11 クーデター
主人公不在、三人称進行です。
謁見の間の広い空間。玉座には王が座る。しかし、予定された客人は入ってこない。
代わりに、物々しく武装した騎士達が押し寄せてきた。
「引退してください、父上。国王の座は私が継ぎます。」
騎士達の先頭にいるのは、王の息子、ルミーリオだった。
「ふざけるな、未熟者が。まさか、女を奪われた程度で凶行に走ったのか!? 考え直せ。お前では若すぎる。」
声を荒げて王が叫ぶ。しかし、それに答えたのは、王子ではなく、近衛騎士団長のジェイコブだった。
「ルミーリオ様は未熟ではありません。果断な決断のできる、王の資質を持ったお方だ。貴方よりもね。」
近衛騎士団長が王子側に着いた。この場で王に勝ち目はない。
「……くそ。お前達の思い通りになど、させぬぞ!」
そう言うと、王は懐から本のようなものを取り出した。
王家に伝わる、初代王の攻撃魔法を記した特別な魔道具だった。
「がっ……!」
王子の取り巻き、カストール公爵家のデニスがいたあたりを、巨大な熱量の何かが通過した。攻撃は直線上にいた人々を焼き尽くし、壁にまで罅を入れた。
「な……! 王子!!!」
とっさに隣にいた騎士が王子を突き飛ばすことで庇った。瞬間、王の無慈悲な攻撃が王子のいた場所を抉り取る。
「ははは。私を魔法もろくに使えない王と侮っていたか? 切り札は隠しておくものだよ。」
初代王の攻撃魔道具は、王家の血を引く者にしか使えない。だが、王家の血さえあれば、魔力や才能の有無に関わらず発動させることができた。
――アグレシア公爵の助言が役立ったな。
王は思った。数日前に、不穏な動きがあるから自衛なさるようにと、公爵に魔道具の存在を教えられていたのだった。
「形勢逆転だな。ほら、さっさと降参すれば命はとらない。だが、逆らい続ければ、殺……」
次の魔法を発動させようとした時だった。王の口から血が吹き出した。王はそのまま倒れて、動かなくなった。
「……死ん……でる?」
恐る恐る近付いた騎士が確認する。王は息をしていなかった。
「魔道具の、使い方を誤られたようですな。」
王の手から魔道具を拾い上げながら、ジェイコブ騎士団長が説明した。
王家の攻撃魔道具は、攻撃力を徹底的に高めるために、通常の魔道具についている安全装置を外してあった。王家の魔力を感知すれば必ず発動し、魔力が不足すれば、使用者の生命力を奪ってエネルギーに変える。
先代の王はこの道具を戦場で頻繁に使用していた。魔術が得意だった彼にとって、自身の魔力が足りているかどうかは簡単に判断できることだったから、何の問題もなかった。当たり前に使われていた魔道具に危険があると、魔術に疎い王は知らなかったのだ。
ジェイコブは、予定外だが王を排除できたことに安堵した。しかし、その近くでルミーリオは頭を抱えた。
「父が、死んだ? 俺は父を、殺したのか……。」
彼の顔は青い。ルミーリオに王を殺すつもりはなく、武力で脅して引退させ、幽閉するだけのつもりだった。
父親殺しというのは、この世界においても相当な悪評だった。それを、彼はこれから背負っていかなければならない。
しかし、騎士を率いたクーデターの最中に、トップの王子が青ざめて頭を抱える姿を見せるなどあってはならなかった。
慌てて王子の取り巻きであるサダール公爵家のフィリオとパロマ公爵家のソシュールが王子をフォローした。
「王は自滅された。これは事故です。王子が殺したのではありません。」
「今は、各部署を確実に抑えて、クーデターの成功を宣言するのです。」
「マリアンナのことも探さないと。今もどんな辛い思いでいることか。早く助け出しましょう。」
2人はしきりに言い募って、王子を動かそうとした。
そこへ、
「申し上げます。マリアンナ様の居場所が分かりました。」
報告する騎士の声に、3人の顔が明るくなった。
「見つかったか。マリアンナは今どこに? 安全な場所に保護はできたか?」
尋ねるルミーリオに対し、報告する騎士は戸惑いがちに、
「そ……それが。私どもが発見した時、マリアンナ様は既に……」
夜になった。
王都各所の制圧を終え、やっと、少しの間開放された王子は、マリアンナと対面していた。
横たわる彼女の瑞々しい肌は、触ってみると冷たかった。
「マリアンナ、なぜだ。」
物言わぬ彼女を前にして、王子は膝をついていた。力が抜けて、立っていられなくなったのだ。
薄暗い部屋の中、眠るように目を閉じたマリアンナは、ふざけているのかと言いたくなるくらい、ただただ美しい人形のようだった。
「ルミーリオ様、気を確かに……」
側近であるフィリオとソシュールが、王子を心配げに見つめる。
彼らも愛するマリアンナの死にショックを受けていたが、状況が状況だった。クーデターは成功しそうだが、まだ、大貴族や地方の騎士団がどう出るかは分からない。
下手を打てば、彼らに待っているのは死なのだ。
「申し上げます! 申し上げます……!」
静かだった薄暗い部屋に、ドカドカと騎士の足音が響いた。
「た……大変です。王都の近くに、軍勢の姿が。旗からは、アグレシア公爵領の軍かと。」
側近2人の顔から血の気が引いた。
アグレシア公爵軍。気の荒い南方の蛮族と長らく渡り合ってきた精鋭だ。
「……エドモンドが失敗したか。」
掠れた声でルミーリオ王子が呟いた。
クーデターの直前、アグレシア公爵家嫡子のエドモンドは、予定の時刻になっても姿を現さなかった。
仕方なく、残りの者たちでクーデターを決行したが、おそらくは、エドモンドからアグレシア公爵に情報が漏れたのだろう。
「あのエドモンドです。もう少し注意を払っておくべきでした。」
エドモンドを責めてもどうにもならない。智勇ともに名を馳せたアグレシア公爵と、あのエドモンドでは勝負にもならなかっただろう。
「どうすれば……」
3人の間の空気は重い。
マリアンナの死を前に覇気を失った王子には、この難局を切り抜けようとする力が感じられなかった。
「王子、そちらにいらっしゃいましたか。」
数人の騎士を引き連れ、ジェイコブ騎士団長がやってきた。王子や側近達と違い、彼は気力に満ちていた。ベテランの軍人は鍛え方が違うとでもいうように、朝からずっと動きっぱなしで、深夜になっても全く疲れを見せていなかった。
「王都の南に、アグレシア公爵軍が姿を現したようです。ですが、ご安心を。アグレシア公爵とは昔から交流がありました。王子を次の王として認め、兵を退くように、私が説得してみせます。」
頼もしげな騎士団長の進言に、側近2人はほっと息を吐いた。
「ジェイコブ騎士団長。……そうですか。何とか、お願いします。」
フィリオが答えて、それから王子の方を見た。
「……ジェイコブ、……頼むぞ。」
王子も頷いて、この件はジェイコブ騎士団長に一任することにした。
王子は再びマリアンナに向き合って、何かブツブツと呟き始めた。
側近の2人は王子の隣で、不安げな顔をしている。
ジェイコブ騎士団長はその様子に、経験の浅い王子たちを情けなく思ったが、その分、自分が主導権を握れるのだとも考えた。
王城の廊下を歩きながら、数日前の夜のことを、ジェイコブは思い出した。
「王に退位を迫るだけなら、電撃的クーデターで、貴方の子飼いの騎士を動かせば可能でしょう。」
酒の入ったグラスを手に、香りを楽しみながら客である男は微笑んでいた。彼とジェイコブは長い付き合いだが、思い返せば、男は常に笑みを浮かべていた。いつも笑っているイメージでありながら恐ろしい、不思議な男だった。
「ですが、その後が問題です。邪心ある者が、王都の混乱をチャンスと思って攻めてくるかもしれません。王都を安定させるには、もう少し兵力が要ります。」
「……兵力、ですか。」
王都を守る近衛騎士団の指揮権はジェイコブにあった。しかし、クーデターで動かせるのは、その内の半数程度だ。さらに、王国には近衛騎士団の他に、重要な領地を守る地方騎士団や、各貴族の軍があったが、それらはジェイコブに手を出せるものではなかった。
「クーデターに合わせて、私の領地から軍を出します。」
「なるほど。それは、心強い。」
「ですが……」
男はそこで一息入れ、ニヤリと含みのある笑みをジェイコブに向けた。
「このことは王子たちには言わないでやりましょう。きっと、私の軍が王都近郊に現れたと知ったら、若造たちは慌てふためくでしょう。」
「だが、それでもし間違って接触して戦闘など起これば……。」
「一芝居打つのです。王都に現れた私の軍に対して、ジェイコブ騎士団長、貴方が説得を試みる。それで、私が折れて、王子に従うと誓うのです。そうすれば、王子たちはジェイコブ騎士団長をより一層頼りにするでしょう。今後の主導権を握るためにも、こういう演出は必要なものです。」
「なるほど。」
軍事は得意でも、こうした駆け引きでは相手に劣る自覚のあるジェイコブは、素直に納得した。流石に、智謀で名高いアグレシア公爵は、先の先を見ている。
ジェイコブは予定通り、アグレシア公爵軍に説得を試みに出掛けた。




