表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

6番

城を去り、外の林を抜けた先は大きな坂になっていた。

丘の上に立てられていた城だったのか。


(それにしても…)


なんと綺麗なのだろう。

俺は心の中でそうつぶやく。

城下町が一望できるこの丘の上。

日は落ちかけていて夕日が街をきらびやかに映す。

だが、どうしたことか人は見当たらない。

まるで、城のあの通路のようだ。


「これからどうするんだ?」

「宿に向かいましょう。…本来なら城を出たら何もせず街を突っ切り違う村へ移動するつもりだったんですけど」


なるほど。

大賢者が余計な追手を用意しないよう手を打つと言ったのを俺が信じた以上それを前提においておくと。


「よし、今日は宿で休息を取り、明日から行動を始める」

「じゃぁ、早速宿屋まで行こう!久々だからきっとおばちゃん驚くよ!」


そう言うや否や走り出すセキ。

止める間もなく背中は小さくなっていく。

どうやったらそれだけの速度で坂を危なげなく下れるんだとその脚力が俺は気になった。


「走らない!!」


と、注意を促しつつハクも走りセキを追いかけていく。

俺は、走りたくなかったので歩いてゆっくり追尾する。

もちろん、速度差からどんどん引き離されていくのだが、時折ハクがこちらの位置を把握しようと振り向いている。

道がわからず俺がどこにでも行ってしまわないための措置か。

セキは我関せずとずんずん進んで行っているが。


「あいつには後でげんこつでも喰らわせるか」


人の少なさだけは気がかりだったが、俺は敢えて考えることをしなかった。

きっとどこかの誰かが何か手をまわした結果なのだろう。

そう、簡潔に結論だけ付けてはおいたのだが。




ゴスッ


「ふぎゃっ!?」


鈍い音と間抜けな声が聞こえたのはほぼ同時だった。

有言実行、俺はセキにげんこつをお見舞いしたのだ。

殴られたところをおさえうずくまるセキ。

あれだけ俺をよく思ってなかったハクだ。

きっと、今の行動で俺に御立腹だろうと様子をうかがう。

まぁ、予想に反して今の俺のげんこつについては満足していたみたいだったが。

なにしろげんこつした俺に、今にでもグッジョブと親指を立ててきそうなほど顔がほころんでいたから。

いつも迷惑をかけてくるセキがしっかり叱られたことでなんだか嬉しくなったのか。

それだと、セキはいつもどれだけヤンチャしているんだと呆れそうだ。


「なにすんだよ!!」

「お前が走るのが悪い。それに俺はげんこつをしようと言っていた。嫌ならよければよかっただろう」

「聞いてないよ!?」

「聞かなかったのはお前だ。聞いてないお前が悪い」

「走ってたんだから聞こえないよ!!」

「……走ってたお前が悪い」

「姉ちゃん……」


縋るようにハクに泣きつくセキ。

だが、


「今回はセキが悪い」

「そ、そんなぁ……」


バッサリと切り捨てられて悲壮感MAXであった。


「でも、兄ちゃんの言ってることは傍若無人ってやつだよ……」

「どこがだ」

「全部だよ…」

「馬鹿が。俺の言っていることをよく理解してみたか?」

「理解?」


まったく。これだから馬鹿は…。


「げんこつをすると言った。だが、お前は聞いていなかった」

「うん」

「では、どうすれば俺の一言を聞くことが出来たのかだ」

「それは、走りださなかったら?」

「あぁ、お前が走ったりさえしなければ俺の言葉も聞こえただろうな」

「……」

「なら、俺の言葉の真意は」

「真意は?」

「最初から走るなと言うことだ」


おでこにちょっと強めにデコピンした。

いたーいとうだうだ言い、また似たような口論をおっぱじめようというところでその会話は打ち切られる。


「おやおや、外が騒がしいと思えば久しぶりだねぇ」

「あ、お久しぶりです」


建物から顔を見せたいかにもといった見た目の中年の女性。

黙って、白い目で傍観に撤していたハクがすぐさまに会釈してそれに受け答え。

それに、慌てたようにセキも続いた。


実はここ。

宿屋の真ん前だ。


走り出したセキを追いかけるハクを追いかけながら歩く俺。

そうして、ハクは俺がついてきているのを確認しながら進む。

その状況が10分くらいしたのちにセキもハクも一つの建物の前で止まった。

二人とも俺が追い付くまで宿の中に入るのを待っていた。

まぁ、少しくらいは早足になってもよかったかもしれないが、なんだかこの二人のためにわざわざ速く歩くのも癪なのでゆっくり町並みを楽しんだ。

そして、合流して最初に戻る。


「今まで何してたんだい?……まぁ、聞かない方がいいのかね」

「はい。できればそうしてください」

「わかったよ。……それにしてもまぁ、二人ともちっとも変ってないねぇ」

「おばちゃんも」

「ところで、そっちの子は見たことないけど新しい友達かい?」


雑談が始り宿の中に入るのが遅れそうなので文句を言おうとしたらおばちゃんの興味は急に俺にきた。


「友達ではないな。ただの協力関係だ。……まぁ、それも明日明後日で解消されるがな」

「そうかい?それは残念だねぇ」

「残念?」

「そうだよ。いい子そうだし、二人と歳も近そうだからね」

「は?歳が近そうだと?お前の目は腐ってるのではないか?俺がそんな年齢に見えるのか」

「見えるも何も多分14、5歳くらいだろ?」

「は?きちんと見えているじゃないか。何を思って近そうだ…なん…て…」


そこでハッと気がついた。


「…………おい」

「なに?」

「お前ら、一体幾つだ?」

「ん~っとたしか13だったかな?」

「……………」


ここが異世界だったと。


「あぁ、この子らがもっと小さいと思ってたのかい。子供っぽいというか幼い外見だからそれはしょうがないと思うけどねぇ」


暖かな笑みを浮かべながらほほに手を当てるおばちゃん。

その動作はあまりに似合い、板についている。


(異世界ではこの年齢だとここまでチビなのかと思ったがそういうわけではなさそうか)


子供っぽいとか幼い外見とか言っているので別にこの世界のこの年頃はこの大きさなんてことではなさそうだ。

単にこの二人が特異で小さいだけ。

というか騙されていたな。

ハクはともかく、セキは中身も子供っぽい。

俺が幼いと判断してたのに何一つ違和感を発生させなかったのは間違いなくこいつのせいである。

この二人がそろって大人びた態度で大人びた口調であったら俺も疑問を持ち。

見た目と中身の差から年齢が外見を超越しているという仮設くらいは立ててた。

ところがセキとハクのコンビだと、弟が圧倒的に駄目だと姉は反動で落ち着いてしまうのだろうなとそこで完結してしまう。


「まぁ、こいつらの年齢は一先ずいいとして、宿を取りたい。部屋はあいてるのか?」


俺は年齢の話から離れて、ここに来た目的を優先した。


「あいてるよ。泊ってくれる人も少ないからねぇ」

「…?城下町なんだろう、人なら溢れているはずではないか?売り込めば寄ってきそうではないか?」


宿の外観は綺麗だし、このおばちゃんは相当社交的だ。

張り紙なんかも張り出され、綺麗な絵が描かれている。

さすがは異世界というか、印刷なんてものはないので絵具で絵描きが描いているみたいだ。

張り紙はいい出来栄えで、人の掻き込みもしてそうだ。

張り紙の真ん中に目立つようにあるキャッチフレーズも”美人ばかりで最高の宿屋”と人が寄ってきそうな――


(……………)


もしかしてこれが原因か?


美人が揃ってると言われ入ったらこのおばちゃんがお出迎え。

状況しだいだと軽くトラウマになるな。


「ここいらだと境界からも遠いから魔物も少ないし弱いし、さらには石壁で囲まれているからね。ギルドならよそに行けばもっと稼げるから人はいないし、商売人連中は自分の家を持ってたり、組合だと専用の宿谷があったりするもんなんだよ?」

「キャッチフレーズのせいではないのか……」

「ん?何か言ったかい?」

「いや、なんでもない。つまり、この街では宿屋は儲かりにくいということだろう?」

「まぁ、それであっているよ。まぁ、うちは風呂があるからそっちでそこそこ稼がせてもらってるけどねぇ」


風呂があるから。

そういえば、この世界の生活基準を正確に計れていなかった。

どこの家庭にでも風呂があるような世界ではなかったか。

それはちょこっと痛手だな。

俺も立派な日本男子だ。

風呂に毎日入れないとなるとさすがにつらいぞ。


「ま、なにはともあれうちの宿へようこそ。一泊二食付で1000ルクス。食事のおかわりは二回まで無料で宿泊客は風呂がタダだよ。泊ってくかい?」

「あぁ、そうさせてもらおう」

「じゃぁ、料金は前払いね。中に入っておくれ」


ルクスとは一瞬なにかわからなかったのだが、話の流れ的に考えて通貨の単位であるはずだと考えた。

一体どれくらいの価値なのか不明でこれが高いのか安いのかも不明。

だが、このおばちゃんは二人の知り合いのようであるし、その二人と共に泊りに来ている俺からぼったりはしないはず。

だから俺は宿に入る。

入口は扉ではなく暖簾。

宿に入ったような感じがない。

夜に銭湯に訪れたような気持ちにさせられる。

俺の中でのイメージが暖簾=銭湯となっているからだろう。


「あ、兄ちゃんお金ないでしょ?こっちで払うよ!」

「……?お前は馬鹿か?あぁ、すまない。馬鹿だったな」

「ひどっ!?容赦ない!!ていうかなんで罵倒されなきゃいけないんだよ!!」

「ふん。俺がそんなにアホなわけがないだろ?」


俺はローブのふところから見事な宝石の装飾のされた指輪を取り出す。

ちょっと、拝借してきた宝物庫にあった宝の一つだ。

ポーチからは金色の腕輪を引っ張り出した。

ついでに、ズボンのポッケからは真珠のような何かで造られたネックレスを、逆のポッケにはそれと色違いのネックレスが入ってる。

それと、絵本と禁書は揃えて腰付近の本隠しておけるように作ったポッケに収納されてる。

もとは、よくある魔道書紛いをここに入れていたのだが、こんな形で役に立つとは。


あの宝物庫は、使われていないあぶれた物を格納していたが、それでも一国の城の宝物庫だ。

中に納められているなら、使われているらしい宝物庫と比べたらランクは落ちるかもしれないとしても、大きな価値のあるものに違いない。

この指輪も腕輪もネックレスも俺には何で作られているのかさっぱりだが、見た目はよい。

これで、この世界の価値観が俺と大きくかけ離れてしまっていたら眼もあてられないが、そんなことはないと信じたい。

最低でもきっと一泊くらいなら許されるほどの金額になるはず。

まぁ、ならないと困るので早速確認する。


「支払はこれでもいいか?」

「うん、ちょっと見せておくれ」

「受け取れ」


手渡しで指輪をおばちゃんに渡した。

おばちゃんはジィッと指輪を観察したのち、何か大きな箱を取り出した。

箱はとても頑丈そうで開けがある。

そして、ここにもクリスタル。


(もしかして、金庫か?)


クリスタルが鍵の変わりにるような世界だ。

これがこの世界の金庫でも驚きはない。


おばちゃんは、その金庫から見たことのないような光の球を取り出し横に控えていた袋にどんどん詰めていく。

光の球はかなり大量に袋に詰められてもうはちきれんばかりに袋をパンパンにふくらましていた。

下手をすると、これがお金なのかもしれない。

この様子だと、この小さな光の球一つが1ルクスとか言うのだろうか。

なんと不便。

異世界なら銅貨、銀貨、金貨で、それぞれアップグレードされるたびに100倍の価値があるのが天プレだろうが。

激しく悲痛な叫びを心の中だけで上げる俺は、不便な生活を送っているこの世界の人間。

ハクトセキに、同情の念を送ろうと、顔を見た。


「「―――っ!?」」


強張った顔でおばちゃんの袋詰めする姿を凝視していた。

なぜだろう。


「あんた、これどこで手に入れたんだい?」


袋詰めを終了させておばちゃんは俺に問いかけた。

だが、当然城内から逃げるときに拝借してきたと正直に言うわけにはいかない。

なので


「俺にはそれを語る義務はない」


と言っておく。


「ふ~む…。確かにそうなんだけどねぇ……」

「そんなことはどうでもいいだろう。泊れるのか泊れないのかが知りたい。もし足りないなら他に――」

「まだあるのかい!?」

「ん?どうした、声を荒げて」


ドシャリ


俺達とおばちゃんを仕切るカウンタ―の上にそんな重厚な音を立てて袋が置かれる。

その口は縄で縛られていて中身がもれないようにしてあった。

この世界の財布はこれなのかも。


「100万ルクスだよ」

「あ?」

「そこに100万ルクスある」

「は?100万ルクス?」


宿に泊まるのに一泊1000ルクス。

つまり、100倍の金額が今目の前に置かれている。


「………なんだと!?」

「なんだいその反応。この指輪あんたのだろう。価値を知らなかったのかい?」

「……………」


いや、知らなかったも何も知っているわけがないだろう。

俺はこの世界に来たばかりで相場なんて知らない。

正直100万ルクスと言われても比較対象がなかったらそうなのかとしか思わなかったに違いない。

だが、一泊が1000で済むと言うのにその100倍。

金銭感覚がマヒしてしまいそうだ。


(だいたい、この金が即金で用意できるこいつは何者だ!?)


いろいろと規格外のおばちゃんみたいだ。


「はぁ……。呆れたね。こんなものを売っておいて価値も知らないなんて。あたしじゃなかったら安値で扱われて、あんたとんだカモになっていたよ?」

「そのようだな」

「ま、この運は取っとくといいさ。おいで、部屋に案内するよ」

「あぁ」


金を落さないようにしっかりとホールドして俺は本日泊る部屋へと向かう。

それにしても、人が少なくてよかった。

もしもここが人気のある宿屋で人であふれていたら、アホが俺に絡んできただろうからな。

そして、金を寄こせば余計な怪我をせずに済むぜ。と言うのだ。

異世界のテンプレ行事なので、起こってほしい気がしてしまうのだが、今やられると面倒だ。

たぶん、よくある無双はまだできない。

だから、戦闘になるような荒事は、自分の実力がいかほどかを知るまでは我慢だ。


(それでも、耐えられずに手が出ることはあるかもしれないがな…)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ