5番
新しいホルスターの構想を練らなければいけないと使命感に駆られながら少女の話を聞く。
「この手錠でいいだろう。次は?」
「対象に意識を向け、手に魔力を纏わせて魔法の名を言えば完了です」
「……拍子抜けだな。意外と簡単だったのか」
「…もしかして、魔力を扱えるようになるまで時間がかからなかった人ですか?」
「含みのあるいいかただな」
「その回答は肯定ってことでいいんですよね」
「…正解だ。俺は類をみないほどに短時間で魔力を扱えるようになったそうだ」
「やっぱりそうですか」
少女は俺の姿を視界から離し、別の物を視界に入れた。
暇だ暇だと会話に混じれずに放置されていた少年だ。
駄々っ子のようなその振る舞いに小さく笑みを見せ記憶を掘り起こすように言った。
「私も大した苦労もなく魔力を使えるようになった内の一人です。でも、セキは魔力を使えるようになるまでに多くの時間を容いました」
「だからなんだ?」
「私と比較されていたんですよ。ずっと」
「………」
「姉は優秀なのに、すこしは姉を見習ったら、もっと努力をしろ、なんて言葉ばかり投げ掛けられて泣きそうになりながらも練習してました」
少女の表情は暗い。
昔のことを悔いて、気にして、そんな表情だ。
明るく天心満欄という4文字がぴったりの少年は苦笑いで少女に寄り添った。
気にしてないから、昔のことだし、だと。
「一般よりも魔力の操作が苦手なセキは同年代くらいの子が魔力を使えるようになった1年後程あとにやっと魔力の操作を習得しました。ですが、セキは魔力が少なく魔法という点において劣っていました。わかりますか?エンハンスの魔法を簡単な魔法だと言いますが、魔力を扱えるようになるまでに時間が必要な人にとってはとても難しいものなんです。簡単だとか楽だとかあまり言ってほしくないです」
「……そうか。で?」
「で?って……」
「その話が俺になんの関係があるんだ。同情ろと?慰めてくれと?ハッ寝言は寝て言うんだな。教えてもらった方法でできないなら他のやり方を探せばいい。うまくいかないなら自分に合う手順を探ればいい。そんなこともしないでただただ足元見てるような奴に何かが成せるわけがない。甘えるなよガキが」
キッと鋭く射抜くような視線を浴びせてくる少女。
だが、俺はたいしてなんとも思わない。
そもそもこの少女の持っているのは兄弟への罪悪感だけだ。
俺にそんなものを押しつけるんじゃないというのが俺の意見。
少年は目が点になってこそいるのだが、しっかりと自身の過去を、間違ってたのは周りだけじゃないと悟っている。
これは少女のくだらないエゴイズム。
俺はそんなものに付き合ってやるような偽善者じゃない。
「エンハンス・ダーク」
もうどうでもいいと、意識を魔法に集中する。
手錠に付与させるため習ったプロセスをそのままの手順で踏む。
意識を向け、魔力を纏い、名を口ずさむ。
ゴソッと体からなにかが抜けるような感覚に襲われた。
魔力に酔ったときとはまた違った気持ち悪さがある。
「MPを消費したからか…」
ならば魔法は成功したはず。
付与したのは闇魔法だ。
どんなことになっているのか。
見た目に変化は現れているのか、それとも見た目に変化はなく性能だけが変化しているのか。
答えは前者だった。
ちょっと汚いが銀色を保っていたはずの手錠は見事にその光沢を失っており漆黒に染まっている。
俺の魔力とよく似た色だ。
「あなた魔族なのですか!?」
「はぁ?」
とち狂ったか。
敵意と警戒と苛立と後悔と恐怖と恐慌と、いろんな感情を織り込んだように足を震わせている。
いきなりだった。
魔法に成功したかというところで少女はこうなった。
これが示すのは、魔法をここで使ったのは失敗だったということだけ。
(闇魔法はやっぱし見せないようにしたほうがよかったか。……闇魔法、あっち側の魔法ってわけだな)
確証を得たり。
俺の魔法の立ち位置をしかと把握するにいたった。
――――始末するか?
(―――――っ!?)
口元を覆う。
目が見開かれている。
嫌な汗が流れる。
のどが渇く。
音が耳に入らない。
鼓動が速くなる。
視界が揺れる。
肌がピリつく。
呼吸が荒い。
体が重い。
時の流れが遅い。
(―――――――――――――――――――――――――ダメだ。この思考はダメだ。)
しまつする。
単純明確な、他人を害することになる行動。
なんのためらいもなく、躊躇を脳が判断することもなく、ごく自然に、さもありなんといった具合にしまつしようと。
俺の生きる道を保護したいがためにほかの道をつぶしておこうとした。
(これが……二つ名の影響…なのか?)
魔王のような感情。
残任で残酷で残虐な魔王に針が振れたことで起こる精神の誘導。
俺の心が情報のために切り捨てろと喚く。
それをふざけるなと一蹴する。
振り切った針を無理やりにでも戻すような作業。
イメージはそんな風だ。
俺は二つ名なんて不明瞭な何かに意識が引っ張られるなんてごめんだ。
俺は俺であり、俺以外でなく、俺として、自己完結してなければいけない。
そこに他の概念など介入してはならない。
俺は俺の身にしか従ってはいけない。
ゆっくりと二つ名からの影響が切り離されていく気がした。
「落ち着いたか……」
「落ち着いてなんかない!おかしなことを言ってないでください!」
「……………」
誰もお前なんかに言ってませんとポロっと出そうになったが耐える。
あまり、激巧させるのは得策ではないので黙る。
余計な事をしゃべってしまわないように完全に口を閉ざす。
まだ、二人にはやってもらいたいことがある。
せめて、それまでは。
「ねぇ、姉ちゃん。大丈夫じゃないかな?」
言葉がなくなった牢獄。
ぶつかりあう視線の均衡を破ったのは第三者の声。
うなだれてふてくされかけてた少年。
彼が間に割り込んだために。
「大丈夫って、大丈夫なわけない!あれはどう見ても闇魔法。魔族って自ら正体を明かしたんだから!」
「それがおかしいんだよ。攻撃の意思があったり騙そうとしてたなら、今みたいに闇魔法を使ったりなんてばれるにきまってる真似しないよ」
「証拠にはならないでしょ。なにより、そう思わせようと裏をついて騙そうとしてるかもしれない!」
断固として俺が魔族だって言ってきかない少女。
今にも暴れ出しそうに臨戦態勢を取っているが兄弟にしっかりホールドされている。
ストッパーは少年だったようだ。
…これは場合によりけりなのか。
「はぁ、めちゃくちゃ言ってるよ……」
「助けられたくないなら俺はこのまま去るぞ」
「ほら、馬鹿なこと言ってるからこんなこと言いだしたじゃないか!」
「だって!」
ゴツンと一発。
音はもっとえぐく子供が子供の頭を殴る時に聞こえるものではないがまさにそんな感じだった。
殴られた頭を半泣きになってさすりながら少年をにらんだ。
しかし、少年はすでに少女を視界にとらえてない。
「俺たちをここから出してほしいんだ。お願いしていい?」
「……契約、というほど行業しくはないが、条件を守るならな」
「うん。俺は守るよ。姉ちゃんにも絶対守らせるから!」
「鍵は自分で開けろ」
檻の隙間から束になった鍵を放りこんだ。
この牢の鍵がどれかはこいつらに探させるそれを実行した。
足元に転がった鍵を一個一個試していき7個目くらいでやっと二人は解放された。
「ありがと」
「礼ならいらん。そんなことより」
「条件を守れ?」
「わかってるならそれでいい。それ以上は特に望まん。ここから脱出してお前らとさよならしたいんでな」
「あ、城から出てく前に、寄りたいところがあるんだけどいいかな?」
「……まぁいい。俺も行きたいところがあったからな」
「よかった。じゃぁ、俺らの武器を取りに行きたいからついてきて!」
元気よく走り出す少年の襟首を掴んで引きずり戻す。
なんのためらいもなしに走っていこうとするとはなんたる無謀。
そんなに牢獄生活が好きなのならまたぶち込んでしまおうかと合作するほど。
「ガキの遊びじゃない。かけっこのつもりならそこでやってろ」
「ガキって言わないでよ!」
「名前も名乗ってない馬鹿なチビなんてガキという呼称でも上等だろうが」
「教えればいいんだね!名前教えたらちゃんと呼んでくれるんだよね!」
「さぁな」
「微妙な言い方…。ま、いいや。自己紹介ね。俺はセキ、そっちは姉のハク、よろしく!」
「お前は馬鹿か。よろしくしないんだというのをちゃんと理解してるのかガキが」
脱獄させるには今後関わらないという条件を含んでいる。
よろしくなんて今後とも関わる時のセリフだ。
俺と二人の関係では誤っている言葉選びとなっている。
「お前らの武器はどこにある?場所によってはあきらめてもらうが?」
「第三宝物庫だったはずだよ」
「……第三なんだな?」
使われてなく、でも禁書などが置いてあるかもしれず、他にも珍しい掘り出し物があるかもしれない。
掘り出し物はともかくとして、禁書は入手したい。
「ところで、名前名乗ったんだからガキっていうのやめてよ」
「名を名乗ったからといって名で呼ぶとは言ってない。さらに、馬鹿であること、チビであることは変わらない。おまけに、俺はお前らの呼称を改める意思がない」
「騙された!」
「騙してなんかいないぞ。俺は嘘なんて口にしていないからな。勝手な勘違いをしただけにすぎない。早く行くぞ」
斥候は家からの脱出によくやっていたことだ。
ばれることなく外へと逃げ出すのは体に染みついた動作のおかげでなんとでもなろう。
俺はこっちの二人にそんな真似ができそうにないのが不安だった。
馬鹿丸出しとおとなしい系。
ジャンルは正反対だが両方が隠密行動なんかにむいてないのは確か。
だって、隠れることの意味を理解してるか不明な奴とこんなことしたことなさそうな奴だし。
と、いうのは牢屋の外へ出てほんの数十秒で杞憂だと知る。
ぬき足差し脚と無音での動きに相当慣れていたのだ。
死角から死角への移動も滑らかでよどみない。
メイドと執事の行動の予測もそれなりにうまかった。
ここで問題発生と思わしきは兵士が巡回していることだ。
俺の居場所を特定してないので見張りを増やしたか。
広い城内だ。
そこらじゅうにいることはないが、まばらに待機していた。
想像だが、あれは重要な道や外へ繋がる道だけを重視してるのではないか。
そうすれば最低限の出兵ですむのだから。
しかし、ひどく狼狽するかといえばそんなことはない。
うるさくてわんぱくなセキの目は研ぎ澄まされている。
静かで聡明さを持ったハクの目も研ぎ澄まされている。
あれは、幾度となくこういった動きに挑戦していた者の動きだ。
二人がどうしてこんな動きを習得しているのかは置いておく。
武器の置いてあるという所にス二―キングしつつ急ぐ。
目を疑ったのは廊下に飾られている花束を見つけたと思えば、それにたぶん牢屋で入手したであろう石を投げて破壊したこと。
パリンという破壊音に吊られた兵士はそちらへと。
その合間を縫うようにして俺たちは監視のない道をやすやすと通る。
ザル監視。
MGSで音に絶対反応するモブと一緒だ。
先行するセキがハンドサインでハクとやりとりをしている。
見たことないハンドサインだから俺は何を言い合ってるかさっぱりだ。
だが、俺にはわかりやすいようにハンドサインではなくジェスチャーでハクが訳する。
俺のことを警戒しているのにほんとうに律儀。
迷うことなく進む俺達。
これだけ広い城内を迷うことなく。
それはつまりこいつらが城の見取りを把握しきっていることに他ならない。
なんでこんなガキが、とやっぱり厄介事を抱えてるなぁっと目を細める。
踏む込むつもりも取り込まれるつもりもないから何も言わないが。
そうやってしばしの間の隠密作業。
その末に見たことのある通路へとたどり着いた。
場所は人通りのない召喚場所への道だ。
「ここまでくれば大丈夫です」
そっぽを向きながらもハクが言う。
俺もどうどうと通路のど真ん中に位置どる。
左右にはハクとセキ。
俺を間に挟むのはなぜだろうか。
二人で横並びになればいいだろう。
まぁ、そのことは放置するのだが。
人がいなくなろうとも俺たちは静かなまま。
誰も何もしゃべろうとしない。
足音だけが三人分。
不自然に静かすぎるせいで誰一人警戒を解くことをしない。
おかしい。
いくらなんでもこの通路はおかしすぎた。
人がいなかった。
一度通った。
俺がこの通路を逃げ道として有効活用したがると推測するのは簡単。
よっぽどの間抜けでもなければ兵をここにも配置する。
ありえないくらいにだれもいないのは普通じゃなかった。
(……頭が逝ってるんでもない。ならば何を思いここを手薄にする?)
なぜ、なに、どうしてと、いくら考えたところで俺の手持ちには情報が少ない。
せめて、国王や大賢者、大魔導師といった主要人の思考パターンなどが読めたなら助かるが。
あいにくと、あれだけの会合で相手を理解するなんて人間離れした芸当は俺には無理だ。
(はぁ……。いまはこいつらについていけばいいか…)
もう考えるのをやめて、ただついていくことに専念。
疑問をほっぽって肩の力を落す。
無意識に頭の中は理解不能を理解可能しようとしているが、わざわざ意識しようというのはやめる。
なんとか心に余裕を作っておこうとしているからだ。
人間なんて軽い恐怖や恐慌でたやすく思考が乱れてしまう。
あぁだこうだと考えこみ持て余しているとそのうちパンクしてしまい下手なことをして取り返しがつかなくなってしまう。
ホラーゲームをしたことがあるなら経験もあるだろう。
いきなり現れたお化けなどに驚き反応ができず、そのままGAMEOVERAという流れを。
あれだってそれの一種なんだ。
いつも通りの思考はそうあるだけでいろいろな所に影響を及ぼすのだ。
無論、例外があったりはするがそれはごく一部の人間だ。
だいたい、用のある宝物庫まではそれなりに遠い。
俺も王の間へと移動する際に体験した。
結構歩いた。
だから、その間ずっと無駄な事を考えるなんて御免こうむりたかったのだ。
「そろそろ着くな」
「うん」
宝物庫に近づいた。
「…今更だが、お前らはあの扉を開く手段があるのか?」
南京錠よろしくのクリスタルががっちり固めており扉は開かない。
大賢者からそう説明を受けていた。
警備がいらないと放置しているのはそれほどまで強固に千錠されているということにほかならない。
それを突破する手段がないのならばどうしようもない。
「簡単な抜け穴がありますから」
「抜け穴だと?あれだけ堅牢な場所に抜け穴があるとは思えないが。それに、そんなもの絶対にばれるだろう」
「平気ですよ。ほら、ここですよ」
宝物庫までは後少し歩かなければいけない。
だが、止まったここには何もない。
急に何をと、目を細めた。
「よっこいしょっと!」
おっさんくさい掛け声と共にセキがしゃがみ込み床のタイルを一枚はがした。
細めた眼が丸くなってしまった。
単に吃驚したのだ。
タイルといっても大きな城の床。
正方形になった畳といえば伝わるか。
とにかく、一枚がそのくらいの大きさである。
合金製の床や壁。
どう見積っても軽いはずはない。
試しに持ち上げてみるが、やはり重量がある。
それを、容易に剥がし持ち上げるセキの馬鹿力。
子供でも大人顔負けの筋力を誇っているのはきっとステータスの恩恵にほかならない。
そして、俺は剥がされたタイルの下にあった物へと興味が移る。
「これは…なるほど、抜け穴は比喩で使われた言葉じゃなかったか」
セキの剥がしたタイルのました。
そこに、大人一人くらいなら通れそうな穴。
さらに、降りていくための梯子が設置されていた。
抜け穴は抜け穴だった。
「これが宝物庫の中に?」
「はい。続いてますよ。頑張って開けた穴ですから、こんな通路が作成されてるなんていうのはだれも知りません」
「作ったのか?お前が一人で?」
「そうですよ。数ヶ月間コツコツと掘り進めました」
「…そっちは手助けしなかったのか?お前には無理そうだが」
「子供ですし、力もなさそうですからそう見えてもしょうがありませんね」
「もったいぶった言い方だな。実は筋力に自信があったか?」
「そんなことありません。みたとおり私は非力です」
「ほう。だったら――」
他人の手を借りたかもしれないが、ここを知るのはこいつらだけ。
かつ、一人で製作したとまで言った。
ならそれは選択肢から除外してもよい。
日本では嘘八丁とされていたろうが、ここはそうならない。
力がなかったとしても、他の要因が考えられるために。
「魔法か?」
「あってますよ。魔法で開通した通路です」
「……まぁ、疑問はあるがほおっておいてやろう」
「そうしてください」
梯子で降りるのは3mほど。
作られた通路に光を放つクリスタルなどの照明具は設置されておらず暗い。
天井はそれほど高くなく俺の頭がギリギリぶつからなかった。
小柄の体に合わせて開通されたからこれでよいのかもしれないが俺には狭すぎた。
横幅にしても余裕はなく、横に一歩すら踏めない。
いらない作業をなるべく排除しようとした結果か。
それに、宝物庫に忍び込むためだというが、頻繁に侵入する用事もないだろう。
たまに、必要なときのみ忍び込めさえすればよかったからこそのこの狭さ。
と、しっかり納得してもこんなとこ通りたくはない。
それに、掻っ攫ってきた剣がなかなかに邪魔になる。
俺は通路の最後へと進む一列の最後尾で細かなため息を吐いた。
一体今日だけでどのくらいのためいきが出たか。
「つきました」
「ついただと?まだ先があるようだが?」
「一回で目的の真下にこれるほど運がよくありませんでした」
「そうか」
地下を掘ってたが大雑把に掘り進んだせいで正確な位置を掴めず通り過ぎた。
そして、地上に出て間違えたと引き返した。
そんなところだろう。
ハクは暗くてよく見えないが壁を触ったようだ。
そして、探るように壁をなぞる。
探し物は見つかったのか手を止めると今度は魔力を纏いだした。
何がしたいのか不明だったが、魔力が込められた壁の一部によりその疑問は晴れる。
埋め込むようにクリスタルがあった。
魔力によって光を帯びてそれを確認できた。
目視はしにくく壁を伝って先を行っても腰くらいの位置に埋まっているために触れることにはならない。
「用意周到だな」
「城の宝物庫へと侵入するためなんですよ?このくらいしておかないといけないと思います」
「……で、そのクリスタルはなんだ?上に穴があるが登れそうにないぞ。クリスタルがどう関係する?」
「あと数秒です。…ほら」
ガコガコと機械音に似た音がした。
それは真上からであり、ちょっとだけ砂埃が落ちてきた。
音が止むと穴には凸凹と梯子のように突起が生成されていた。
「これがそれの効果か」
「はい。さらに、宝物庫を囲っている結界にこの穴くらいの隙間を作ってくれます」
「明りに扉にクリスタルとはいろいろと便利なようだな」
「あたりまえじゃないですか」
「……まぁいい。さっさとしろ、登れ」
「先に入って下さい」
「は?」
「先に入って下さい」
「……なぜだ?」
「先に入って下さい」
「理由は?」
「先に入って下さい」
「………はぁ、いいだろう」
なぜか『はい』を選択するまで絶対に進みません状態になったハク。
なんとめいわくな。
延々ループして時間を無駄にしたくもないので従っておく。
セキはハクの行動に理解があるのか苦笑いだ。
後でわけを聞いてみるのもいいかもしれない。
梯子を上ったら後続して二人も登ってきた。
狭いので俺としてはストレスがたまらないでもなかったが下の二人にはそういった感情はなさそうだ。
小柄と言うのも時と場合によっては羨ましく思える。
ない物ねだりというものだろうか。
そして、この地下通路へと降りたのと同じ程度の高さまでくると天井に届く。
片手で体を支えなければならず安定はしないが、落ちるとただでは済まない。
なので、堪えるようにして天井をずらした。
「ふぅ…」
地下から上がる。
なるべく、音を立てないようには配慮しつつずらすのは若干手間であった。
「なんともまぁ、期待を裏切ってくれるな」
俺の脳内には金銀財宝が山のように積み重なっているヴィジョンが巣くっていた。
宝物庫というからにはそんな夢を見てしまう。
だが、現実ではアニメのように乱雑に積み重なった宝箱や金塊なんてどこにもない。
あるのは積み重なった本や古臭く錆すらもある武器防具。
重要な物は置いてないという言葉にウソはなかった。
俺は残念な気持ちを覚えさせられた。
セキとハクもしっかり登りきった。
この二人は俺の抱いた期待は持ち合わせてないらしくこの風景をさも当然のように見ていた。
価値観の違いがこんなところにも如実に表れた。
と、くだらない思考をした。
(禁書もここにあると大賢者は言っていた。あれの中から探し出すのは骨が折れそうか…)
山積みになった本類にうんざりとしてしまう。
数え切れないような量があるのだから無理もないか。
せめて、禁書の表紙の色や模様などを知れていたなら探しやすかったのだが…。
俺が禁書を探そうとしたところで双子が動いた。
そこそこ、奥の方へとすたすたと進んでいった。
現在地は扉の近くなのだが、武器などはこの付近にはない。
扉側は本などが置かれて、奥側には武器などが置かれている。
奥は書物とは無関係そうなので、俺が探す範囲は実質扉側のみで済むようになっている。
乱雑そうに見えて案外綺麗になっている。
禁書を迅速に見つけて、武器防具をあさりたいこちらとしてはうれしいようでそうでもないような、そんな気持ちだ。
もっと分かりやすく置いておいてくれればよかったのにという気持ちとごったごたになっている部屋全てを探索しなくてよかったという気持ちの二つがあるから。
「はぁ……。どうせ装備はいるか。先にそちらを済ませよう」
禁書は俺一人では見つけ出せないだろうと俺に合う武器を探すことにした。
「どれを持っていくのがいいか…」
貯蔵されている武器の数も馬鹿にはならず、剣やら斧やら槍やらと多種多様な物が揃っている。
セキとハクが自分の武器を求めて徘徊している横で俺が使えそうな物を見つくろう。
剣道はやったことがあるし、武器を振り回すのは得意だ。
いろいろと、我流で遊んでいたからな。
たくさんもっていけたらここで決定せずにゆっくりと試せたが、と残念に思いつつ数種類に絞り込んだ。
オーソドックスにロングソード。
使ったことはないけどこれなら使えないことはないとレイピア。
こちらもおそらく使える気がするダガ―。
きっと扱えると信じたい大剣。
ざっとこんなものでいいだろう。
剣道をしていたことのある身としては刀を腰に差したかったが置いてなかった。
せめて曲刀があればとあさったがこちらも置かれてはいないようだ。
となれば、順当にいけばもっとも勝手が似ていると思わしきロングソードあたりが無難か。
詳しいわけでもないのでその認識で合ってるのかは微妙だが。
なので、レイピアとダガ―はやはりやめておいた。
候補としては大剣も残っている。
が、こちらもやめておくことにしよう。
あんまり気取った武器を選んで死ぬのも嫌だから。
などと考えること数十秒。
俺はロングソードの類でよさげな物を見つくろうことにした。
(…俺に目利きはできないからな。どうすればよい物を見つけられるか)
一つずつ剣を手にとっていく。
刀身や重さが俺にあった物だけ二三度素振りしてみる。
しかし、これならって剣はない。
もしかしたら、とんでもない技物が混ざってたりとかしたかもしれないが俺にはわからん。
はたして、こんなことで持っていく剣を選定できるのだろうか?
二人の武器探しの様子を確認すると、まだ時間は必要そうだ。
もうちょっと悩んでいるだけの時間はある。
(ん、これは……?)
素振りして試してみた剣の中から一本を抜き取る。
金色の柄に薄みがかった青の刀身。
これくらいなら普通だ。
だが、鍔に当たる部分に宝石がはめ込んであった。
(……クリスタル?)
偶然目に入ったそれだが、どうみてもクリスタルだった。
光を放ち効果を発揮していたクリスタルが剣にはめ込まれていた。
これが意味するのは武器に特殊な能力が仕込まれているということ。
魔力を宿す。
剣を握っていた手から魔力がクリスタルに供給されている。
供給というのは正しい言い方ではなく、もっと正確に表現するなら吸い込まれているだが、これはこういうことなのだろう。
吸い込まれてクリスタルが発光。
魔力は黒いからクリスタルも黒く変色するものと思ったが、光は白かった。
「……これは見栄えがいいな」
効果の程は全く見えてこないが気に入った。
鞘を漁りこの剣にあった品を装着。
背中に帯刀し詰まらずに剣を抜けるか試す。
「しっくりくるな。あとは、禁書か…」
あれだけの本を一個づつみていく作業をすると考えると寒気がする。
図書館に引きこもってるどこぞのキャラクターならともかく、俺にはそんな趣味はないからな。
「目立つようにしておいて欲しかったものだ」
それに、禁書とだけ言っていても、本のタイトルすら不明だ。
まさか、禁書というタイトルなはずはないし、いよいよあきらめの線が濃厚か。
欲しかったが絶対にいるのでもない。
あっても、役に立つと決まってもないので忘れた方がいいのかもしれない。
「兄ちゃん」
「なんだ?」
「俺の武器見つかったよ」
どんなもんだと、背中に担いだ武器を見せびらかしてくるセキ。
俺は普通に驚いてしまった。
この背丈だ、大きくても通常の剣。
もしかしたらダガ―とかかもと思っていたから。
だが、俺の武器というそれは大人が使っても十分な大きさの大槌であったから。
これだけでかければ重さも相当なはず。
背中に携帯するのすらきついはずだが、セキからはまるでこの武器の場所は背中だと言われているかのような何かを感じた。
「振れるのか?」
「任せてよ!」
「……………」
これがEXPマップ、ひいてはステータスの力なのだろうか。
こんなちびっこい子供でもこんな得物を振るうことを可能にしてしまうのか。
よほど補正は意味をなしてくれるみたいだ。
「まぁ、終わったなら少し手を貸せ」
「いいけど、なにするの?」
「…お前は禁書を知っているか?」
「う~ん。俺は知らないや」
「そうか」
「でも、ハクは知っていると思うよ」
「根拠は?」
「なんとなく」
呆れた顔をする俺。
「お前は馬鹿か?」
「え~なんとなくって大事だよ?」
「訂正するお前は馬鹿だ」
「ひどっ!?」
「…とりあえず保留としてあっちが戻ったら改めて聞くとしよう」
ぽんこつと心の中で叱咤した。
「俺は禁書を探す。武器を見つけたらこちらに来るよう言っておけ」
「はーい」
扉付近。
禁書を探すとは言うものの、やはりハクが来ないことには何も始まらない。
何度も繰り返すようだが、俺は禁書のタイトルどころか見た目すら知らない。
手詰まりだ。
詰まれた本の名前をぼんやりとみていく。
適当にその中の一つを読んでみる。
「貴族の作法?こんなところに置いておく意味がないだろうこれは・・・・・・」
作法なんてものは親からでも教師からでも学べる。
こんな本が存在する意味すらない気がするが、自学用か?
まず、それ以前に宝物庫に保管するにはいささか内容がおざなりなことに突っ込むべきだろうか。
もっと、英雄譚や世界記などの書物を保管しておいてもらいたい。
「簡単な魔力操作入門。単純明快な魔力操作」
両手に持った本のタイトルを読み上げる。
こちらは教科書の意味合いがあるのだと存在意義が解せるがやはりここにあるのは間違っている。
他にも、料理本だったり、恋愛のバイブルだったりと宝物庫にしまう必要はない物ばかり。
こんな余計な本があるせいで、俺の目的の禁書が見つからないと思うと腹が立つ。
劇的なまでに見つけやすくなることはないが、それでも見つけやすくはなる。
それに、価値ある本ばかりだったならば、手に取るのが禁書でなかろうが頭の中に入れてもよいというのに。
「せめて、俺の使えない魔法をどうにかする方法が書いてある本でもあるといいんだがな」
今は、魔法と魔力について記述されている本に重点を置く。
「ん?」
たまたま手に取った本のタイトルに目を奪われた。
『失われた種族』というものだ。
表紙には渦巻くように蛇が描かれており中央にクリスタルがはまっている。
そこかしこで使用されているクリスタル。
本に埋め込まれると、どんな効果を発揮すると言うのか。
俺は魔力を込めてみようとする。
魔力はやはり吸い込まれているようで光も白い。
これがディフォルトなのに間違いないな。
しかし、魔力が込められたのに何も起こらない。
剣のクリスタルの効果も分からないが、こちらは戦闘になればわかること。
本は読むためのものであるからして困ったものだ。
ここで何も起こってくれないとなると、一切が謎のままだ。
またあとで、改めて聞けばいいかと時間つぶしに読みだす。
軽い絵本のようになっている。
絵と文字が同一のページに書かれているから絵本として書かれてなくても絵本にしか見えない。
(それにしても絵本とは子供に読ませるためにあるんじゃないのか?)
そんな思考をしたのは絵本の絵に原因があった。
その絵はおぞましいと、そんな表現の方がしっくりくる。
メルヘンチックな絵本以外目にしたことはなかったがこんな本があるのかとページをめくる。
絵本なので子供向けのフィクションかと思いきや、内容はすべてノンフィクション。
実話から創造されていたようだ。
最初のページに能書きとして注意文のごとく書かれていた。
試しに読む。
昔、まだ種が多く存在した時代があった。人間、半獣、魔族、精霊、森人、鉱人などその他多くの種族。
しかし、今はもう4種しか存在しておりません。人間、半獣、魔族、精霊のみが現代にも残ってます。
理由は彼らの犯した大きな罪。種族間大戦争にあります。
全種族、全戦力による総力戦。大地は割れ、空気は汚れ、水は枯れて尚続く戦争。罪とはその戦争そのものを差すのです。
始まりは魔族からとされていて、他種族はそれにあやかるようにして自身達が最も優れていると誇示しようとしていました。
戦いは続く、戦いは続く、戦いは続く。
もう、これ以上戦いたくないと誰かが泣きました。それでも戦いは続きます。
嘆くことにすら疲れ、戦いに身を課すことしか頭になくなったころにそれはやってきました。
なんと、世界を管理するという神が全種族の目前に姿をあらわしたのです。
争いをやめるよう命令した神。だが、当然納得できない種族もいます。
一度の猶予のあと、逆らった種族には天罰”神撃”がくだりました。
世界を砕く一撃はあわれにも逆らった種族すべてを根絶やしにしました。
神の言葉に耳を貸し、素直に従った種族だけが生きることを許されました。
それが、現在生きる者達、我ら4種属なのです。
いつか許された日には昔のように多くの種が栄える世界に戻るのしょうか。
「気持ちのいい作品ではなかったが、面白くはあったな」
パタンと本を閉じる。
元の世界でもこんなことになりかけていた時期があったなとほんわか思う。
世界大戦もこれと同じような事だった。
あの戦争が長引き、幕引きが訪れず、核を打ち合うことになっていればこれと似た惨劇になっていたかもしれない。
もしも大戦が長引き続け全人類が全て死に絶える事態に陥っていたならばこの絵本のように神が現れ世界が変わっていた。
なんてことに繋がっていたのだろうか。
「作者名『アルハザード』か。覚えておくとしよう」
よくもまぁ、こんな本を書こうとしたものだ。
戦争を題材にすると子供には聞かせにくいのに。
それでも、なにぶん、そういう作品は嫌いではないのでこれもなんとなく好んでしまう。
同じような世界観の本を出版しているかもしれない。
こちらも探してみることにしよう。
俺はこの本を置くことなく手に持ったまま他の本の物色をする。
尚、この絵本は俺が貰っていく。
裏表紙には、アルハザード著の違う本の名と思わしき名前が書いてあった。
タイトルでジャンルを識別すると、歴史書や魔法関連のようだ。
興味深そうなのでそちらもぜひに欲しい。
(10分くらいか)
やっとのことで、双子両方の武器を発見したとのことだ。
その間、とことん禁書を探したがなかった。
「遅い」
「ごめんよ。箱の中にあって鍵をあけるのに手間取っちゃったんだ」
「まぁいい。それよりも禁書だ。お前の方は実物を知っているのか?」
杖と聞いていたのだが、ロッドというほうが正しいような得物を持つハク。
そのハクにセキへしたのと同じ質問を問う。
「っ!?……禁書を何に使うつもりですか」
「お前にそれを知らせる義理はないんだが?」
反応からして禁書を知っているのには間違いない。
だが、あまり芳しくない態度だ。
俺の魔法を見た時からだが、どうしても俺を警戒している。
魔族じゃないのは一目見れば明白であるはずなんだが。
「俺に協力。条件。わかってるんだよな?」
「………しばらく待ってて下さい」
椅子を引き出し腰掛ける。
俺がちらかした本の山を漁る姿を見ながらどうにかしてくれるのを待つ。
セキは宝物庫の入り口をジッと見つめていた。
その姿は、そこに向けて敵意を含んでおり、手は武器に伸びていた。
「どうかしたか?」
「ううん。多分気のせいだった」
「そうか」
笑顔全開でそう告げたセキ。
俺はもう一度絵本を読む。
さほど長くもないためハクがどうこうする間に数回は読める。
「それなに?」
「なんでもいいだろう」
「気になるじゃん!教えてよ」
「チッ…。ただの絵本だ。そこで拾った」
「ふ~ん。どんな話なの?」
「要約すると昔はたくさんの種族がいたが今では4種しかいなくなってしまった。それについての簡単な経緯といったところか」
「あぁ!種族伝説か」
「種族伝説?」
「うん。なんか、昔は今よりもたくさんの種族がいたけどみんないなくなっちゃったっていう…え~となんだっけ……あ、そうそう古代文書とかいうのに書かれてた話だよ」
「となると、これは実話の可能性が高いのか」
「どうかな?否定的な方が主流だってハクが言ってたけど」
「…ロマンがないな」
古代文書に書かれていた今ではありえないようなことがありえたかもしれないなんて記述。
それを否定だけしているなんて、なんとナンセンスなことだろうか。
地球でだって昔の遺跡から発掘および発見された文書には大きな意味があるとしているというのに。
魔法がありえるこちらの世界ならばもっと肯定的にとらえるべきだ。
「…おい、この世界にいるのはこの本に書かれてる通り、人間、半獣、魔族、精霊だけでいいのか?」
「そうだよ?でもなんか変な言い方だね」
「……気にするな」
「う~ん…まぁ、そうするよ」
異世界から来たような口ぶりがポロっと漏れてしまうのはよろしくないな。
詮索を入れられると非常にめんどうだ。
「あの」
と、ハクが俺を呼んだ。
まだ10分ちょい経ったかどうかくらいなのだがもう見つかったのか。
「なんだ」
「ここにはありません」
「何?」
「探してみましたが、ここには禁書は置かれてません」
「…それは確実か?見落としの可能性は?」
「いえ、禁書は微弱ですが魔力を帯びてるので一見ればわかります。ですので見落としたなんてことはありえません」
「はァ…。じゃぁ、もう禁書はいい。さっさとここから抜けるぞ」
それなら先に聞いておけばよかったと後悔。
魔力を帯びてるかどうかなら俺でも判断出来た。
まさに時間の無駄だったのか。
「いいのですか?」
「あぁ、もともとあったら便利かもしれない程度にしか思ってない。ないならないで別にかまわない」
「わかりました。では、脱出しましょう」
俺は穴の位置へと行こうとする。
「どこへいくんです?」
しかしそれは、ハクに止められた。
「どこって、穴にもどるんだが?」
「何でですか?」
「は?脱出するんだろ?」
「そっちの道は使いません。こちらから行きましょう」
示すのは宝物庫の扉。
正規、というのもおかしいが正規の扉だ。
「開けたらどうにかなったりしないのか。それ以前に開けるのか?」
「内からなら簡単に開きますし。外は開けてるので町まで一切ばれることなく逃げ延びることも容易なはずです。ですが、外に出て扉が閉まると自動で鍵が閉まるので戻れません」
「そうか」
双子はそれぞれ右と左に立ち、扉に手を押しあてる。
せーの、と声を合わせて、精一杯押せば外が顔を除かす。
そして、俺は顔を除かした外に軽くうんざりしてしまった。
ひきつった顔をして心底嫌そうを体現した表情を作り出していることだろう。
それもそのはず。
扉が開いたそこには、笑顔100%の大賢者が突っ立っていたから。
「……さっきぶりだな。顔を見れてうれしいぞ」
たっぷりと嫌味を含んだ言葉。
「はい。こちらもとてもよろこばしいです」
対して邪気のなさそうな言葉。
「はっ…。余裕そうだな。おかげで殺気がでそうだ。ありがたく殴られろ」
「おや、何をお怒りになっているのか分かりませんが、それは御遠慮頂きたいですね」
「…………」
きゅっと目を細める。
辺りには誰もいない。
大賢者が一人でここに出向いてきていることになる。
よほどの自信家か馬鹿でなければ脱走者に一人で会いに来たりしない。
そして、大賢者は馬鹿ではないというところがこの状況のもっとも最悪な所でもある。
双子も大賢者が赴いてきたことに動揺を禁じえないようだ。
また、セキはしまったという表情をしている。
(先程出入り口付近を気にしたのは、こいつの存在を多少なりとも感知したせい。だが、ばれた……ばれかけたことを察知し、それに対応といった線が濃厚か。嫌になるな)
そっとハクに近付いて耳打ちした。
「おい、俺たちには見えないように細工をして他の兵が控えている可能性はあるか?」
「なんとも言えないです。ざっと見てみた限りは問題その心配は杞憂で済みそうなのですが、相手が相手なので……」
「やはり、あいつの技術は高い水準にあるのか…」
知識豊富なこいつを持ってしてこの反応。
実に厄介な相手だ。
「ふふふ」
大賢者が笑う。
その小さな笑みはこちらの温度を引き下げる。
だが、下げられていく温度は次のセリフで急降下を止めた。
「そんなに構えなくても平気ですよ。こちらは、いえ、私個人はあなたを捕えようなんて意思はありませんので」
「……信用するとでも?」
「そうですよ。あなたは大賢者。国で最も優れた英知を持ち魔の象徴であり、国に従事する。そんな大賢者ですよ。私たちを逃すわけがありません」
「安心して下さい。心配なんて要りませんから」
温度は下降をやめた。
だが、上昇することなく滞る。
この日だけで緊張状態の静寂が訪れるのも何回目か。
ため息といいほんとうに厄介事が降りかかる。
「兄ちゃん、ハク。大丈夫だよ」
静寂を打ち破るのはセキ。
「……何を言っている?」
「大丈夫だよ。嘘は言ってないと思う」
「馬鹿が。曖昧すぎる。嘘は言ってないと思うだと?たら、ればを心掛けろなんて基礎中の基礎を脳に焼き付ける以前の問題。論外だ」
「たらればなんていらないよ。大丈夫だから、大丈夫って言ってるんだもん」
大賢者がこちらに近寄った。
「えぇ、大丈夫ですよ。安心して欲しいですね。私にあなたを捕える気がないことに嘘偽りはないので」
「冗句なら笑えん。俺達を拘束するつもりがないというのに、俺たちの前に姿を現す理由がどこにある」
「いえいえ、きちんとした理由ならありますよ」
それだけ言うと懐から一冊の古びた本を取り出しこちらにほおった。
重力に従って俺の足元くらいに落ちると思いきや、本はふわふわと浮遊し俺の手元に届く。
罠かもしれないので、警戒をして触れない。
なんのつもりかを問おうとすると、ハクの呟きが俺の耳をなでる。
「これは……禁書………」
「なに?これが禁書だと……」
大賢者の目的が読めない。
俺の欲する者を目の前に突きつけなにをしたい。
「差し上げます」
「……お前は馬鹿か?」
「人によってはそう見てとるかもしれないとだけ言っておきましょうか」
「お前は何がしたい」
「あなたをここからにがしたい」
「その心は?」
「あまりこちらの事ばかりお答えするのもアンフェアではないですか?」
「……………」
ひょうひょうとした態度を続ける大賢者。
イメージが国王の目前と全然違う。
「まぁ、言っておくと私にも目的があります。それを成すのにはあなたがいてくれた方がよさそうなのです。だから、生き残ってもらいたい。禁書は選別だと思ってもらえれば―」
大賢者の目を見る。
笑顔を貫いているが、その眼に光はない。
深い深い谷、深い深い海などのように濁っていた。
「……いいだろう。お前の真の思惑がなんなのかえたいが知れないがこの場は信じるとしよう」
「おや?案外あっさりですね」
ハクが正気を疑うような視線で射抜いてきている。
セキは俺の判断がうれしいのかガッツポーズをしていた。
(確かに、こいつの目はろくでもない奴の目だった。乗ってしまうとそのうち痛い目にあうかもしれない。……だが)
その眼は俺に、
――大賢者がどこまでも自分のために手法を選ばない人間であることを教えた。
利益を求める。
欲を満たす。
そんな、眼だった。
きっと俺を生かしておいた方が都合がいいというだけで行動を起こす。
俺には大賢者がそんな人間に思えた。
なので、禁書を受け取る。
絵本と共に脇に抱え、用意した剣がいつでも抜けるようする。
「私にはもうここにいるようはなくなりましたので去らせて頂きます」
踵を返す大賢者。
あっけない幕切れに拍子抜け。
「あぁ、指名手配などされると、行動の邪魔になりかねませんので、国王には余計な事をしないよう言い含めておきましょう」
「……様は付けないのか?」
「おっと、これは失礼。国王様、とこれでよろしいでしょうか?」
「チッ」
国王に敬意を払っている人間の反応ではない。
こいつの中で国王という存在はさほど大きくないことを物語っているな。
「お前に何のメリットがあるかくらいは教えろ。それが信じられる内容ならここはお前を信じることにする」
「おや?宜しいのですか?」
あまり宜しくは無い。
だが、この国王への不敬な態度。
本心に思えてしまう。
だから頷く。
ハクとセキはいいのか?といった風に俺を見ている。
だから、しっかり頷く。
「では、全て教えることはできませんが可能な限り伝えておきます」
大賢者を黙って見つめる。
「まず、私のメリットは簡単ですよ。あなたが、私の目的を果たしてくれそうなのです」
「お前の目的だと?」
「詳細はお教えすることはできませんよ。ただ、目的は果たしてくれるかもしれないのです」
「なぜそんなことが言える?俺はここに召喚されてきたばかりだ。お前に俺の何が分かる?」
「わかりますよ。いろいろと…そう……いろいろと」
「……………」
得体のしれない何かが俺の背筋を冷やす。
こいつが何を知り、何を思い、何をするのか、不気味で仕方ない。
「お前にとって、その目的と言うのは他の何を差し引いてでも成し遂げたいようなものか?」
「当然です。私はずっと――――それのためだけに生きているのですから」
「そうか」
俺は大賢者の脇と通り抜ける。
「この場は信じよう。うまくやれ」
「任せて下さい。それと忠告をお一つ」
「いらん」
「まぁまぁ、戯言とでも思ってお聞きください。あなた、なるべく早いうちにそ(・)れ(・)をやめたほうがいいですよ。これは、ただの人生の先輩として言わせてもらいます」
「………………なんのことか知らんが、お前に言われる筋合いはない。行くぞ」
二人は俺と大賢者に視線を交互にやりながら後ろについてきた。
このまま吹き抜けになった廊下から外へと逃げ出す。
もやもやとした形容しがたい感情をもてあましながら流れてきた風に髪が靡く。
謎なことがある。
失敗したという後悔もある。
面倒がありそうだと不安もある。
だが、それを補って余りある感情もある。
―――楽しみ。
純粋に異世界への夢と期待が俺にはある。
だから、ここで踏みしめよう。
俺の異世界で始める新しい暮らしへの、異世界で始まる新しい未来への――――――第一歩を。
次回はキラ君が牢から出た経緯をやりたいと思いますw