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8番

「リュンヌさんね。ギルドに登録はしていますか?」

「いや、してないな」

「では、ギルドの説明からさせてもらいますね」

「いらない」

「………ギルドの説明からします」

「いらないと言ってるのだが」

「いいから聞いて下さいっ!」


無駄手間は省きたい性分なので説明は後で双子から、もしくは他のギルドの者に聞けばいいと思ったのだが、受付嬢はどうしても説明がしたいらしい。

こちらがいらないと言ってることだし、そこまでかたくなにならなくてもいいではないか。

俺は舌打ちする。


「では、まずギルドに登録するに当たっての手順から説明させて頂きます」


慣れた手つきで本のように綴られた用紙を取り出し、俺に見やすいように向けた。


「最初に、必要事項です。登録には、名前、契約金を提示していただくことになります。契約金は最低で10000ルクスであり、こちらについてはギルドからの貸借が可能です。ギルドに契約金を借りたなら、依頼を成功するたびに報酬から数割ルクスをこちらで引かせてもらいます。また、利子は一カ月ごとに100ルクスごと増えていくのでご注意を。

ですが、契約金に関してはほぼ心配しなくてもよいはずです。依頼は安くても500ルクスほどは手に入るので、頑張ればすぐに返済できます」

「契約金はある」

「そうですか。では、他の御説明が済んだ後で10000ルクスをご提示ください」

「わかった」


説明は絶対にしたいようだ。


「ギルドへの登録が完了しましたら、次に軽く実力を測らせて頂きます。ここでの実力は純粋な戦闘力だけでなく、知識、指揮力などでもよろしいです。

登録者には実力に応じた依頼を受けてもらいます。戦闘能力に長けていれば討伐を、知力が抜きんでているなら採集やサポートをといったところですかね。

あなたが、どんな実力を持っていて、どのように実力を図ってほしいかは聞き入れますので、後でお渡しする契約の証しのほうにご記入ください」

「戦闘力とはどうやってはかるんだ?」

「基本的には、ギルドの登録者の格上と戦闘してもらうか、監察官と共にこちらで指定する魔物の討伐を行ってもらうかの二託です」


少し考えるそぶりを見せる。

約束・・・が起きれば、ここいらで一悶着あるところだ。

俺としても、体験してみたいことではある。

異世界に来てギルドにやってきた時のお決まり。

阿呆に絡まれるイベントだ。

これは、一番最初にギルドに来た時にしか体験することができない。

つまり、ここで絡まれなかったらそこまでなのだ。


(問題を起こすのはよくないが、どうしたものか…)


現状、俺の心は大きく揺れ動いている。

目立たないように努めるべきか、欲にまっしぐらか。

常識的観点でなら後者を選ぶことはないだろう。

とわいえ、こういうのは理屈ではないのだ。

やりたいからやる。

それだけである。


「ここに、格上がいるのか?」


心の中の天秤はよからぬ方へ。

俺が口にしたのは真っ正面から喧嘩を売る内容だった。


「………」


受付嬢は営業スマイルが消え、スッと冷たい笑みになる。

俺はその変化をしっかり気付いた。

一介の受付嬢如きならどうとでもなるとさして気に止めはしないが。


「さっさと、説明を再開しろ」

「………登録が完了したなら、依頼が張り出されているボードがあるので、皆さまはそこで依頼を探し、あちらの受付で受注します。

ここで注意してほしいのが、依頼にも難易度が設定されているということです。下から百姓、武士、大名、将軍、天皇という区分をされています」

「……聞かずともなんとなく察したが…なぜ、そんな区分のしかたをする…?」

「詳しい事は不明ですが、昔のギルド長の故郷のかんなんとかじゅうに、とかいう位を表わす単位を逆にしたものらしいですよ」

(混ざっている!!)


昔のギルド長とやらは間違いなく俺と同じ世界から来ている。

おおよそ見当はついたようなものだが、たぶん日本文化を齧った外人とかだ。

冠位十二階と江戸のころの身分制度がごちゃごちゃになっているのがいい証拠だ。

これで、この制度を造った奴が日本人なら、よほどの馬鹿だ。


逆にこんな間抜けな間違いをするような人物が、俺と同じ日本人だなんて嫌である。

過去の偉人達にあやまりにいけ。


「尚、実力が認められれば、本当は百姓からのところを、武士まで融通します」

「武士までといっても武士よりも下が一つしかないだろう」

「百姓はお使いのような依頼ばかりで討伐なんてやれないんですよ。だから、私達ギルドから見て最低限の実力があるようなら武士まで融通するのです」

「だったら、最低限度ではなく普通に実力がある者は?そういった奴らならば大名にしてやってもいいだろう?」


大名にしてやってもいいだろう。

なんとも、おそろしい言葉だ。

江戸時代などであればとんでもないことを口にしている。


「そこが区切りだから止めておかないといけないんです」

「区切りだと?」

「………ええ。本物との区切りです」


どういう意味だ、とは聞くまい。

受付嬢が言わんとすることはわかる。


「ずいぶんと容赦のない言い方をするな」

「いいんですよ。このくらいきつく言っておくことでやる気になる人もいますから」

「発破をかけていると?」

「そうですよ」

「いい性格している。人が悪いと言われたことがあるんじゃないか?」

「さ~て、どうでしたかね?」


黒い笑みの受付嬢。

ここに配置されているのも納得の腹黒さだ。


「ギルドの施設については登録が完了した後に必要とあらば説明します。あとは、魔物を狩った場合の報酬についてですね。魔物は倒すと消滅してしまうので、唯一の証明手段は魔物の核となる魔石のみです。なので、もし魔物を狩ったことによる報酬が欲しいなら、必ず魔石を回収して下さい。また、依頼主が魔石を持ってないのをいいことに報酬を払おうとしないこともあるので、回収は絶対に忘れないように。もし、回収をせず対価を得られなかったら、それは自己責任となりますのでお忘れなきように」

「ずいぶんとまぁ管理が甘いんだな」

「自己申告よりは随分とましだと思いますが?」

「そうかもな。でも完璧じゃないな。まぁ、俺にとってはどうでもいいことだが。もう説明は終わったか?ならさっさと登録を終わらせたいんだが」

「……わかりました。それでは、10000ルクスをお支払いください」

「ほら」


持っているきんちゃく袋をそのままカウンターに放り出す。

現状、俺は大量のルクスを女将から受け取ってはいる物の、この巾着袋の中身を正しく把握していない。

小さな光の粒が100万個入っているようなら中を漁って10000個放ればいいが、袋にそんな大量の粒は入ってない。

なにが言いたいかと言えば、日本での1円玉、5円玉、10円玉といった区別が俺ではわけられないのだ。

だったら、相手に任せてしまえばいいと、逆転の発想に至ったのである。


「こ、これは……」

「面倒だからお前が10000ルクス数えろ。あぁ、余分に接収しようなどという真似だけはするなよ?お前もまだ生きたいだろ?」

「………そんなことはいたしません」


生きたいかというのは命が惜しいだろうという意味ではない。

今の俺の言葉の意味は、社会的に消されたくはないだろうという意味を持つ。

俺のセリフのニュアンスをどう受け止めたのかはしらないが、脅し文句まで言っておいたのだから余計なことはしないはずだ。

ここで、あえて俺から金をふんだくろうとする奴はよっぽど肝が据わっている。

警戒していますという相手に盗みを働こうとする人間はいない。

そもそもが、俺が金額を数えればその時点で、怪しいと白羽の矢が立つのは自分なのだ。

俺が金を数えられないと知っているならばともかくとして、そうでないただの受付嬢はいないはずだ。

そうして、丁寧に金を数え終えた受付嬢。


「10000ルクス頂きました。登録まで時間がかかるので、その間に実力測定を行いましょうか」

「登録と同時にやっていいのか?」

「構いません。時間がかかるのは登録だけなので一度登録さえしてしまえばあとはなんの手間もなく推し進められますので」

「そうか」

「では、よさげな人を連れてくるのでこちらでお待ち下さい」

「3分間待ってやる」


適当にネタを使いつつホールに相手を見つくろいに行く受付嬢。

俺としてはどのくらいの手合いが来るのかに興味がある。

ステータスを見れば城の騎士よりつよい俺がどれくらいやれるのか。

ここで俺は自身のレベル、騎士のレベル、ギルドのレベルの情報を手に入れられる。


「おい」

「なんですか?」

「城の騎士ならどのレベルまで倒せる?」


仮に強くても弱くてもステータスが騎士と同等程度の俺がどれほど通用するかは確かめないといけない。

それに、予想でしかないがステータスと関係の無い技術面も戦闘に係わる。

以上のことを踏まえたうえで俺は問いた。


「ここの城の騎士なら……おそらくですが隊長格でぎりぎり武士ってところです」

「隊長格で?」

「ええ。正直なところギルドの戦士と騎士じゃ雲泥くらい質に差がありますよ」

「隊長格っていうとステータスはどれほどなのかわかるか?」

「こっちも推測ですけど、平均より10から20は数値が高いはずですよ」

「武士でも兵士と差が大きいな。ギルドで言えば、話しにならないレベルの弱さなんだろ?」


質に差があるというくらいなので、どれほどの物かと思ったがステータスはそれほどまでではないようだ。

となると、ステータスのほかに技術面が全面的に重要になるのは間違ってはなさそうだ。


「言っておきますが、武士より上は本当に卓越した人間しか到達しえないんですからね?大名から先は武士が百人単位でまとまらないと勝てないような…いえ、たとえ百人単位で囲んでも勝てないかもしれないような人がゴロゴロいます」

「あぁ?」

「言われたでしょう。そこが区切りだと」

「………一区切付いただけでなのか?」

「一区切りついただけで、ですよ」


本物と偽物という区分を甘く見ていた。

百人単位は言いすぎと、絶対に勝てないだろうと、小並感あふるようなことを言うことは憚られた。

ハクのどこにもそれを否定させるような様子が見えない。

俺はセキを見やる。

でも、こちらもこちらでまるで実体験で知っているかのようにして笑っている。


「一つ聞いていい?」

「構わん」

「兄ちゃんは、数少ない本物まで辿りつけると思っているの?」


感情の抜けたかのような声色に思わずゾッとした。

アホみたいなほんわかした雰囲気は身を潜め、まるで別の人物と錯覚しそうだ。

今ここで間違えれば、俺はここで終わると、そう思わせてきた。


「間抜け。本物になれるかどうかなんて知らん。俺だぞ?才能とう面で俺は負けたことがない。なら、怯える必要などない。俺が先を不安がることなんてありえない。まぁ、万が一俺が区切りという壁を乗り越えられないというならば」

「ならば?」

「越えられないなら壊せばいい。どこまでまっすぐにぶち抜く。それが俺だ」


しかしながら

それゆえに

だからこそ

不敵に、傲慢に、純粋に、絶対に、俺が控えることはない。


「はははっ……。やっぱにいちゃん面白いね」

「黙ってろガキ」

「やっぱ、ひどっ!?」


雰囲気が緩和されアホなセキに戻った。

その一連の流れを、ハクは無言で静観していた。


「戦えるんですか?」

「さぁな。故郷ではそれなりの実力はあったと自負しているが、ここで通用するかはやってみてから、といったところだ」

「あれ?意外と弱気なんですね。てっきり身の程知らずのままに突っ込んでやられるかと」

「自分を誇るだけの馬鹿になる気はない。自分がどの程度なのかを把握し終えるまえから馬鹿みたいにはしゃいだりはしない」

「…………」


本物、偽物談義をしていてもなんの実にもならないので打ち切る。


「さて、余っている時間で禁書でも読んでいたいものだが……」


人目につくことをなるべく避けたいため、この場で読むにはいささか人が来やすすぎる。


「まったく…いやになるな」


本来なら禁書を読むのは昨日の夜だったはずなのに、イレギュラーのせいでその時間が奪われてしまった。

残念だ。

あぁ、残念だ。

俺は深く憤慨する。


「受付はまだこないのか?」


数分も経ってないのだが俺はもう我慢ならない。

さっさと登録して、依頼などを確認して、禁書を読みたい。

そして、双子から聞くことだけ聞いておさらばしたい。

昨日のことを思い出せばいつでもいらいら出来る自身があるぞ。


「無償で相手をしてくれる相手を探してるんですから時間がかかっても仕方ないと思いますよ」

「なら、金を払えばいいだろう」

「新人のためにそんなお金いちいち使ってられませんよ」

「新人をあまりなめないほうがいいがな。いつだって次世代を担うのは新しき人材だ」

「だとしても、全員がそれをしてくれるわけではないじゃないですか。未来を造るのは新しい人々、でも、新しい芽が全て開花するとは限りませんよ」

「開花させる方法を見つければいい。そのくらいできてこその優秀だ。能力があると誇るなら、力を持つと誇示するなら、やってもらいたいものだ」


などと話していると、受付嬢が戻ってきた。

その背後には背丈のある金髪で褐色な色男がいた。

大剣を担ぎいかにも脳筋だ。


「そいつか?」

「えぇ、運がよかったです。本来は武士くらいの人に頼むんですが、今回はなんとたまたま暇だった大名のマルドさんがいて快く引き受けてくれたので」

「そうか。ならとっとと終わらせよう。宜しく頼む」


礼儀として一声。

そして、握手を求めるように手を差し出す。


「うん。僕としても期待の新人の相手が出来て良かったよ」

「期待だと?」

「その二人が連れてきたんだから、期待してもいいよねってことさ」


握手に応じて、そう言われる。

どうでもいいのだが、ハクがちょっと赤くなっている。


「この二人が…か」


真っ赤なハクとやれやれといった風なセキ。

それを受付嬢はほほえましそうに眺めている。

完全にほの字だ。


「受付さん。使う場所は裏の施設でいいんだよね?」

「はい。でも、今あそこには武器が置いてないので他の所から盗ってこないといけないです」

「ん~…。じゃぁ、真剣使っちゃおうか?」

「ちょっ!?さすがにそれは…」


ニコニコと人あたりのよさそうな顔。

あまり得意な性格ではないが、少なくとも嫌いなタイプではない。

裏も表も変わらないといった印象が俺にとって受け入れやすいのかもしれない。


「構わない。今は、殺しは無いんだろう?」

「今は、殺しは絶対にないと約束するよ」

「なら問題はない。さっさと終わらせるぞ。案内しろ」


マルドに催促する。

相手としても手早くしてしまいたいらしくやや早歩きで訓練場らしき施設に通された。

規模としてはそれほど大きなものではないのだが、木剣の練習用の人形や弓の的などがあり、単なる訓練には不自由ないだろう物はある。

これらすべてギルドの私物なのだろうかと、資金力はほどほどにあると見える。

それに、施設がこれだけではないような発言もあったことだ。

これ以上の規模の施設もあるはず。

ギルドには思ったより金があったようだ。


訓練場の中心では俺とマルドが向かい合っている。

ここにやってきて早速かと、気が早すぎにも思えるがこういうのは手早いほうがいいのだ。


(剣道でどれくらい戦えるかだな。現代の武術は、どれもこれも殺し合いに向いてない。殺すための剣を持つ相手に通用するかどうか)


相手を殺すための技術、相手を倒すための技術、相手に当てるための技術は根本にある基礎がまったくもって異なると俺は思っている。

なので、殺す技術を持つ相手に剣道の動きをしているようではいけない。

ルールなどない戦いで剣道のように剣で打ち合い隙を突くなんて魔の抜けたことしない。

今から俺がするべきなのは、体術も剣術も駆使した勝利のための戦いだ。

試合であって試合じゃないと自身に言い聞かせるべきだ。


「最初に殺すのは無しって決めておくよ。致命傷になりそうな一撃は必ず守止めにするか、わざと外すこと」

「勝利条件は?」

「降参するか、試合続行不可能になるかでいいんじゃない?」

「了承した」

「あと、魔法も使えるならバンバン使っていいよ」

「いや、無しでいい」

「魔法を覚えてないからってわけではないと判断していいのかな?」

「ご想像におまかせする」


どちらにしても魔法は使えないので、あちらが使えるのだとしたら最初からルールで使用禁止縛りにしてしまったほうがいい。

遠距離から近づくことも許されずに一方的に敗北することはなくなるはずだ。


「始めようか」

「いつでもいい」

「うん。……それじゃぁ、始めるにあたって一言」

「………っ!」

「がんばってね?」


宿屋でのことがあったので、要警戒していたおかげで助かった。

もしも、今、気を抜いていたままであり、反応が遅れていたら勝敗は決していた。

もちろん俺の敗北で。


マルドは何をどうしたらそんなことになるのか、大剣を、もはや巨剣とでも呼んでいいようなでかぶつをまるでナイフでも振り回すかのように軽く扱う。

作戦と言うほど大したものではなかったが、それがパーになる。

大きな得物はそれだけ振りが大きくなり、扱いづらくなるので隙が生まれやすい。

そこに付け込もうとしていたのだ。


「…くっ!」

「耐えられたか……。終わると思ったんだけどな」


受けてられないので、逸らしたりかわしたりして攻撃を捌く。

不安がることはないのだ。

マルドの攻撃は威力があり重いし、速度があり速いが単純な速度では昨夜のローブのほうが勝っている。


あれと比べれば、そんな対象が一つあってくれるだけでも人間変わるものだ。

俺にもそれがあるおかげで今はどうにかなっている。

それも時間の問題なのだが。


「うまいね。でも、きれいすぎかな?」


手がしびれてきている。

すでに息が切れている。

剣で剣を受けるたびにスタミナをごっそり持っていかれてしまうのだ。

俺が対処しきれなくなるようになるのを見越してマルドも蓮撃の手を止めない。

これでまだ10秒ほども経っていないとはおそれいる。


「はぁ…はぁ…!?」

「これは対処しきれないでしょ?」


息切れと驚愕が混じったように声が出た。

マルドは、剣を両手で振っていたのをやめて、片手で振りまわし始めたのだ。

これで、剣速が落ちてくれるならいいのだが、マルドはどういう理屈なのか逆に不利が早くなる。

そして、片腕が空くというのがどういうことなのか、それが分からない人間はここにはいないだろう。


「ぐっ……!」

「これも耐えるんだ。…ステータスが高いのかな?」


みぞ内に重い一撃が入った。

肺の中の空気が強制的に外へ排出され、胃の中の物が逆流しかける。

拳は剣を振った直後の俺の隙を狙い撃たれた。

マルドは決して力を籠められるようななかったのにこれほどの威力を発揮させるのかと俺は嫌になった。


ここまで、マルドの攻撃は行われているが、俺の攻撃回数は0。

何一つ手番が回ってこずに防御と海部に専念するだけ。

まずい。

俺は歯ぎしりをした。


「強いな…」

「これでも、黄だから。でも、新人で多分真剣を使ったことない状態で、さらにそんな戦いに向かない型でよくやるよ。君も」

「素直に褒め言葉として受け取ろう」


嫌味には聞こえなかったのは本心である。

皮肉のない単なる称賛に聞こえた。


「これなら、赤くらいなら確定だね。どうする?赤からスタートっていうのは相当に幸先のいいスタートなんだけど、降参しないかい?」

「アホ抜かすな。やるからには徹頭徹尾やりきってやる。お前の鼻っ柱折たくなってきたところだ」

「はははっ。……君は今後が楽しみだし、反射もいい。でも、今のままじゃこれ以上は無意味に終わるよ?」


暗に赤までならまだしも黄には及ばないと告げられた。


きっと、目の前の強者の言葉は正しい。

きっと、強者の観察眼はミスを生まない。

きっと、強者の前では、俺は弱者なのだ。


「だからこそ、俺は終りまで続けよう。ほんの数分。十分にも満たない戦闘は、俺の敗北にて飾られる。だが、それでもいい。――ちょっと楽しくなってきた」

「へぇ…面白い思考回路してるね」

「そうか?…いや、そうかもな」


ふと、名前を名乗ってなかったと思い至る。

マルドの名前は受付嬢から聞いたので知っているが俺は名を教えてない。

それに、受付嬢から聞いたと言っても、紹介されたのではない。

話のながれで名を言ったのみだ。


「畔上キラだ」

「…?」

「俺の名だ」

「リュンヌって聞いてたんだけど?」

「偽名だ。ばらすなよ?」

「なんで、名乗ったの?」

「さてな、なんとなくだ。なんとなくお前に名乗っておきたいという気持ちになった。気分やだからな。気まぐれでそんなことをする日もある」

「君の名は誰にも言わない。僕の胸の内にだけに押しとどめると誓おう」

「そうしてくれ」


居合いの構え。

鞘無しの状態にて、納刀しているかのようにして構える。

居合いは一応やったことがある。

剣道の延長線上にこういうのがあると聞き興味を持って、一時期練習した。

藁人形を用意し、一刀両断がきれいに決まるまで繰り返した。


「実は名乗ったのは、時間稼ぎのためだったりするのかい?」

「だったら?」

「面白いね」

「そうか」


反応がいちいち予想外のマルド。

肩透かしを食らったかのようだ。


「行くぞ」

「いいよ」


きっと、見ている者もマルドも、たった一瞬の出来事として今の戦いを記憶に残す。

当り前だろう。

実力差がありすぎて、はたから見れば、それどころか自身ですら戦闘と呼んでいいのかわからないような戦いだったのだから。

強者がただ勝つだけの見世物。実力の無い相手とのどうでもいい時間だ。

だが、実力がない方としてはどうだ?

戦いにはどのような意味が生まれるのか。

経験となり力となる。

まるで、一瞬を何コマにも引き延ばしたかのような錯覚を受ける。


マルドはいつも通りの時間で俺を見ているだろう。

だが、俺はそうじゃない。

一秒を長く感じてしまう。

一人だけ、経った一人だけにのみ、ただ長く思われた時間はある一瞬を境にして唐突に幕を切った。

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