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その後、泣き腫らしたマリーはしっかりと小さな魔物を抱えて意気揚々と家に帰ってきた。
「ジェフリー、ただいま!」
「マリー様お帰りなさい。ん?その魔物はどうしたんですか?……………はっ!ついに…!?」
満面の笑みで魔物を掲げて見せたマリーと掲げられて疑問符を飛ばしている魔物を前に、ジェフリーは勘付いた様子を見せる。
マリーは大きく頷いて見せた後、小さな魔物をぎゅっと抱きしめた。
「そうなの!この子が私のリディになってくれたの!!」
「クルァ!」
「そうでしたか!そうでしたか!それは良かった!いやあ今日はお祝いですね、そうかマリー様が…いやあー」
自分がマリーのリディだ!と片手を上げた小さな魔物に、ジェフリーの頬も緩む。2年前のギャン泣きした事件を知っているからそこ、喜びもひとしおだった。
余所者が入ってきたからか、遠くからロドリーが飛んでくるのを横目に2人の会話は続く。
「それで、この魔物はなんて言う魔物なんですか?俺は見た事ありませんが…」
「ジェフリーも無いんだ。私も分からなくって…。お父様に聞いたら分かるかな?」
「領主様なら知ってるかもしれませんね。良ければ分かったら俺にも教えてください」
「うん!…あ、あの子はロドリーだよ。ジェフリーのリディで、仲良くしてね」
「おう、様子見に来たのか?この子はマリー様のリディだから仲良く…って少しはこっちを見ろよ…」
すいーっと飛んで来たロドリーはジェフリーに一瞥もくれず、近くの柵に捕まるとじっと小さな魔物を見つめた。
対して小さな魔物はロドリーを初めて見たのか、羽をばたつかせて近づこうとしたため、マリーは急いで小さな魔物の行動を制することとなった。
「わっ、わっ、ダメだよ。怪我して無いかちゃんと見てもらってからね」
「怪我してたんですか?それは話し続けてしまってすみません」
「んーん、大丈夫。元気になったみたいだし、一応見てもらおうかなって思っただけだから。じゃあ私お母様達にも見せてくるね!」
「きっとお喜びになりますよ!」
じっと見つめるロドリーと笑顔で手を振るジェフリーに手を振り、マリーと小さな魔物は屋敷へと向かう。
「みんな良い人だから、きっと君も仲良くなれるよ」
「クァ」
小さな魔物の尻尾はゆらゆらと揺れ、マリーが笑いながら屋敷のドアを開くと、玄関ホールには花瓶に花を生けているターニャがいた。彼女は玄関に背を向けており、マリー達が視界に入っていなかった。
「ただいまー」
「クァー」
「お帰りなさいませ。マリー様、語尾は伸ばさな――――あああああああ!!誰か!誰か!!」
「え!?ええ!?」
ガッシャーン!
振り向いたターニャはマリー達を視界に入れた途端、血相を変えて叫んだ。
マリーはターニャの豹変についていけず、狼狽え、小さな魔物は体を固くしてぱちくりと瞬く。
ターニャの悲鳴を聞きつけた使用人達が右から左からから奥からとわらわら出てきては、黄色い悲鳴とただの悲鳴が飛び交い、場は混沌と化した。
「なんですか!?」
「ターニャが叫ぶなんて―――うわあああ!ドラゴンんんんん!!」
「どらごん?きゃー!お嬢様可愛いですねその子!」
「近づくな!早まるな!食われるぞ!」
「料理長何言ってるんですか?」
「おおおお嬢様、そそそのドラゴンを、刺激しないように、ゆゆゆっくりおお降ろして下さい」
「私ターニャさんが震えてるの初めて見たわ」
「料理長なんか物陰に隠れて出てこないぞ」
「え?え?何の話?ねぇ、何の話?」
「「さあ?」」
「 い い か ら 降 ろ し て ! 」
「はいっ!」
ほぼ怒鳴ったターニャにびくりと背筋を震わせたマリーは、すぐさま小さな魔物を床に降ろした。
小さな魔物が右へ左へと視線を移すと、明らかに怖がっている使用人は磁石が反発する様に隠れ、状況が掴めない使用人は隠れている使用人を困り顔で見る。
誰も彼もが動けない中、屋敷の奥からロズウェルとベルエム、少し遅れてマリアーナが走ってきた。
領主とその右腕、執事長ベルエムの登場に使用人達の空気が若干緩んだが、ロズウェルとベルエムはマリーの足元にいる小さな魔物に表情を険しくし、マリアーナも息を整えて魔物を見るや否や体に力が入った。
さて、これに驚いたのはマリーである。
念願のリディを家族に紹介しようとしたら、ターニャには叫ばれ、料理長は隠れて出てこず、若い衆は戸惑って、両親やベルエムは怖い顔で見てくるのだ。
なんだかよく分からなかったが、マリーは慌てて説明をした。
森で弱っていて薬を持っていったこと、少しずつ元気になり今日リディになってくれたこと。
ロズウェルは子供とはいえ霧の中にドラゴンがいた事に驚いたが、マリーが「リディになってくれた」と言ったのを機に肩の力を抜いた。それはベルエムもマリアーナも使用人達も同じである。
ドラゴンはフォルタンシア国にも少数だがおり、主に北部の山に生息している。野生のドラゴンは基本気性が荒く、種によっては子供ドラゴンでも大型魔物を殺せる毒を牙に持つ。そんな野生のドラゴンといえども、認められる力量があれば他の野生の魔物と同じ様に契約出来るので、首都や北部には野生のドラゴンをリディとする者も存在していた。
これらの情報は魔術学院は元より首都や北部の領土であれば誰でも知っている事であったが、南部のガリア領では馴染みの無い話だったのだ。
――まさか、マリーがリディを、しかも北部でしか見かけられないドラゴンと契約するとは…。案外、マリーは大物になるかもしれないな
マリーと子供ドラゴンを見ながらロズウェルはしみじみと頷くと、リディウムにも野生の魔物にも共通すると言われている名付けについて説明する。
「分かった。契約してあるなら良い。ドラゴンは気性が荒い上に子供と言えど人を殺せる魔物だから警戒していただけだ。契約すれば制御出来るので問題は無い。それより、いいか、マリー。契約する際名前をつけただろうが、リディの名前は誰にも言ってはいけない。名前は契約者とリディを結ぶ大事な魔術だからな」
きょとん。
「私、まだ名前つけてないよ?」
「クァ」
――それはリディになったとは言わない…!!
場は再び一変した。