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9番

「ちょっと掠っちゃったな」

「お疲れ様です。治しますね」

「うん。ありがとうハクちゃん」


ほほを赤らめつつ杖を構え魔法を唱えるハクちゃん。

目に見えた怪我があるのは俺だけど、先にキラ君の方を診て上げてほしいんだけど…。

腹部への攻撃はあまり楽観視しないほうがいいからね。

あまり綺麗に入ってはいなかったけど、俺のステータスならおそらく十分なほどにダメージとして蓄積されているはずだから。


俺の治療はすぐに終わった。

ハクちゃんにお願いして、次はキラ君の治療をしてもらう。

いつになく渋る素振りを見せたハクちゃんだけど、セキ君の説得も相まって最後には頷いてくれた。

とはいえ、魔法で治療してもキラ君が目を覚ますにはもうしばし時間を有するはず。

そういう風に首から落したんだから。

できれば初手で、それが無理だったなら2手目で決着をつけるつもりだったのにここまで粘られたのは本当に驚いた。


剣の構え方からして、戦い慣れてないと思ったんだけど…。


いや、実際に戦い慣れてはなかったのだろう。

剣を交えていればそれはなんとなくわかってしまった。

でも、それを補いきれてしまうほどの思考能力に反射。

もしも、ステータスが同等レベルだったらと思えば、背筋に寒い者が走る。

さらに、技術もまだ未熟なのだから伸びしろがありすぎる。

彼が完成したら、一体どれほどの力を持つのか――。

ふと、柄にもなくそんなことが脳裏によぎった。

他人がどれだけ強くなろうとどうでもいいと感じていたのに、キラ君だけはなにか違う。

どうしてだろう?

興味が出てきた。


「二人とも、キラ君とはどこであったの?」


俺は受付嬢の彼女に声を聞かれないように静かに問いかけた。

こういうとき、すぐさまに質問に答えようとしてくれる二人なのだけど、なぜか、今回に限って回答をしてくれない。

それくらいの秘密も持っているということかな。

ますます、知りたくなってしまう。


「ハクちゃんもセキ君も、キラ君についてはそこまで知らないって思っていいの?」

「うん。よくわかんないけど、初めて会ったときから偉そうで…。―でも、なんだか嫌な気持ちにはならないんだよね」

「はははっ。セキ君が変わってるのかキラ君が変わってるのか、どっちだろうね。それは」


なんて、街で誰かに質問したらどっちもですと言われそうだ。


「キラ君は強くなるだろうね」

「俺もそう思うよ」

「少しキラ君に興味が出た」

「珍しいね?」

「うん。やっぱり柄じゃないんだけどどうしてもね」

「でも、兄ちゃんはすぐにこの街から離れると思うよ?」

「そうなのか…。なら、俺も付いていこうかな」


城下町で暮らしていたのには理由があったけど、そんな小さなこと捨ててでも付いていきたいと感じた。


「二人も一緒にこないかい?」

「あ、マルドさんが言うなら…」

「ダメだよ」


ハクちゃんは付いてこようとしたんだけど、セキ君がそれを遮った。

この双子が一緒に来てくれたら、戦力としては申し分ないし助かったんだけどね。


「どうして?いや、じゃなくてダメってことは理由があるんだよね?」

「うん」

「教えてもらってもいい?」

「いいよ。理由は約束したからなんだ」

「どんな約束?」

「助けてあげるから、いろいろと教えたらお互いに別れて不干渉でいようっていう約束」

「それはまた…」


一体全体どうしてそんな約束を取り付けたのかが見えてこないんだけど、キラ君から受けた印象を思うとどうしても意味の無いことには思えない。

むしろ、慎重そうなキラ君のことだからよほど重要なことなのかもしれない。


「マルドさんは本気でこの人についていくつもりなんですか?」

「もちろん」

「……なんでですか?」

「なんとなくかな。きっとキラ君は近い未来で何かを成し遂げるって思うんだ」


根拠なんてない。ただ、勘がそうささやいているだけだから。


「マルドさん……。マルドさんは、この人が魔族かもしれないと聞いても付いていこうとしますか?」

「……っ!?…それは、言っていいことなの?」

「ダメでしょうね。ですが、そんなことどうでもいいんです。答えて下さい」

「………ついていくよ」

「…わかり、ました」


ハクちゃんがそんなことを言うのは珍しい。

この子はいつも優しくて、聡明な子なんだ。

口は災いの元であることを正しく理解できている。

だからこそ、この子の言葉はしっかりと意味を受け取らなきゃならないと思う。

だからこそ、俺はここで決めたんだ。

たとえ、魔族だったとしても、キラ君ならいいと思える。

むしろ、キラ君みたいな魔族なら貴重だ。


「心配してくれたのかな?」

「まぁ、マルドさんの実力からすれば、いらない心配だったかもしれませんけど…。現に今もこうしているわけですから」

「はははっ。ありがとう。でも、気にしないで?俺は俺のしたいようにするだけだから。何かあったら自己責任。何があっても自己完結。それを家訓としてるくらいだから」

「なんですか、それ?」


クスリとハクちゃんは笑った。

やっぱり、このくらいの歳の子はこうして、難しい事を置いておいて笑っているべきなんだ。


「キラ君が起きたら、ついていかせてもらえるようにお願いするよ」

「断られたらどうするんですか?」

「そうなったら、俺の向かう先がたまたまキラ君と同じになるだけ」

「この人は怒りそうですね」


最悪実力行使で、バトル&プロミスで勝てばいい。

勝者の願いをかなえる必要性が生じるあの戦いを行えさえすれば、本人の意思なんて関係なくなる。

ただ、これは最終手段にしておきたい。

できれば良好な関係を築いて、仲間と認められてから一緒にいるようにしたい。

それが俺にもキラ君にももっともよい選択のはずだから。


「それにしても、兄ちゃんってなんなんだろうね?」

「というと?」

「普通なら入れないような場所に普通にいるし、普通なら使えない魔法も使えるし。なのに、いろんなことを知らなかったりするんだもん」

「………そのあたりも聞いてみようかな?」

「う~ん…。放してくれるかな?」

「無理だと思います」

「それでも、聞くだけタダだからね」


仮にいま答えをくれなかったとしても、いつか聞かせてもらえればそれでいい。

最初から信用してもらい最初から自分をさらけ出してもらうなんて虫がいいから。

信頼も信用も勝ち取るものなんだ。


「あれ?そういえば受付の彼女がいなくなってるね」

「私達が声を潜めたら、ギルドの登録の作業を終わらせてきますと伝言だけ残して行きましたよ」

「いい気配りだね」

「まったくです」


ギルドには秘め事のある人間がかなり多い。

いろんな人材がところかまわず登録してくるような機関だから人に知られたくない内情を持っているなんてこと珍しくもない。

しかし、そういうことを探ってしまえばトラの尾を踏むことになり、酷いと消されてしまうことすらある。

なら、どうするか。

勘づかなければいい。

私は何も知りません。

私は何も見てません。

私は何も聞いてません。

それを徹底しておけばいい。

その点で言えばギルドの総本山であるここの受付嬢たちは図太くてしたたかで慣れている。

こちらの雰囲気を感じ取り引いていく。

彼女も、そのことを徹底しているために去ったんだ。

まぁ、今回は普通にギルドの登録を終わらせたかっただけかもしれないけど。

「さて、そろそろキラ君を運ぼうか。いつまでもこんなところに転がしているわけにもいかないからね」


キラ君のことを持ち上げて肩に背負う。


(軽いな…)


持ち上げた時にその体重に驚いた。

歳はたぶん14,5歳くらいのキラ君だけど、同年代だと背丈もあって、筋肉もついてるほうに見えるのに、想像を超えて軽い。


「手伝うよ」

「ううん。俺一人で運べるよ」


医務室とここの施設はほとんど隣接してるようなものだからすぐに連れていける。

怪我をしたときにすぐ対処できるようになってる。

でも、ギルドの医務室は辛うじて患者を寝かせるベッドと止血を押さえられる程の効果しかない薬草、あとは包帯があるくらいなんだ。

重傷を負ったら医務室ではどうにもできない。

みんなは、この施設を使用するときに怪我をする危険性があると、だいたい薬や治療してくれる誰かを連れてくる。

俺達はハクちゃんがいたからいいんだけど。


キラ君をベッドに寝かせる。

施設は床が砂になってて服が汚れやすいんだけどキラ君の服には一切の汚れがない。

砂の上で倒れていたのに汚れがないのはちょっと不自然だけど、そういう魔法とか道具がないわけじゃないから気にしても仕方ないね。


「さて、俺はここでキラ君が起きるのを待ってからさっきのお願いをしてみるつもりだけど、二人はこの後どうするの?」

「俺はおなかすいたから帰ろうかな」

「なら、私もそれに付き添うしかないので失礼します」

「そう?なら、また明日ね。一応二人にはどうなったかの報告だけしに宿へ行くから」

「明日の朝来るの?」

「そのつもりだよ」

「わかった。じゃぁばいばい」

「ばいばい」


セキ君が手を振ってくれるので、俺も振り返した。

扉の閉まる音がした。

二人は帰ったみたいだ。


「怪我は治ってるからもう起きてもいいはずなんだけど……」


傷が治れば意識も回復するっていうのが回復の魔法だ。

普通なら治ってすぐに目が覚めてくれるものなんだけどキラ君は結構な時間寝たままだ。

でも、何事にも例外はある。

例えば、気絶した原因を取り除いても、極端に疲労が残っていればそのまま体力を回復させるために寝たままになる。

キラ君は元気そうに見えたけど、きっと疲れていたんだと思う。


「俺もちょっと疲れたな。しばらく寝よう…」


数十分だけ眠ることにして俺は目をつぶった。



「おい、起きろ」

「ん?……あぁ、キラ君目が覚めたんだ」

「そうだ。だからさっさとどけ。重い」

「おっと、ごめんごめん」

「ちっ……」


目を開くといきなりマルドが俺の上に寝ていた。

かなり邪魔なので状況を把握すると同時にマルドを起こした。


「それで、ここはどこだ?」

「ギルドの治療室だよ」

「なにもないこんな部屋が治療室だと?」

「そう感じるのも無理はないね。俺もいまいちここが治療室だって実感はないから」

「だろうな」


窓から指す光はオレンジ色へと変わっている。

それなりに長い間眠りについていたようだ。


「帰る」

「あ、少し待ってもらえるかな?」

「なぜだ?」

「お願いがあってね」

「変な頼みなら即刻蹴飛ばすぞ。それでもいいなら言ってみろ」

「わかった。じゃぁ、一つだけお願いさせてもらうよ」


初対面の相手に一体何を望むというのだろう。

頼みがあるだけならセキとハクにでも言えばいいのだ。

あいつら、特にハクならなんの躊躇もなく聞き届けるはずだ。

あるいは初対面だからこそ頼める依頼の可能性もあるが……。

しかしながらマルドの口から聞けたその頼みというのはまるっきり想定外だった。


「君の旅についていかせてもらいたいんだ」

「…は?」

「俺は感嘆したんだよ。キラ君の戦いに」

「それだけで着いてくると?」

「あとは、気に入ったからかな。見てみたくなったんだ」

「なにを?」

「未来をだ」


よくわからない。

俺からしたらそんな感想だ。

だが俺は、マルドの目は嫌いじゃないのだ。

好ましいとすら思った。

生まれて初めて、は言いすぎなのかもしれないが純粋な好奇心の眼差しを受けた気がする。

期待や羨望の眼差しを受け続けてきた身としてはこういった押しつけるではなく、受け入れるという意思が好ましい。


「……金はあるのか?俺は一銭たりともくれてやらんぞ?」

「これでも、黄色というギルドでは上位の実力を持っているものでね。数年なら遊んでられる程度には貯金があるんだ」

「なら、そのギルドから離れても問題はないのか?」

「う~ん…。なくはないんだけど、そこまでの心配はいらないかな」

「邪魔になったら置いていくがいいのか?」

「そういうのは俺に勝って言うものだよ」


メリットとデメリットを即時考える。

あまりこちらの世界の人間と共にいるのはよくない。

しかし、間違いなくなにかを抱えている双子からほんの少しでも早く離れることができる。

二人に聞こうとしていたことはマルドに聞けば良くなる。

さらには、ギルドでも上位陣というならあの二人よりも知識も豊富そうである。


「…………明日にはここを出る」

「あれ?ハクちゃんやセキ君になにか約束してたんじゃないの?」

「情報源は手に入ったからもういい。用済みってやつだ。ついてくるのを許してやるんだから俺の知りたいことを教えるくらいのチップは寄こせ」

「わかったよ」

「なら、今度こそ俺は帰る」

「お疲れ。明日から宜しくね」

「…………あぁ」




宿に帰るころにはすっかり日が暮れていた。

疲れていて、食事はもういいかという気分だったので晩飯は抜いた。

もう寝ようかとも思ったのだが、正直風呂に入りたかった。

黒ローブのせいで昨日の夜は温泉があるというのに機会を逃してしまったのだ。

折角温泉があるなら、肩まで浸かって骨休めをしたいのだ。

日本人特有の感覚なのだろうか。


「この服も着っぱなしだが…。なぜだ?汚れがないだと…」


そう、おかしなことに俺の着ているコートもズボンも、果てには靴や靴下手袋までもが一切の汚れを持っていない。

戦闘時、地面に伏した時には確実に砂が付着したはずだがこれは一体どうなっているのか。

さらに、目からの情報だけでなく、嗅覚で得られる情報も服の汚れを否定している。

洗濯をしたばかりのようなにおいで汗もかいたはずだし二日間着ているのにありえない。


「……とりあえず服は臭わなくても…さすがに…」


かといって服から臭いがしなくても体臭はきつくなっている。

近づいただけで鼻が曲がりそうとかそんなひどい臭いはしないがよく嗅ぐと少しきつい。


「風呂は無料だったな…」


さすが異世界だと無理やり納得して服のことは忘れることにして温泉へ向かった。



脱衣所は使い勝手がよく、服の替えの浴衣もどきが用意されており、露天ぶろまであり、広々とした洗い場にサウナまで搭載、浴槽は10人以上が一度に入っても全身を伸ばせるくらいの面積。

文句のつけようもないほどによい湯加減で日本人男子な俺も非の打ちどころのないこの温泉に舌を巻く。

下手をすれば日本の旅館なんか目ではない。

このようにいい状態の風呂に入れるなど気分が高揚してならない。

――のだが。

たった一つだけ俺の気分を著しく害するものがあった。


「どうしてここにいる」

「もちろん温泉に入るためだけど?」

「あたりまえじゃん!温泉にいるんだから」

「あぁ…頭が痛くなる」


マルドとセキの問題児という認定をうけている二人が何故か俺の目のまん前で体の洗いっこをしている。

一見すると、兄の背を流す弟にしか見えないがセキの年齢を知る俺からすれば異様でしかない。

もっとも、俺の年齢で背中を流していてもおそらく大人びたマルドを見れば兄弟だと勘違いされることには変わらないということに気が付きはしていないが。


「いやね、明日出発すると言っても話し合いも何もしてないしこれからの目標も指針もないっていうのにとりあえず出発だけするっていうのは、失敗する旅の典型だと思うんだよ」

「それは…まぁ、わからんでもない」

「だから、しっかり作戦を練っておくべきだと思うんだ」

「その重要な作戦というかこれからの動向をどうしてこんな風呂場で決めなければならない」

「こんな風呂場って…ここほどいい温泉もなかなかないんだけど、キラ君は気に入らなかったかい?」

「馬鹿な事を言うな。温泉には大満足だ。しかし、俺は温泉に疲れを取りに来たんだ。疲れるような話をしたくはない」

「それもそうだね」


セキとマルドは体を洗い終わり湯船につかりに行った。


「ん?なんだこれは…」


セキとマルドがシャワーを浴びて体を洗っていたのでシャワーがあると思い体を洗おうとしたのだが、何故かシャワーがどこにもない。

あるのは石鹸と隣に置かれたクリスタル。


「まさか…」


おそるおそるクリスタルを手に取る。

色は完全に水色である。

水色であり、風呂場においてあるクリスタルから連想されるものは何だろう。

さらに、その横に石鹸が置いてあったらそこになにが連想されてくるだろう。

俺はだれしもがたどり着くであろう結論に辿り着き、クリスタルに魔力を流した。

すると、綺麗な水がクリスタルから溢れだした。

だが、セキとマルドが使用していたかのようなシャワーではなく蛇口の水を捻ったような感じで水は出ている。

そして、温水ではない。


「これか?」


次に俺が目を付けたのは壁に空いたくぼみだ。

ぴったりクリスタルがはまりそうな大きさのこのくぼみ。

ちょうど、二人が浴びていたシャワーの高さもこのくらいだった。

カチリ

クリスタルをはめ込むとそんな音がした。

そうすると、冷水だった水がいきなり湯気を出しながらシャワーに変化した。


「どういう仕組みなんだ?」


クリスタルを壁から外す。

きっとまた冷水に戻るのだと思いきや、クリスタルからはきちんと温水のシャワーが流れ続けていた。


「なぜだ?壁にはめ込んでいる間だけああなるのではないのか…」


クリスタルからあふれ出るお湯をしばし浴びる。

2分くらいそうしただろうか。

ちょうど湯船に戻ろうとしたところでお湯が水へと変化した。

さらに、そこから1分後に水も止まり完全に魔力が抜け切ったようだ。

壁のくぼみに仕掛けがあるのは明白であるのでさくっと見てみる。

クリスタルと同じ6角形にえぐられたそこには点々と赤い石が埋まっていた。

おそらくだがこれもクリスタルと似たようなものだ。


もやもやは晴れたので早速体を洗う。

石鹸は日本製品と比べてしまうと欠陥品というレッテルを張りたくなる。

だが、これしかないので我慢して使うしかない。

逆に肌を壊しかねないだろうという思いは秘めた。


当たり前のことながらシャンプーやリンスなどの便利グッズもないので石鹸を泡立てて、それで髪を洗うはめになる。

風呂に重きを置いて発展させていった人物は偉大だ。


よくある頭にたたんだタオルを載せた状態で浴槽に再び浸かった。

腰に巻いていてもいいのだが、温泉のロマンなのでこうなった。

気にしないで腰に布を巻いたままいる方が普通なんだろうが、俺のロマンを優先させてもらう。


「悪いけど、先に上がらせてもらうね」

「おれも~」


じいっと無言で湯船に浸かっているとふらふらと二人が上がって行った。

セキはボーっとしていてどうやらのぼせているようだ。


「キラ君もあまり浸かりすぎて倒れるといけないから早めにあがりなよ」

「気にする必要はない。満足したらきちんと上がる」


風呂を上がるタイミングを他人に指図されたくなんてない。


「セキ君の部屋にいるから戻ったら教えて。明日の準備とかいろいろ話し合いたいから」

「あぁ、そんな目的があったんだったな。忘れていた」

「大事なことなんだけどなぁ…」


今、俺にとって大事な事は風呂で疲れをとることのみ。

それ以外のことに気を回すつもりなどもうとうなかった。


始めの方には数人いた他の風呂の利用者ももういない。

広めの温泉をたった一人貸し切り状態で使用できる幸運に歓喜してサウナ、露天風呂などを大いに楽しみ1時間の長風呂となった。


一度自室に戻ってからセキの部屋で待つマルドに会いに行こうとした俺。

現在椅子に座っている場所は自室の中。

向かい合っているのはマルドだ。


部屋に戻ると、閉まっていたはずの鍵が開きっぱなしになっていた。

俺は昨日の黒ローブが再び現れたと中にいる者を反殺しにしてしまおうという考えの元部屋に飛び込んだ。

そこにいたのがマルドだ。

なんと、セキの部屋にて待つと言っておきながらどうしてか俺の部屋で待機していたのだ。


結果、部屋に入るなり殴り込んだ俺の拳はマルドの顔面を捕え盛大にぶっ飛ばした。

ギルドではあれだけの強さを見せつけたマルドであったが、警戒を一切せずに入口付近に座っていたのでどうすることもできず正面から拳を受けたのだ。

そして今、俺もマルドもお怒りになっているのだ。


「……いきなり殴るなんて」

「知らん。そんなことよりどうしてお前はこの部屋にいる。普通に不法侵入で不愉快だ」

「君の服を漁ったら鍵があったから入っただけだよ」

「お前一回死んでこい」

「漁ったのは俺じゃなくてセキ君だよ。あと、きちんとした謝罪を要求するよ」

「死ね。謝罪をするのはお前だ。人の部屋に勝手に上がり込んだんだ。斬り捨てされても文句は言わせん」

「そんなことすれば、衛兵のお世話になることになるよ」

「構わない。あいつらには俺を捕まえることは叶わん」


鬼ごっこにはなれている。


「よっぽど自信があるみたいだ」

「俺にはそれ足りうるスペックがある。当然だな」


と、言うのはいいがそこまでうぬぼれてはいない。

捕まることがないのは大賢者の言葉があったからだ。


「……戯れあいはここまでにして、本題に入るぞ」

「今日はもう眠いからそうしようか」

「じゃぁ、さっさと終わらせるぞ。まずは、俺の目的だが、これについてはそこまで難しいものではない。しばらくは実力を付けたい」

「それがいいよ。あ、なんなら俺が鍛えてあげようか?」

「…………」


悪くないと俺は思う。

剣については100%俺の数段先を行くマルドから教えを得られるのはありがたい。

欲を出せば、魔法も教えてくれると助かる。


「いやかな?」

「……どうやらそうでもないようだな」

「それはよかった」


他人に教えを請うのは己が下であると認めるようで癪だという場合がほとんどだが、今度のことにして言えばそうでもない。


「じゃぁ、向かう街もこっちで決めさせてもらうから」

「なに?」

「戦闘技術を磨くにはうってつけな場所があるんだ」

「ほう…。どんな場所だ?」

「それは行ってからのおたのしみで」

「まぁいい。町の名は?」

「シャリオン」

「………わかった。まずはそこに行く」


うってつけとまで言うほどだ。

何かがあるのは絶対なのだろう。

前情報があればこちらが主導で動けるが、地理に詳しくないので従う方がはるかにいい。


なにより無駄な労力を消せるのは素晴らしい。


「明日の夜明けにはこの街とおさらばだ。宿の前で待機しておけ」

「うん。わかったよ」

「じゃぁ、今日はもう出てけ」

「言い方ひどいなぁ…」


苦笑いながらもこれといって不快さを含んだようには見えない。

まるで、俺の態度に慣れているかのようだ。


「また明日」

「あぁ」


「これでやっと禁書が読めるな」


禁書を開きぺらぺらと確認してみると、ざっと半分ほどが日本語で、残りは良くわからない言葉で書かれている。

おそらく、暗号化何か、もしくは違う言語なのだろう。

第三者に伝えるつもりの部分は日本語で書き、隠しておき、解読、もしくは翻訳などを出来る人間には教えてもいいという記述。

勇者の召喚などがそちらに当たるはずだ。


「そういえばなにか忘れている気がするが…。まぁ、いいか」


ふと、関係ない事を考えた。

何か思い出せそうで思い出せない。

おのずと思い出すことになるだろうと放置した。


(目星をつけてもいいが一度最初から最後まで流して読んでみるか)


今欲しい情報は、魔法についてだ。

まぁ、ほかにもいろいろと知りたいことはある。

過去の勇者のことや、過去の魔王のこと、あとはこの世界の情勢と歴史といったところか。

上げていくときりがなくなるが、知っていて損をするなんてことはない。

知識は貪欲に。


「魔法の記載は……」


禁書は字が細かく、分厚いので目星をつけるのも一苦労。

広辞苑程度の文字量はここに記されていると見える。

つまり俺は、あいうえお順になっていない広辞苑で必要な情報を探しているようなものだ。

めくっていけばわかるが、この禁書おそろしいことに一つのことを2ページにまとめてある。

なのに、文字数が大きく変化しすぎず、大体がちょうど同じくらいに収まっている。

どれだけ文章の構成をしっかりしなければいけないのか。

全てのことがらを同じくらいの文字数にまとめるのはかなり大変な作業だ。

魔力でクリスタルを使う。

光が今望んでいるページを示す。


「これか」


魔法のことを書いてあるページが見つかった。

大まかにはハクの説明と同じようなことが書いてある。

正直、そこはどうでもよかった。


曰く、魔法とは万人が持つ魔力を現象として顕現する技術である。

曰く、魔法とは千差万別。同一の人間が存在せぬように同一の魔法も存在しない。

曰く、魔法とは世界により方法が脳に刻み込まれる。

曰く、魔法とは神から許された力の根源なのである。

曰く、魔法とは才能に大きく依存している。


聞いたようなこととあたりまえのことが書かれていた。

だが、こんなことも書かれていた。


“異世界からの勇者君。もしくはちゃんかな?君らのもっているであろう魔法は顕現できうる、故に方法を探るとよい。魔法のキ―を見つけられれば力となるはず。もしどうしても魔法を使えないならば、自身の情報が多少なりとも露見する可能性が生まれることにはなるけど鑑定師に見てもらうといい。最後に禁書はこれだけじゃない。ボクの先輩や後輩の記した禁書も幾つか存在しているはずだよ。もし、気になるなら探してみて。

いつか会えることを楽しみにしているよ。それでは……。  

                                君の大先輩より


PS:魔法袋は持っておいた方がいいよ。いろいろしまえるから。



「……大先輩だと?」


大先輩といわれれば、この者が過去の勇者であろうことが推測できる。

もしくはただの気狂いか。

なんにせよ一つ大事なことが書かれている。

この情報は大きい。

なにせ、どうにかして魔法発動のキ―を見つければ今覚えているだけで留まっている魔法の使用が可能であるというのだから。


「さて、これを馬鹿正直に信じるか否か…。迷うところだ」


鑑定師とは名前からしてステータスを除き見れるような能力を持つ人物を指す職業だ。

まぁ、お約束とも言っていいほど異世界物についてくるな。


「しかし、ステータスののぞき見は法に触れるのではなかったか?」


マナー違反だとか、所によっては罪に問われると説明を受けた。

にも関わらずこのような職業があるのは解せない。


「いや、過去の勇者というならばありえなくはないのか…」


時間が経てば、人の在り方など否応にも変わってしまう。

その時の流れの中で新しく造られたルールなら特におかしなところはない。

過去では鑑定師はあたりまえにいて、今ではいなくなっているというのもありえる。


「だとすれば、今の時代に鑑定師とやらはいるのか?」


そこが問題である。

もしも、鑑定師がいなければその魔法のキ―を知ることが叶わなくなる。

一応そういう能力を持つ者を探すという手もあるが、この過去の勇者の言う鑑定師と同じではないかもしれない。

しかして、あきらめることはしたくない。

折角の魔法だ。

使えてなんぼであろう。


「明日の朝には出るつもりだったが…マルドに話してみるとするか」


もしも、鑑定師がいて、それがここにしかいなかったり、次の町にはいなかったりするなら一日遅らせる必要がある。


「まったく…どうしてこうも予定とは狂うのだろうか」


当初は、城を抜けたらハクとセキを連れすぐにでもこの街から出て他の町、もしくは村などに行くはずだった。

その過程でこの世界について学び、ある程度の実戦を行えればいい程度に思っていた。

それが、大幅な予定変更だ。

今のところ、俺の都合は悪くならず、なんなら少しメリットが生まれているくらいであるからいいが、面倒なことになるのだけはお断りだ。


運が悪いで一括処理してもいいが、楽観的になるとろくな事にならない。

14年の人生で学んだことだ。


「あとは、他の禁書か…」


正直に言えばある程度参考にはなる伝言ではあったので残りを探すのも吝かではない。

情報を集めるのは骨が折れるだろうが、やってやれないことはないはずだ。

過去に召喚された勇者が書いたという位だ。

噂になったり、なにかしら逸話があったりする本をたどればみつかるはず。


「クソ…。ダメだ。睡魔が…」


マルドとの戦闘の後気を失っていたとはいえ疲労はしっかり残ってる。

眠たくなるのもしょうがないだろう。

大きなあくび一つついて俺は眠りに就いた。



離れたところで、俺が忘れていたことを思い出し、間抜けな声を発した人物がいるとはつゆ知らずに。

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