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結論から言うと、ディモステニスの面接はあの後何もおこらず、穏便に終わった。
というのも、表面上微笑むクラウスと研究対象以外興味の無いアードルフは交わる事すらなく、ひたすらに机の下で威嚇する首キツネに気づいていないアードルフという図が出来ていたからである。
いかに次期領主と言えども所詮は権力の無い子供、もし魔術研究所副所長の機嫌を損ねるような事があればクラウスの今後の評判に響く可能性があったため、無事終わった事にロズウェルは心底安堵した。
見送りのためマリー達が外に出ると、門の外に巨大なドラゴンが翼を畳んで伏せていた。
黒色に見える鱗に金色の瞳。顔を地面につけている筈なのに、その鼻先はマリーの頭よりも高い。巨体過ぎて敷地内には入れなかった――庭に入ると草木を倒し、ロドリーが暴走し兼ねない為――ディモステニスのリディは門の外に控えている。
「うわあ!おっきいねリディ!」
「クァ!」
「リディもこんなに大きくなるのかな!?そしたら私を背中に乗せてくれる?」
「クルルル!」
任せろ!と喉を晒したリディは門の外へ飛んでいく。
巨大なドラゴンは小さな人間が驚きに声を上げ、綿埃の様な同族っぽいものが凄い!とばかりに自身の鼻の上で飛んでいる様子をじっと見つめていた。
「凄い…あなたは黒い体をしてるんだね」
「正確には黒ではなく、鉄紺という。リディの体の色は契約者の魔力属性により決まり、魔力が多ければ多いほど濃く発色する。私の場合は水属性なのだが、周りより魔力が多い方でな、見ての通りだ」
「グゥン…」
「クァァ…!」
鼻先を飛ばれるのが若干鬱陶しかったのか、ディモステニスのリディが吹きかけた鼻息で飛ばされていくリディを見ながらディモステニスは苦笑した。
実際は彼の魔力量は多い"方"なんてものではないのだが、世間を知らないマリーはそんなもんなんだな。と頷く。
「学院でも習うが、魔力属性の影響でリディの色が黒くなる事はない。だから一見すると黒に見える私のリディは野生の魔物なのかと昔は良く間違われたものだ。毎回訂正していたが、契約痕が見えづらいのもその原因だろう」
「契約痕?」
はて、聞いた事の無い単語だ。と首を傾げるマリーに、ディモステニスは側にいたアードルフのリディを指差した。
「リディウムと契約した場合は額に契約者の魔力に染まり切らない部分が出来る。それが契約痕だ。リディウムは黒色なので契約痕も黒。どれも同じ形だな。野生の魔物と契約した場合には無いので此処で見分ける」
白い毛並みを持つアードルフのリディの額には確かに黒色の模様があった。
マリーがクラウスを見ると、察したクラウスが少し屈んでリディを見せてくれる。
――これ契約痕って言うんだ!初めて知った!
「クゥ?」
「あ、リディ。ごめんね、ちょっとおでこ見せて。……わあ!ほんとだ、リディには無い!」
「クゥウ、クゥウ」
マリーに頬を挟み込まれたリディはグリグリと手に頬を押し付けた。
「知らなかった…。俺もロドリーの額見てみっかな」
「名前を呼んでも無視される貴方がどうするつもりですか…」
「…どうしたらいいと思う?ターニャ」
「…主従関係を見直してみては?」
「うん、無理だな」
即座に諦めたジェフリーが門へ振り返ると、そこにはドラゴンを警戒していたロドリーが止まっている。ただ、今日のロドリーは気迫が違った。体毛が逆立ち、普段より一回りほど大きく見える。どうやらドラゴンが庭を壊すのではないかと気を張っているらしい。
ジェフリーはさっと視線を戻して再度思った。
――うん、無理だな。
「アーカンバー様、準備整いました」
「御苦労。では、これにて失礼する。ガリア、次はラビリエで会おう。マリー君、来年は君の入学を楽しみにしている。何かあれば私に言うと良い、出来る限り考慮しよう」
「はい!ありがとうございます!」
「何から何まで有難うございます」
ディモステニスはマリーの頭を撫でる。皺々の手は体温が低いのか特別暖かくはなかったが、そっと壊れ物を扱うかの様な動きにマリーは嬉しくなった。
――このおじさん、良い人だ。早く学院に行きたいな!
腕に抱いたリディをきゅ、と抱きしめると、リディも同意したかのように鳴き声を上げる。
それを眩しそうに見たディモステニスと入れ替わりで今度はアードルフが前に出てきた。
「この度は稀有なケースに立ち会わせて頂き誠に感謝する。今後持ち帰った試料から何か進展があれば連絡しよう。なので、マリー、君も何か変化や気づいたことがあれば必ず私に連絡してくれ。どんな些細な事でもいい、君の報告は直接私へ通す様にしておく。いいか、所長ではなく私宛にだぞ」
やたらと「私に」を強調したアードルフはマリーに紙を握らせると早々に引き下がった。
マリーは紙を後で見ることにして、代わりに出てきたクラウスに目を向ける。クラウスとまた暫く会えなくなると思ったマリーは少し寂しさを感じたが、目の前のクラウスもまた、同じ様な表情をしていた。
「じゃあ僕も帰らなきゃいけないけど、秋には帰ってくるから、体調を崩さない様に気をつけるんだよ?」
「うん…お兄様も元気でね。私、お兄様が帰ってくるの待ってるから!」
「ふっ、…ありがとうマリー、またね」
悲しむ顔から一転、マリーから帰省を心待ちにしている旨を告げられたクラウスは一瞬抑えきれない笑みがこぼれるも、瞬時に猫を被り別れを惜しむ表情へ切り替える。
クラウスはマリーに別れの抱擁をしながらも、その心中では煮えたぎる妹愛が今にも溢れそうだった。マリー、天使。
続々と人が乗り込む大きな背を持つドラゴンは、荷物を載せられても、幾人もの人が乗り込んでもゆったりと構えている。
その様子を見ていたディモステニスが口元を撫でると、ドラゴンは地響きかと思われる音を出して喉を鳴らした。
マリーは思う。
いつか。
――いつか、リディも大きくなる。その時には、私もディモステニスみたいになりたい。
こうして、ドラゴンは首都ラビリエへ飛び立ったのだった。
空中にて
ディモステニス「クラウス君、その様に震えてどうした?寒いのか?」
クラウス「……ッ!アーカンバー様見ましたかあのマリーを帰省を心待ちにしていると言った時の笑顔といったら天使より可愛いと断言出来ましたよね期待に応えて主席を取るのは当然として今年のお土産は何がいいと思(以下略)」
アードルフ「また始まったか……」
地上にて
手紙「リディが子供の内に採取してもらいたいリストだ。揃い次第私宛に送れ。ウロコ数枚、唾液15ml、(中略)、尿5ml、便ひと固まり。アーカンバー・メイジ」
マリー「ターニャ、リディの糞が欲しいんだけど…」
ターニャ「はい?(手紙を読む)あのお方は…!!(ぐしゃ)」