01 とある公爵家の父と兄妹
悲しくて、悲しくて、私は頬を濡らしながら父の執務室に駆け込んだ。
「お父様!」
書類を処理していた父は驚きながらも飛び込む私を抱きとめてくれた。
「おや、可愛いローズマリー。そんなに泣いてどうしたんだい?」
父が私の髪を優しく撫でる。私はそれに少し落ち着いて、
「ルミーリオ王子が、私という婚約者がいるのに、今日、平民の女と楽しげに会話をして、食事まで……!」
震える声で今日あったことを訴えた。
「おや、それは困ったねぇ。」
父が眉を顰める。
「それだけではないのです。その平民の女は、沢山の殿方を誑かしていて、中に……、うちのお兄様も……。」
そう言って、私はさらに涙ぐみ、しゃくりあげた。
「おや、エドモンドは妙な女に誑かされているのかい。しょうがない奴だなぁ。」
父は心底困ったという風にため息を吐いた。
「ええ、ええ。お兄様だけは、信じていましたのに、あんな女に引っかか……」
「はい、そこまで。ローズマリー、僕がいない間に僕の悪口を父上に吹き込むのはやめてくれないか?」
私はさらに言い募ろうとしたのだが、学園から帰宅してきた兄によって遮られた。
「あら、お兄様。私はてっきり、放課後もあの女の取り巻きを嬉々としてされているものと思っていましたわ。」
邪魔をされて冷めてしまった私は、白けた顔を兄に向けた。
「ローズマリーが血相を変えて急いで帰宅したと聞いたからね。僕も慌てて帰ってきたよ。放っておいたら、僕の立場が悪くなってそうじゃない。」
「そんな、私はただ、今日の出来事がショックで……。」
全く、兄は用心深いからやりにくい。もう少し無能だったら、さっさと廃嫡にして私がこの公爵家の家督を奪えるのに。
「安心してください、父上。僕は別に平民の女に誑かされたりしていませんよ。ただ、ルミーリオ王子が夢中になっているというのは本当です。他にも有力貴族が数名。近くで観察しておいた方がよいかと思って、僕もひっかかったふりをしていました。」
兄の言葉に父が頷く。
「ふむ。それはまあ、王家や他の貴族の弱みが握れるに越したことはないけどねぇ。王子はローズマリーの婚約者だし、公爵家としてコケにされるような状況は好ましくないねぇ。」
王太子である第一王子ルミーリオ様と私は5歳の時から婚約している。今までのところは、それなりに仲良くやってこれたと思っていた。けれど、突然現れた平民に王子は夢中になってしまった。このままでは、私は婚約者を平民に奪われかねない。
「それについてなのですけど、私、面白いことを思いつきましたの。」
私の言葉に、父と兄の視線が集まる。既に領内の産業育成などで実績を出している私に対する、2人の信頼は厚い。
「少し、このまま、王子達の好きにさせていてはくださいませんか? 公爵家にとって、決して悪いようにはしませんから。」
私は微笑んだ。