05 公爵家の夜会
お茶会の後も、私は頻繁にマリアンナを家に招待するようにした。少人数で食事することもあれば、若い貴族を集めた夜会を開くこともあった。
大人は呼ばない。若者だけを集めたパーティー。
マリアンナを呼べば、王子や有力貴族の子弟がついてくる。彼らは、自ら会を開くよりも、私のパーティーに参加する方を選んだ。そうすれば、面倒な主人役としてゲストの挨拶を受ける必要もなく、着飾ったマリアンナと踊っていられる。
パーティーの主催者は私だ。当然、招待する相手を選ぶのも私である。第一王子とその側近候補達が参加する夜会だ。来たがる者は多い。ここに、小さなことだが私の学園での権力を補強するものが生まれていた。
さらには、パーティーで着飾ったマリアンナを王子や人気のある男性貴族が次々に褒めていく。マリアンナの着ているドレスやアクセサリーは当然売れた。
そんなことで、私はちまちまと稼がせてもらっていた。まあ、これは大きな計画の副産物にすぎないのだけど。
売ったのは服だけではない。
「新作のドリンクです。かつてない味を、お試しください。」
ボーイが持っているのは炭酸水。こちらの世界では普及してないものだったが、前世では家庭でも作成可能なものであり、風魔法で再現できた。はじめに私が作ったものを技師に渡して、魔道具で量産できるようにした。これは、流行るかもしれないと期待している。
そういえば、地球で作られていた炭酸飲料は、糖質過多の飲み物の代表格だった。酸味と甘味を混ぜ合わせると、感知できる甘さが弱まることを利用して、大量の糖液と酸味料を炭酸に混ぜ合わせる。舌には複雑な濃い味と伝わるが、健康的ではない。
このテクニックを応用すれば、簡単に複雑な味を出すことが可能だ。とはいえ、天然の上質な素材本来の味を引き出す調理法に慣れた貴族の舌をジャンクなものに馴染ませるのは中々難しい。まずは、珍しい味として広める程度だろう。こうして、パーティーの度に出していたら、じわじわとは広まっていくと思う。
前世の地球の先進国では、成人病が蔓延していた。食生活の良し悪しで人は簡単に病気になる。もっと言えば、若年犯罪者の調査で、少年院に入っている青少年は高確率で炭酸飲料を頻繁に愛飲していたそうだ。食が人間に与える影響は大きい。
これを上手く利用して、敵になりそうな相手を弱体化することができないかと考えたこともあった。ただ、領内で実験してみた感触では、微妙な結果しか出なかった。この世界には大気汚染も土壌汚染もない。汚れた空の下、自然から遠ざけられていくつものアレルギーとストレスを抱えた地球の都市生活者とは、土台からして条件が異なるのだ。
食を操作することで何かをするには私の知識は足りなすぎる。残念だが、思いつく限りの珍しい食事を出して、話題作りとするのがせいぜいだろう。
宴もたけなわ、マリアンナは次々とダンスを申し込む貴公子達と踊り狂っている。平民出の彼女がダンスを覚えたのは今年になってからのはずだが、見事なものだ。
私はようやく訪問客の挨拶を全て受け終え、解放された。この夜会には皆来たがるものだから、人の密度と熱気がすごい。私は少し人から離れて夜風に当たりたくなった。
砂糖など入れない冷たいだけの炭酸――何も入れないと吃驚されることがあるが、これはこれで美味しいのだ――を注いだグラスを持って、私はひとりバルコニーに出た。ほうっと息を吐いて夜空を見上げる。
「珍しいね。君がそんな人間らしい仕草をするなんて。」
酷い言いようで近付いてきたのは、実の兄だった。
「お陰さまで、沢山の方々が私のパーティーに来てくださるから。ちょっと気を張りすぎて、疲れちゃったかしら。」
バルコニーの手すりにもたれかかりながら、私は兄に視線を向けた。
「流石は僕の妹、って感じだよね。王子達をうまく丸め込んで、今、学園で一番影響力があるのは、君かもしれないよ。作戦通りなのかな?」
私は笑みを浮かべながら小さく首を振った。
「まだ仕込みの途中です。面白くなるには、もう少し待っていただかないと。」
「そう。楽しみにしてるよ。可愛い妹のためだからね。困ったことがあったら言って。いつでも力になるよ。」
そう言って、兄はバルコニーを出て、華やかな令嬢達の集団に声をかけに行った。色素の薄い金髪に繊細なつくりの兄の容姿は、私などよりよほど美しく、どこか女性的だが、令嬢達にはたいそうモテていた。軽薄な、女泣かせの美しい兄は今日も夜会を楽しんでいる。
兄だけではない。王子も、マリアンナも、他の有力貴族の子弟達も、この世の春を謳歌しているようだ。
「もう少し、もう少し。ふふふ。」
私はひとり、小さく笑った。