逃走劇
城を出てから、俺は地図を頼りにルールナという街を目指すことにした。
ルールナの町は王都ほどではないが、この国でも有数の都市である。
そこから、俺の新しい人生を始めようと思のだ。
まだ、何をするのかは決めていない、冒険者になるもよし、商人や鍛冶師でもいいだろ。
期待と不安を胸に抱き、俺は街道を行くこと、2日になる。
今、俺は日が落ち、暗闇が支配する森の中で、ワーウルフ3匹と命を賭けた逃走劇を展開している。
もちろん、逃げているのは俺である。
逃走劇の事の始まりは、商人の一団を助けたのが悲劇の幕開けであった。
時間は、半日ほど遡る。
俺は、ルールナの街を目指し旅をしていると、前方300mほど先で、ワーウルフ6匹と交戦している一団を発見する。
護衛を2人ほど付けているようだが、6匹ものワーウルフを捌ききれずに防戦一方となっていた。
護衛対象らしき商人たちも、投石をして参戦しているほど劣勢のようである。
俺は、しばしの逡巡の末にワーウルフに弓を引き加勢することにした。
狙うのは、護衛の腕に噛みついて動きが鈍いワーウルフだ。
精神を集中させ放った矢は真っすぐに進みワーウルフの頭部を貫き、その命を奪い去った。
自分が放った矢に驚愕しつつ、俺は2射目をこちらに視線を向けているワーウルフに放つ、矢は風による軌道修正を受けているようで、2匹めのワーウルフの頭部に吸い込まれていった。
さすがは、宝物庫に安置されていた一品。
とんでもない性能だ。
そこから一気に形成は逆転し、護衛たちは新手の登場に動きの乱れたワーウルフを駆逐していった。
「いやはや、助かりましたよ、一時はどうなることかと、私はブンと申します」
、そう言い、俺に感謝の意を伝えてきた男、歳は30後半だろう、恰幅のよい男である。
なんでも、薬草の採取をしていたら、ワーウルフの集団に目をつけられ森の中から、追い回されていたという。
ワーウルフは縄張り意識が強く、こんなとこまで追いかけてくるのは珍しいはず。
なぜ俺がこんなことを知っているかといえば、引きこもり生活中、寝てるだけでは暇だったので、本を読み過ごしていたのである。
自慢ではないが、かなりの本を読破したと思う。
実際、ここにワーウルフがいたのだから、俺は信じることにした。
俺も、名を名乗り街まで同行することになった。
そして時間は、また戻り現在。
(あの野郎!なにが薬草を採取していただ!)
ブン一団はなんと、ワーウルフの幼体を攫っていた。
ワーウルフは比較的大人しく従順な魔物である。
ただしそれは、幼体の段階から人に馴らしておく必要がある。
ワーウルフの幼体はテイマー相手に高く売れる。
ワーウルフは縄張り意識も強いが、それ以上に仲間意識が強い、故に人間を一度仲間と認識したら、冒険のよき相棒と人気なのである。
俺は、ルールナの街に戻る途中に、何度もワーウルフの襲撃を受けたことに疑問を覚え、半ば強引に積み荷を確認した。
そこにいたのが、ワーウルフの幼体だったというわけだ。
これ以上襲撃されたら、こちらはもうもたないと、しぶるブンを説得し幼体を森に返すことを納得させた。
ポーションも底をつき満身創痍の護衛と俺では無事に、ルールナまで辿り着ける可能性は低かった。
街道を外れ、森までやってきたときに事件はおきた。
俺になにかを投げつけるブン。
びちゃっと音が弾ける。
それをよく見ると、ワーウルフの幼体のうちの一匹であった。
次に俺の体を見ると、上半身が血だらけで、遠ざかるブン一団。
さらに聞こえてくるのは、オオカミのけたたましい遠吠え。
理解したさ、なにが起きたのか!
あの野郎は、俺を囮にしやがった。
そして始まる、命を賭けた逃走劇が。
「ウォオオオオン!!」
幾重もの、低い唸りが木霊する。
俺は、今やワーウルフたちの怨敵というわけだ。
ワーウルフたちにとって、俺が幼体を攫い、あまつさえ殺害までした。
大悪人というわけだ。
命を賭した、逃走劇が始まって、何時間過ぎたのだろうか、俺が倒したワーウルフの数は、優に20は超える数に昇る。
これだけの同胞を失っても、ワーウルフの殺意は衰えることなく、俺を捉えている。
ワーウルフに、360度包囲され徐々に、その包囲網が縮まっている現状は、いわゆる絶体絶命の危機ということになる。
なんて、どこか他人事のように考えても現実が変わることはない。
どうやって、この包囲網を突破するか思案する
頼みの綱は、エアリアルであるが日が落ちてしまった影響か、命中率が著しく低下している。
月明かりが、やけに強い不思議な夜でなければ、今頃俺は命を落としていたのは間違いない。
牽制に、矢を放っているが手ごたえなど、全くないが矢を放つことをやめることはできない。
矢を放つのを諦めるということは、生きるのを諦めるのと同等の意味を持つ。
本当に、どうしてこんなことになったのだか、いらない正義感を発揮したのが間違いだったか、誰かを助けようとか善行を行おうとか、分不相応といったものか自分すら守れない俺が誰かを助けようなど……
いいや、間違いではないはずだ!何度繰り返そうが、俺は助けるだろう、どんな場所やどんな状況でも、きっと、だからこの選択は間違ってはいない。
例え、それが今にもワーウルフの牙が俺の胸を貫く寸前でもそう思う。
不思議と痛みはない、もう助からないかもなっと自嘲気味に、月を見上げる、今宵の月は満月だ。
ただの満月ではない、異世界の月はこんなに幻想的なのか、それとも今宵の月は特別か、全てを浄化し包み込んでしまいそうな、白い光を地上に注ぐ。
ドックンと脈を打つ、だが脈を打ったのは俺の心臓の鼓動ではない。
俺は胸元に忍ばせていた、丸い化石が胎動する。
ドックンと、再び強い脈打つその化石が勢いで胸元から飛び出す。
薄れる意識の中、俺は見た。
——あまりにも美しく気高い、獣の姿を。