02 美しい平民少女
次の日。私は学園内を人を探して歩いていた。私の少し後ろを、取り巻きである伯爵令嬢や子爵令嬢がついてくる。公爵家令嬢である私は1人では歩かない。
昼休みの廊下はそれなりに人通りがあるが、私たちが通れば自然と周囲は道をあける。私はすぐに目的の教室に行くことが出来た。本来、私のような大貴族が来ることは決してない場所、推薦で入学した優秀な平民を集めたクラスだ。
教室に入ってきた私に、中にいた平民生徒たちはギョッとした顔になった。その中から、私はすぐに目的の人物を見つけることが出来た。顔を見たことはなかったが、間違えようがない。掃き溜めに鶴。河原の石の中の巨大なダイアモンド……。とても、美しい少女だった。
「最近王子が夢中になっているマリアンナというのは、貴方かしら。」
私が真っ直ぐに少女に近付いて話しかけると、隣にいた彼女の取り巻きらしい男が不敬にも私を睨みつけた。
「突然なんだよ。大貴族様がこんなところに来て。マリアンナに何かする気か?」
男は敵意むき出しだ。この時点で彼を不敬罪で退学にすることくらい出来るのだが。まあ、今回の目的を考えれば、そういう強権的なことをやるつもりはない。しかし、少女の方は馬鹿ではないのだろう。状況のまずさに気づき、咄嗟に男の袖を引いた。
「アタル君、ダメだよ。身分の高い方にそんな口をきいたら。す……すみません。彼、あまり貴族様に慣れていなくて。」
男の代わりに、少女は必死に私に向けて頭を下げる。なんだかこれじゃあ、私が言いがかりをつけて苛めているみたいだ。
「あら、そんなの気にしなくていいのよ。私たちが突然押しかけてきたのだから。私ね、最近ルミーリオ王子が夢中になっているっていう女の子に会ってみたくて、ついつい来ちゃったの。」
王子の名前を出すと、ビクリと少女の肩が揺れた。
「あの、貴方は……。」
「ローズマリー・アグレシアと申します。アグレシア公爵家の長女で、ルミーリオ王子の婚約者。」
微笑みかけると、少女の顔はみるみる青くなっていった。
「ふふふ。怖がらないで。ただちょっと、ルミーリオ王子が夢中になってるっていうお顔を見てみたいと思っただけなのだから。」
そう言って、私は少女の顎に指をかけ、くいと引いてその顔を覗き込んだ。
少女は目を丸くして私を見つめ返す。その瞳には、草原で肉食獣に見つかった小動物のような怯えがあった。
なぜだか私は、特に初対面の相手に怖がられることが多い。昔から気をつけて笑みを絶やさないようにしているのだけれど。気の弱い者だとなかなか、私に慣れてくれない。困ったことだ。
「お、おい。やめろよ……。」
少女の怯えを感じ取ったのか、隣の男がまたちょっかいを出そうとしてきたが、その前に私はすかさず、
「可愛い!」
彼女に抱きついてしまった。
「え、あの、えっと……。」
「ルミーリオ王子ったらずるいわ。こんな可愛い子を見つけて、一緒にお食事までしたなんて。」
甲高い声とハイテンションで言う私に、周囲はついてこれていない。少女は混乱し、私の取り巻きたちも呆気にとられている。
少女をギュッと抱きしめながら、私は再び彼女と目を合わせた。今度は満面の笑みでだ。
「私、貴方みたいな可愛い子、見たことないわ。ああ、このまま連れて帰りたい!」
「お、おい……」
慌てて隣の男が止めに入るが、今度は先ほどまでの険しさはなく、どこか呆れを含んでいた。
「ねえねえ、貴方、私の家に来ない? 公爵家の屋敷よ。美味しいお菓子だっていっぱい出すわ。」
「え、えと、突然言われても……。」
「ああ、急でごめんなさいね。私、いつも思い立ったらすぐ行動してしまって。ご迷惑だったかしら。」
一転して、しょぼんとした雰囲気を作り出すと、少女は慌てて首を振った。
「い、いえ。吃驚しただけで。嫌だったわけではないです。」
「そ、そう?」
恐る恐るという風に彼女を見ると、大丈夫ですと頷いていた。
「良かった! なら、週末は空いている? お茶会をしましょうよ。」
私は再びはしゃいだように言った。しかし、そこで邪魔が入ってしまった。
「ローズマリー! マリアンナに何をしている!??」
険しい顔で入ってきたのは、私の婚約者であるルミーリオ王子と、その取り巻き達だった。皆一様に、私に対し敵意のある目を向けている。さっきマリアンナの隣の男が私に向けていたのと同じ目だ。
「あら、ルミーリオ王子。怖いお顔でどうされたの?」
尋ねるが、王子は私など眼中にないかのように、真っ直ぐにマリアンナに向き合い、
「マリアンナ、大丈夫だったか? 苛められたりしていないよな?」
と、言うのだった。
「ちょっと、失礼ね。可愛い女の子がいるって噂になっていたから見に来ただけですわよ! 今、ちょうど、お茶に誘っていたんですの。」
ね、という風に微笑みかけて、私は王子から少女の視線を奪い返した。
「お茶だと? マリアンナを誘い出して、何をする気だ!?」
「何って、お茶と言ったら、お茶会をするに決まっているでしょう。一体、私の何を疑っていらっしゃるの!?」
王子と私の口論に、周囲は呆気にとられている。この学園で最も身分の高い2人の喧嘩だ。吃驚するのも仕方ない。
「平民のマリアンナが生意気だと、良い噂が流れていないことは知っている。お前も、それに加担しているんじゃないのか?」
「だから、さっきから、何でそう決め付けなさるの! そんなに疑うなら王子も私のお茶会にいらっしゃったらいいでしょう! ねえ、マリアンナさん、今週末、私の家のお茶会、来てくださるわよね?」
「え、えっと……。」
「マリアンナ、断れ。どんな言いがかりをつけられるか分からないぞ?」
「こんな感じでね、私、このままだと王子に疑われっぱなしだわ。お願い、私を助けると思って、来てくださらない?」
私は祈るように両手をマリアンナの前で組んで、困り顔をつくって彼女を見つめた。
人が良いらしい少女は折れたように、
「私でよかったら、伺います。お茶会、お誘いありがとうございます。」
「マリアンナ!」
「やった。よかった~。王子、心配なら貴方も来たらいいでしょ? そこにいる皆様も、漏れなく招待しますわ。マリアンナさんが心配なら、いらしてくださいな。」
勝ち誇ったように得意げな笑みを浮かべて、私は周囲に言い放つ。最初は地味にいってもよかったのだが、思いがけず大きなイベントが開けそうだ。