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08 義憤

主人公不在。三人称で進みます。

 マリアンナがお披露目された夜会の数日前、王の私室でリュクス王とアグレシア公爵は酒を酌み交わしていた。話題は彼らの息子と娘の婚約解消。政治的な問題でもあるが、同時に、親としての感情もある。デリケートな問題について、内密に2人で話し合っておくことにしたのだった。


「正直驚いているよ。ローズマリー嬢には何の瑕疵もなかった。社交的で明るく、頭も良い。息子もまあ、優秀だと言われていて、彼女との結婚の重要さが分からないほど馬鹿だとは思っていなかった。」


 王は今回の息子の行動を、快くは思っていないらしかった。後日、直にマリアンナを見て判断するとは言ったものの、大貴族のローズマリーより優れた平民の女が出てくるとは思えなかった。


「王子ばかりを責めるのは気の毒です。今回のこと、言い出したのは娘の方らしいですから。」


 アグレシア公爵は日ごろの覇気が鳴りを潜めて、しょんぼりと落ち込んだありさまだ。


「娘は気が強いから、人前ではマリアンナという女を自分も気に入ったように見せて、王子が気分良く過ごせるように取り計らっておりました。王妃となるには、そういう配慮ができることも必要でしょう。ですが、王子の恋は燃えるような、本気のものでした。……娘は、貴族としての役割以前に、王子のことを心から好いておりました。耐えられなくなっていたのだと思います。年齢よりも大人びた娘でしたが、その分、本心と行動との乖離が進みすぎていたようです。婚約を解消すると言った時、娘はわあわあと泣き出して……。」


 そこで、言葉を止めて、公爵は思いつめた息を一つ吐き出した。


「貴族としては娘を叱咤し、婚約解消など認めるわけにはいきません。しかし、息子ではなく娘です。昔から、可愛がってきました。あの子があんなに辛そうにしていては、私も耐えられません。」


 語る公爵の顔を、リュクス王はじっと見ていた。彼の目は赤く、目じりに少し、水滴が見える。普段の公爵は、強く、有能な政治家であった。しかし、彼も人の親なのだと気付かされた。


「気持ちは分かった。息子が燃えるような恋に落ちているのでは、ローズマリー嬢も辛かったであろうな。しかし、婚約は……。素直に、はい、そうですかと解消はできぬぞ。これはどう見ても息子の我侭だ。燃え上がるような恋なら、冷めるのも速いかもしれない。暫く、保留にして様子を見る。それでいいな。」

「はい。王の仰せのままに。」


 アグレシア公爵は深く頭を下げて受け入れて、それから、


「今回は、不甲斐ない私と娘のせいで王に多大なご迷惑をかけて、申し訳ありませんでした。」


 と言って、再び平身低頭して謝るのだった。





 夜会の日、ローズマリーに連れられて、マリアンナが王の前に通された。

 形式上は、身分の高いローズマリーの挨拶を王が受けて、隣に従うマリアンナの姿を見るという形だ。

 貴族のお手本というような完璧な挨拶をするローズマリーの隣で、ややぎこちないがそれなりの所作で立つマリアンナを王は眺め、そして、驚いた。

 マリアンナは絶世の美女だった。

 ローズマリーの挨拶に何か返してやらなければいけないのだが、王の目はマリアンナに釘付けになった。権力者である王の許に、美しい娘が差し出されることはしばしばあったが、これ程の女は見たことがなかった。可愛らしい顔に、存外に肉感的なスタイル。これは、若い王子では一溜まりもないだろう。


 何とかローズマリーに挨拶を返し、去っていく2人の後姿を眺めていると、不意に、王の心の中から闇が湧き上がってきた。――マリアンナを自分のものにしたい、と。

 王は、一度はそれを打ち消す。息子が恋をしている相手だ。それを奪うなど、節操もない。


 だが、本当にそうだろうか?

 王は、数日前のアグレシア公爵の涙目を思い出した。

 そして、パーティー会場を見回してみると、寂しげなローズマリーが、独り、窓際に向かって悲しそうに歩いていた。にも関わらず、王子とマリアンナは他の貴族の子弟たちに囲まれて、楽しそうに談笑しているのだ。

 王の身体を、憤りの感情が走る。息子はとても残酷だ。彼をこのままにはしておけない。王の心には、正義が浮かんでいる。そして、彼は決めるのだった。

 息子からマリアンナを取り上げて、手の出せない場所に置く、と。



 深夜、王は従者に、マリアンナを後宮へ連れてくることを命じた。

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