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大人達の情報共有が終わった後、マリーとクラウスは第1応接室に呼ばれ、現在はマリーとターニャ、アードルフが第2応接室で魔力測定を行っている。
「ふむ。魔力は前回と変わらず、か…」
マリーが持った測定器を睨みつける様に見ると手元の紙にメモしているのはアードルフ・メイジ。涼し気な目元にクールな態度とファンが付く彼は、まだ独身で、今回魔術研究所から人を派遣するに当たり、変態探求者と名高い所長ルドルフ・メイジ――アードルフの叔父であり、リディについて並々ならぬ研究意欲を示していた――を押し留めて派遣されて来た。
就学前の対象に対し鼻息を荒げて迫るかもしれない叔父を行かせるわけにはいかない。私が行く。
職員にこう説明したアードルフだが、彼を知る人はこう評価する、「知識欲以外に興味がない次世代型変態」。対象と書いて少女と呼んだ時点でお察しだった。
此度の魔力測定ではマリーの見たこともない機器が沢山置かれ、アードルフのリディ、猿族のロメス――白い体毛に三つ目を持ち、アードルフと同じ様な服を着ている――が機器の調整をしている。そして今回はリディも測定対象であるようだ。
「では次、これを鼻に」
「ふがっ」
「クェッ」
アードルフが支持を出す度、マリーとリディについている研究所職員らしき人達が巻尺で測ったり血を取ったり耳に綿棒を突っ込んだり。
今は鼻に綿棒が入れられているが、綿棒が突っ込まれた瞬間にターニャが見ていられないと目を逸らした程、マリーとリディはされるがままとなっていた。
「さて、君の父親から話は聞いたが、本人からの視点の話も聞いておきたい。いくつか質問するから答えてくれ」
「あい」
「まず身長体重スリーサイズはいくつだ」
仮にも女性に向かって有るまじき質問である。いや、もはや文末の音が上がってないので質問ですらなかった。
ターニャは壁際で目尻を吊り上げたが、相手は国内有数の研究者なので注意も出来ず、我慢するのみ。
マリーはそんなターニャに気づかず、綿棒を突っ込まれたまま答えていく。
「ドラゴンを初めて見た時はどんな状態だった」
「んーほ、…ほうめいへひた」
「…透明か。それで」
「へーと、…りりぃにはっへっておねはいひたらひました」
「…お願いしたら居た、と。初めて聞くケースだな」
鼻声で喋る綿棒を突っ込まれたマリーを少々不憫に思った研究所職員が、頷きながらメモするアードルフに伺いを立てる。
「あの…副所長…。鼻の綿棒取ってあげた方がいいのでは…?」
「何を言っている?まだ入れて15秒だ、30秒入れなければ意味がない事は知ってるだろう」
が、取りつく島もない。
心底怪訝そうな顔をしてアードルフに見返された職員はこっそりと心の中で泣いた。
職員に指摘されたアードルフは怪訝そうな表情のまま、念のためマリーを確認するも、特に手順を間違っているようなところは見受けられない。しかし、敢えて言うのであればここだろう、とアードルフは口を開く。
「そうだな、敢えて言うのであれば
髪の毛も貰おう」
「「(貴方ってお人はーッ!!)」」
「あい」
ぷつりと自分の髪を抜いて渡すマリーと真面目な顔で少女の髪の毛を受け取るアードルフに職員達とターニャは伝えられないもどかしさを共有するのだった。
――――――――――
測定が終了すると、今度はディモステニスとの面接である。
あの後綿棒を取られたマリーとリディは何故か鼻血が出てしまったので揃ってティッシュを詰めて第1応接室へ帰ってきた。鼻血を出した際に個々の鼻血を集めようと試験管片手に詰め寄るアードルフと、流石にそれは!と意を決した職員達の奮闘があったことをここに記しておこう。
なんにせよ、無事にひと仕事を終えたマリー達は、現在第1応接室において両脇に両親、誕生席にクラウス、正面にディモステニスとアードルフという布陣で面接が始まった。
「――以上が測定結果です。リディは北東の山岳に生息するローヴィライ種だと思われます。現時点ではマリーにもリディにも同種との個体差は認められません。…ローヴィライ種については後に資料を渡す、良く読んでおくといい」
淡々と報告される中、ローヴィライ種という単語を初めて聞いたガリア家一同(クラウスを除く)に反応はない。クラウスだけは満足そうに微笑んでいる。
アードルフはマリー達が明らかに分かっていない様子に気がつき、予め持ってきていた分厚いファイル(「ドラゴン全集」)から厚さ3cm程の紙束を取り出した。
「そうか、なるほど。――改めてマリー君、私は魔術学院の理事をしているディモステニス・アーカンバーだ。今日は君を学院に誘おうと思い、伺わせてわもらったのだよ。私個人としては面接などしなくても十分逸材だと思うのだが、どうも他の理事の中には納得しない者もいてな、すまないが少しの間面接をさせてもらいたい」
表情が動かないアードルフの隣に腰掛けるディモステニスは数回頷くと、苦笑をしてマリーへ頭を下げる。
領主夫妻は勿論、あって間もないマリーすらディモステニスが頭を下げた事に動揺し、頭を上げて欲しいと頼み込むと、その間我関せずで紅茶を飲んでいたアードルフがカップを戻した音で面接が再開した。
「まず、君の意見を聞きたい。魔術学院で勉強する意欲はあるかね?」
「は、はい!私、お兄様みたいに勉強したいです」
「(マリーが、可愛い…)」
「(クラウス耐えてくれ…)」
「(あら、クラウス嬉しいのね。表情が緩んでいるわ、ふふふ)」
「(この紅茶は上手いな)」
ディモステニスの質問は至って普通の内容だったが、いかんせんメンバーに不安が残る。ロズウェルはこの場にいる中で不安の種になる人物を少なくとも2人は知っているので、急に胃の痛みを感じた気がした。
実際、意識ベクトルが明後日の者も居れば、不穏な者も居る。
「確かクラウス君は昨年も成績が優秀だったな」
「恐れ入ります」
「今年も是非とも勉学に励んでくれ。マリー君も兄が首席を取ったら嬉しいのではないか?」
「はい!嬉しいです!」
「!、僕、頑張るねマリー」
「うん、でも無理はしないでね?お兄様」
「大丈夫、安心して待ってて」
「(不安だ…)」
クラウスの今日一番の笑顔を見たロズウェルには秋に首席の賞状を抱えて帰省するクラウスが容易に想像できた。
「念の為、リディにも聞いておこうか。リディ、君もマリーと共に学院で学びたいかね?」
「クァ!」
「はっはっは!元気で良い。
では、話を進めるとしよう。君達には来年から2年生に編入してもらう。2年時には主にリディの技能特化と契約者の魔術を磨くカリキュラムになるが、マリー君は知っての通り魔力が少ない。ああ、勿論貶しているわけではない。魔力が少ないので、変則的なカリキュラムを組むことになったのだ。よって、魔術を磨く代わりに1年時に習う魔物について学習してもらいたい。その時は1年生と授業を受けてもらう事になるが、いいかな?」
「はい」
「クゥ」
「宜しい。それから君達には一年後、再度魔力測定をしてもらうことになった」
え?とマリーとリディは首を傾げた。
ロズウェルとマリアーナは心配そうにマリーを見ているが、マリーとしては今日も一年後も対して変わらない。ただ、一年後も綿棒を突っ込まれるのかという感想だけだ。
マリーが不思議そうに首を傾げたからか、ぽりぽりと豆を食べるロメスを膝に乗せたアードルフが自らの領分だとばかりにメガネを光らせる。
「君達の様な、魔力の少ない子供がドラゴンと契約するケースなど初めて聞く。帰ってから文献を漁るつもりだが、可能性としては建国以来初のケースとなるかも知れない。したがって君達の経過を観察する必要があるので、来年再度魔力測定を行う事とした。本来であれば毎日の食事や生活スケジュール、ストレスや排泄状況も報告してもらいたかったのだが、どうにも対象が人間なのでな、不服ながら妥協させられた」
ありありとその整った顔に「不満です」と書いてある美丈夫を止めるのは大変だったとロズウェルは思い返す。もし大人だけの情報共有が無ければ、アードルフを止める事は出来なかっただろうし、止められなかった後のクラウスがどんな反応に出るか想像もつかない。そうなると、ディモステニスの采配はまさに天晴れで、ロズウェルの表情は自然と柔らかくなった。
やれやれ、とロズウェルがアードルフから目線を右に逸らすと、笑顔のクラウスがアードルフを見ており、その横にはクラウスのリディが当然大人しく座って――ない。毛を逆立て牙を剥く姿はどう見てもアードルフを威嚇している。
ロズウェルはすっと真顔になった。
彼の表情筋は明日、筋肉痛に違いない。




