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06 画家と御伽噺の恋

 フードル子爵家の3男、オットーには画才がある。私はそのことを前世の記憶で知っていた。学園のカフェでマリアンナを囲み話している上流貴族の集団、そこから少し離れた席に、熱心にデッサン用の鉛筆を動かしているオットーがいた。


「見せてもらってもいいかしら。」


 彼からスケッチブックを取り上げて、パラパラと中を見る。

 描かれているのは、マリアンナばかり。オットーは、好きな女の絵を四六時中黙って描いている根暗な男。でも、才能はある。マリアンナの美しさ、魅力を活き活きと伝える絵は、凡人には描けないものだ。


「とても上手ね。」


 オットーの顔を覗き込むようにして話しかけても、彼は「う……」と小さく唸っただけで、顔を真っ赤にして答えようとしない。無礼というより、女に耐性がなさすぎるのだろう。貴族としては厳しいが、パトロンを見つけて画家には成れるかもしれない。


「マリアンナさんが好きなら、私の家のパーティーに来るといいわ。色んなドレス姿の彼女が見られるわよ。その代わり、描いた絵の何枚かは私に頂戴。いいわね?」


 オットーは声を出さず、こくこくと小さく頷いて答えた。



 オットーの絵は版画にして、王都の庶民が利用する雑貨屋で売らせた。人気のある役者や踊り子の絵に混じって、マリアンナの顔が並ぶ。平民でありながら、王子や上流貴族達に見初められたマリアンナの噂話は、瞬く間に広がっていった。それは、身分のない平凡な女たちが自身に重ねて夢想する格好の材料となったのだ。

 これは、前世の物語の中でもあった出来事だ。マリアンナの人気はオットーの絵を通して平民達の間に広がり、やがて彼らはマリアンナが王妃になればよいと願うようになる。そして、物語のクライマックス、王子と彼女の結婚は、国中から祝福されるのだ。

 同じ流れができそうなくらい、王都でマリアンナの人気はじわじわと高まっていた。




 ある夜会で、私は会の途中でマリアンナにお色直しをするように誘導した。侍女に連れられてマリアンナが会場を出るのを、男達は残念そうに見ているが、彼女のドレスアップを楽しみにもしているから、文句は出ない。


「今の間に、王子と少し、お話したいことがありますの。」


 私は王子を誘って庭に出た。


 バラのアーチの下に、人影が2つ。私とルミーリオ王子の2人きりだ。

 周囲は魔力灯で、ほのかに照らされている。


「こんなところに呼び出して何の用だ?」


 最近の王子は私にもやや心を許してくれている。私がマリアンナの害にならない、役に立つと認めたのだろう。


「お聞きしたいことがあります。マリアンナのことです。」


 訝しげな王子を、私はじっと見つめた。


「彼女を、どうなさるおつもりですか?」


「どう、とは?」


 一呼吸おいて、王子が聞き返す。


「貴方がマリアンナを好いていらっしゃることは理解しています。私も彼女のことが好きです。身を引いてもいい。」


 意を決したように、私は訴えた。しかし、それに王子は意外そうな顔で返してきた。


「確かに、マリアンナは気に入っているが、彼女は側室だろう。王妃の身分は政治的な役割が強すぎる。マリアンナには無理だ。ローズマリーにこそ相応しい。」


 王子の言葉に、私は一瞬、素で驚いてしまった。私としたことが、情けない。思い込みに囚われてしまっていた。夢の中で、王子は私との婚約破棄を高らかに宣言し、マリアンナを正妃に迎えていた。少女好みの物語のように、王子はマリアンナを唯一無二の相手として選び、正妻として迎えると思ってしまった。そんなこと、この世界の王族がするわけがない。気に入った相手は側室に、形だけでも正妻として迎える妻は身分と能力で選ぶ、それが普通だ。

 この国の王妃の権限は強い。王の代わりに王国軍の徴兵可能数の過半数を率いる総指揮権まで持っている。確かに、そんなものをマリアンナに与えても、宝の持ち腐れだろう。


 王妃として、辣腕を振るう。この世界では頻繁に戦争も起きているから、実際に戦場で指揮をとることもあるかもしれない。それはそれで、楽しそうな未来だ。

 しかし、私は既に、今のお遊びが気に入ってしまっていた。他のものが素敵に見えても、目移りなんかしないくらいに。だから、私に王子と歩む未来はない。


「お言葉ですが、王子、マリアンナは平民です。」


 私の言葉に、王子はむっとしたように、


「そんなことは知っている。側室にするのなら、問題ないだろう?」

「いいえ。大有りです。彼女は平民。平民は一夫一婦が普通です。彼女も将来は、自分だけの夫と結ばれると思ってきたでしょう。他に妻がいる男なんて、想像もしていなかったはず。」


 私の言葉に、王子は苦い顔になって、それから、私を見てギョッとした。私の瞳からは、涙が流れ出ている。泣き顔を王子に見せるのは、初めてのことだった。


「確かに私は、貴族の娘です。政略結婚で、それが王家のためになるなら、私以外の女を思う夫をたてて妻の役割を果たすくらいできます。ですが、マリアンナはどうでしょうか? 私が正妻で、彼女は側室。表面上は納得しても、心の底から、幸せになれるでしょうか?」

「ローズマリー……」

「マリアンナは可愛い。私は、マリアンナが好きです。彼女には、幸せになって欲しい。そうでなきゃ、彼女の結婚、たとえ王子が相手でも、絶対に阻止してやる。」

「ローズマリー、だが……、」

「お願いです、王子。私との婚約を解消してください。そして、マリアンナを、たとえ険しい道でも、正妃として迎えてください。私だって、貴族の皮の下は、ただの小娘です。真実の愛というものを、夢見ている。たとえ、自分の結婚は政治だと貴族として割り切れても。可愛いマリアンナが幸せになるところが見たいのです。お願いします、王子!」


 すがるように見つめる私に、王子はしっかりと目を合わせて頷いた。


「分かった。2人で、婚約の解消をそれぞれの両親に申し出よう。その上で、俺はマリアンナを妻に迎えられるように、精一杯努力する。それでいいな?」

「……はい。」


 涙が止まらなくなって、私は顔を覆った。王子が白いハンカチを、私に差し出す。それを受け取って、


「……そろそろ、マリアンナの着替えも終わる頃でしょう。王子は先にお戻りください。私は涙で酷い顔になってしまったから、泣き止んでから、目立たないように戻ります。」


 王子は頷いて、屋敷へと戻っていった。



 赤いバラの咲く木の陰から、画家のオットーが姿を現した。

 彼は感極まったような表情で、熱い眼差しを私に向ける。

 私は涙声で、


「お願いがあるの。私とマリアンナの並んだ絵、描いてくれる?」


 オットーは大きく頷いた。


 後日見た、彼の描いた私は、私とは思えないくらい、澄んだ目をしていた。


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