07 お披露目
私は、父の書斎に向かって歩いていた。
巷では、私とマリアンナが並んで描かれたポートレートが人気を集めている。公爵令嬢ローズマリーはマリアンナの美しさに心打たれ、王妃の立場を彼女に譲ろうとしている。そういう噂も流れていた。
仕込みは完了だ。
書斎のドアをノックする。了承を得て、中に入った。
「お父様にお願いがあるのです。」
優しい父に、私は頼みごとをした。
「私のために、泣いていただきたいのです。」
マリアンナは王子の告白を受け入れた。
律儀な彼女は、告白を受ける前に、王子の婚約者である私に相談してきたが、私と王子の仲がただの政治的なつながりであることを説明して納得させた。その上で、王子との婚姻前に、アグレシア公爵家の養子になることで、私の代わりに王妃となっても公爵家の政治力が落ちないように配慮してくれと頼むと、政治に疎いマリアンナはそれで大丈夫なのだと思い込んだ。
私と王子の婚約解消は、双方の親に伝えてはいるけれど、公式の発表はまだだ。王家と大貴族の間の婚約だから、簡単に処理できる問題ではない。ただ、私と王子の意向は、噂話として貴族どころか平民の間にまで広まっている状態だった。
マリアンナのことも、貴族社会に広まっている。彼女に会ってみたいと考える者も多い。そこで、アグレシア公爵家の遠縁の娘という形で、私が彼女を王家の夜会に連れて行くことにした。
もし、マリアンナが王妃になるなら、その前に公爵家の養子とする。今回は正式な手続きは踏んでいないまま、平民のマリアンナを連れて行くことになるが、そこには触れないという暗黙の了解のもと、王宮からの招待を受けた。
王宮での夜会の日、私は朝からマリアンナを磨き上げた。
「今回は大人の貴族がたくさん来ますからね。第一印象で舐められたらダメ。今までで一番綺麗にしてあげる。」
気合の入った私の隣で、マリアンナは不安げだ。
「大丈夫でしょうか。私なんて、ただの平民なのに。高貴な方々の前に出て……。」
「緊張するのは分かるけど、王子と結ばれるには避けて通れないことよ。大丈夫、私がずっとついてるし、王子も他のお友達も、貴方を守るわ。」
私はマリアンナの手を握りこむ。目線が合うと、マリアンナは少し言いよどみながら、
「……あと、何ていうか。今回のドレス、いつもより露出が多い気が……。」
そう言って、彼女は頬を赤らめた。
ワインレッドのドレスは、背中も胸元もかなり開いたセクシーなラインだ。
「いつものドレスも可愛らしいけどね。可愛いっていうのは、ちょっと子どもっぽいってことでもあるの。大人を相手にするんだから、大人っぽく見せなきゃ。」
「……そういうものでしょうか。」
「大丈夫、後で王子に確認してもらえばいいわ。絶対褒めてくれるから。さあ、仕上げのお化粧も、気合入れるわよ。」
マリアンナは美しい。学生服や露出の少ないピンクの可愛らしいドレスも似合うが、少し化粧を変えるだけで、コケティッシュな魅力を引き出すことも可能だ。完成したマリアンナを、私は惚れ惚れと眺めた。
「完璧。すごいわ。今の貴方を見て惚れない男はいないわね。」
「もう! 私は王子に良いと思っていただければそれでいいですから。」
顔を真っ赤にして怒るマリアンナは少女らしく可愛らしい。
「ふふ。ごめんなさい。でも、夜会で『もう!』とか言っちゃだめよ。大人っぽく、エレガントに。綺麗な仕草は、前から教えてるでしょ?」
「はい。まだローズマリー様のように上手にはできないかもしれないけど、精一杯やってみますね。」
以前から細々と貴族のマナーや美容法など教えてきた私を、マリアンナは姉のように慕っている。
私はマリアンナの肩に優しく手を添え、2人で馬車に乗り込んだ。
夜会で無事、王様への挨拶を終えて、私とマリアンナは王子のところへ向かった。
「……! マリアンナ。今日はいつもと雰囲気が違うな。」
「あの、やっぱり、変でしょうか?」
「いや、そんなことはないが……。」
王子は少し顔を赤らめて言いよどむ。
「綺麗だとはっきり言ってあげてくださいませ。今日は大人の多い夜会だから、いつもより大人っぽいドレスを選んでみたのですけど、マリアンナは慣れなくて戸惑っているようなのです。」
「そうか。大丈夫だ、マリアンナ。いつもと感じが違うので驚いたが、こういうのも似合うんだな。」
王子がマリアンナを褒めると、周りの貴公子たちも口々にマリアンナの美しさを称えた。
私はそれを、少し気だるげな様子で聞いていた。
「ローズマリー様、どうかされたのですか? お顔の色が優れないようですが。」
マリアンナが心配そうに私の顔を窺う。
「あら、バレちゃった。実はちょっと寝不足なの。今日はマリアンナを今までで一番綺麗にしてみせるって張り切ってたら、昨晩、興奮して寝れなくなっちゃって。恥ずかしいわ。」
「そんな、私のために! ごめんなさい。」
「謝られることじゃないわ。でも、元々人が多いところって苦手なのよね。ちょっと1人になって夜風にでも当たってくるわ。」
そう言って、私はひとり、バルコニーに向かって憂鬱な表情で歩いていった。