴らなくてもいいだろ!嘴が痛いのなんのって…殴るなら棒で殴れよ」
「そもそも殴られる様な事するあんたが反省しなさいよ」
「…杖に嘴がついてるの?」
「クゥ?」
マリーこそ知らなかったが、森に住むフィビリスと言う女性は薬草を煎じたり占いをするなど、領民達には広く知られている人物だった。腰の曲がったその人は鳥族の魔物の頭がついた杖を突いており、攻撃する際には魔物の嘴をフルスイングするという。
リディを抱えたマリーはぶるりと体を震わせる。
執事見習いの彼が過去にやっては怒られてきた悪戯の数々を聞いていると、ガタガタと揺れていた荷車が森の入り口へ到着。
先導する使用人達について行くと、木々の中にぽつりと小さな家が現れた。軒先には草や小型魔物の死体がぶら下がっており、煙突からはもくもくと煙が上がっている。建ててから長い時間が経ったのか、壁の木材はザラザラに風化していた。
リディは珍しかったのか、飛びながら軒先にある小型魔獣の死体を眺め、マリーは見慣れぬ建物に辺りを見回していると、使用人達はさっさと家へ近づいていく。
「婆ちゃん、俺だけど聞きたいことがあってさー」
ガチャリ。と先頭にいた執事見習いがドアを開けた先には1人の老婆が背を向けていた。
マリーが使用人見習い達の陰から覗き込む様に背伸びをすると、こちらに気づいた老婆が振り返る。
頭から被った暗い色の布から猫毛のような銀髪がちらりと覗き、きゅっと上がった目尻に紅い瞳が映える褐色の肌。若い頃はさぞかし美人であったと思われる女性――フィビリスがそこに居た。
フィビリスはこつり、と杖を突いて前に出ると――次の瞬間。杖を上に軽く放り上げ手を滑らせるようにその下部分を掴み、思いっきり鳥族の魔物の嘴を床に叩きつける。
ガンッ!
「لاشوں کی اجازت کے بغیر کھانے!」
――……うん?
マリーは思わず固まった。
フィビリスの口から出た言葉を変換出来ず、もはや発音すら分からなかったのだ。じっくりと彼女の口元を見ても口元と聞こえる音が一致しない。ひたすら怒っていることだけは理解出来る。しかし、分からない。
怒るフィビリス、観察するマリー。両者を置いて勝手知ったる使用人達は「あー、また入れ歯無くしたのかよ」だの「お婆さん、家の中探すからね」だの「これなんだろう…料理?」「紫の沸騰してるスープなんて嫌」「俺には絶対出すなよ」だの言いながらガサガサと物を退かしている。
同じ言葉を繰り返しているフィビリスに困ったマリーが使用人達に視線を送ると、料理人見習いが明るい声で入れ歯を発見。メイド見習いがかぽりとフィビリスに嵌めた。
途端、響いたその声は。
「だから!勝手に!死体を!食べるな!
こ の ク ソ ド ラ ゴ ン !!」
「クァッ!?」
振り向いたマリーが見たものは、驚きの表情で死体を取り落したリディと、歯形のついた魔物の死体であった。