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無職転生 - 蛇足編 -  作者: 理不尽な孫の手
オートマタを作ろう!
12/32

12 「人形の歩いた日 後編」

 その時間、シルフィは四女クリスティーナの面倒を見ていた。


「いいよクリス、そのまま、手を離して、ママの所まできて」

「んー! ママー、こっちきてぇ……!」


 よちよち歩きが早かったリリに比べて、クリスはまだ掴まり歩きがせいぜいといった所だ。

 なので最近はこうしてママたちに訓練を施されている。

 もっとも、クリスは訓練が嫌なようで、半泣きになりながら首を振っているが。


「クリスが来るんだよ、ほら、よちよちって、よちよちって」

「んー! んーぅ……ママァ……きてぇ……」

「ダーメ。ほら、すぐここだよ」


 ぐずり、泣き出すクリス。

 とはいえ、クリスは出来ない子ではない。

 甘えているだけなのだ。


「んーんー……んっ!」

 

 最終的には目を瞑り、トテテっと走ってシルフィの胸へと飛び込んだ。


「よしよし、よく出来たね。偉いよクリス」

「んー……」


 シルフィはいつものようにクリスを抱いて、その頭を撫でた。

 クリスはグスグス鼻を鳴らしながら、シルフィに力強く抱きついた。


 好奇心旺盛で活発なリリに対して、クリスは臆病で甘えんぼだ。

 さらに言うとインドア派で、あまり外には出たがらない。

 時にエリスが外に連れ出すが、外ではエリスにベタッとくっついて離れず、何かあるとビービー泣いてしまうので、すぐに帰ってくることも多い。

 なので散歩にも付いていかず、お留守番をしていることが多い。


「もう、クリスは甘えんぼさんだね。誰に似たんだか……」


 シルフィはそう言ったが、まぁ、間違いなくルーデウスに似たのであろう。


「ママァ……パパ、おかえりなさいまだ?」

「うん、まだおかえりなさいじゃないよ」


 そんなクリスは、いわゆるパパッ子だった。

 生まれてから泣いてばかりの子だったが、ルーデウスに抱かれるとすぐに泣き止む子だった。

 アルスとまったく逆だ。

 最近では、ルーデウスの膝の上がクリスの指定席となりつつある。


「あ!」

「……ん?」


 と、そこで入り口の方から物音がした。

 誰か帰ってきたのだろうか。


「パパ?」

「どうかなぁ……パパじゃないと思うけど」


 ルーデウスは昨日から出かけている。

 帰ってくる正確な日を聞いていなかったが、2~3日はかかると言っていた。

 なら、まだだろう。


「お姉ちゃん?」

「お姉ちゃんにしては、ちょっと早いね」


 しかし、学校に行ってるロキシーやルーシー、傭兵団に出向いているアイシャが帰ってくるにはまだ早い。


 散歩に出たエリス達か。

 いや、今日は遊びたがりのジークが一緒だから、もう少し遅くなるだろう。


 なら、買い物に出ているリーリャとアルスか。

 いいや、二人は先ほど出て行ったばかりだ。流石に早すぎる。

 忘れ物をとりに戻った、という可能性ももちろんあるが……。


 もしかすると、ゼニスだろうか。

 彼女は自室で寝ているはずだが、いつの間にか庭の方に出ていたのかもしれない。


 などと考えつつ、シルフィはクリスをクッションの上に乗せた。


「クリス、そこにいてね」


 シルフィは少し不可解な気分で玄関へと向かった。


 リビングを抜けて、廊下に出ると、ギィという音を聞こえた。

 玄関が半開きになっていた。

 だが、シルフィの目にとまったのは、扉ではなかった。


「……」


 そいつは、扉の内側に立っていた。

 半開きになった玄関の隙間から差し込む西日が逆行となり、彼女を照らしていた。

 黒髪の少女。

 見る者が見れば、彼女のことをナナホシと呼んだだろう。

 あるいは、親しげに声を掛けたかもしれない。


 しかし、シルフィは彼女の見た瞬間、眉をひそめた。


「……君は、ナナホシじゃないね?」


 その言葉を受けてか、彼女は笑った。

 口元を歪め、ニィと。

 逆光が顔に影を作り、口元が不気味な形に裂けて見えた。


「はい。違います。なぜお分かりになられたのですか?」

「ナナホシは何度この家に来てるからね。玄関を開ける時の癖もあるんだ。コンコンって二回ノックして、返事がなかったらちょっと迷ってから、少しだけ扉を開けて小声で「ごめんください」って言うんだ」


 シルフィはそう言いつつ、右手に魔力を込めていた。

 得体の知れない存在が、知人に化けていつの間にか家に侵入していた。

 家を守ると心に決めているシルフィにとって、当然の行動であった。


 今のところ 目の前の少女から敵意は感じない。

 口調にしても感情はこもっていないが、丁寧なものだ。

 だが、味方であると楽観するほど、シルフィは甘くはなかった。


「君は、誰なのかな? もし君がヒトガミの手先だっていうなら、ボクが相手になるよ」


 相手になるといいつつ、シルフィは脳内なフル回転していた。

 いかにして目の前の少女の目を晦まし、リビングにいるクリスと二階にいるゼニスを連れて、この場から逃げるか。

 敵がこの家に侵入してくる可能性は覚悟し、シミュレートしていたが、自分にはやれるのだろうか。

 戦闘の音は聞こえなかったが、門柱に巻き付いていたビートはすでにやられたのだろうか。

 今しがた指輪に魔力を送ってエリスとロキシーに合図を送ったが、二人は気付くだろうか。

 事務所にいるオルステッドやアレクは、この事態を把握しているのだろうか。


 逃げるべきか。

 それとも、時間稼ぎをすべきか。


 様々な思いを無表情に押し込めて、シルフィは目の前の相手を睨む。


「私には、まだ名前がありません」

「……?」

「あなたのお名前を聞いてもよろしいでしょうか」

「シルフィエット・グレイラット」


 唐突に聞かれ、シルフィは反射的に答えた。


「では、あなたがルーデウス様の奥方のシルフィ様ですね」

「そう……だよ」


 名前の確認。

 反射的に答えたが、答えなかった方がよかったかもしれないと思いつつ、シルフィは油断なく彼女を見た。

 見た所、武器は持っていない。

 隙だらけにも見える。

 でも油断はならない。徒手空拳で自分を圧倒できる者など、いくらでもいるのだから。


「シルフィ様は、私がいるとルーデウス様をお怒りになるのでしょうか?」

「……?」

「シルフィ様は、なぜ私に納得していただけないのでしょうか?」

「言ってる意味がわからない、何を言ってるの……」


 惑わされている。聞いてはいけない。

 もしかすると、これは幻術か何かかもしれない。

 一瞬そう思って、シルフィは警戒しつつ、一歩後ろへと下がった。


「危険です」


 瞬間、少女が叫び、手を伸ばした。

 その速度はシルフィを凌駕していた。

 明らかに自分より素早い相手。だが、シルフィとてそれは想定していた。

 見えないほどでも、対応できないほどでもない。

 下がろうとした一歩で床を踏みしめ、半身になりつつ相手の攻撃を受け流し、カウンターで魔力を叩きつける。

 シルフィは瞬時にそう判断し……。


「っ!」


 自分の足元に、クリスがいるのが気づいた。


 いつの間にか。

 そう、いつの間にか、クリスはハイハイで玄関まで移動してきていたのだ。

 シルフィの「待っていて」という言葉に従わず。

 何の因果か、シルフィが今まさに踏もうとしている位置に。


 気づいた時にはもう遅い。

 シルフィはクリスを踏み潰しそうになるのを、なんとか体をひねって回避した。

 しかし、バランスは崩れた。

 上体をふらつかせ、回避もおぼつかなくなる。


 そんなシルフィの瞳に、凄まじい速度で伸ばされる少女の手が映った。



---



 ルーデウスが到着した時、家は不気味なほどに静かだった。


 ビートの巻き付いた門。

 アイシャの家庭菜園。

 レオの犬小屋。

 誰もいない。


 鍵のかかっていない玄関を開けると、よく掃除された廊下と、半開きのリビングへの扉が見える。


 静かだった。

 いや、音が無いわけではない。

 ただ家中に泣き声だけが響いていた。


 聞き慣れた声。

 クリスの泣く声だ。

 それは悲痛な泣き声だ。

 まるで何か、大切なものを失ってしまったかのような、大きな悲しみに満ちた泣き声。

 ルーデウスにとっては聞き慣れた泣き声。

 自分が近づくと、すぐに止まる泣き声。


 それが聞こえているというのに、なぜか、静かに思えた。


「……傭兵団は、外で待機していてくれ」


 ルーデウスは玄関でそう言うと、出来る限り音を殺しつつ、玄関から中に入った。

 ここも、静かだ。

 よく掃除された廊下。

 ちらりと横を見れば、玄関に設置した鏡に青い顔をした自分の顔が映っていた。


 だが、なんだろう。

 この鼻にツンとくるような臭いは。

 決して、心地良いとはいえない臭いは。

 長時間かぎ続ければ、えづいてしまうような臭いは。

 放置しておけばハエが集るような臭いは。


 ルーデウスはその臭いに誘われるように廊下を歩いた。

 行き先はリビングであった。

 泣き声はそこから聞こえており、同時に臭いの元があると確信していた。


 しっかりと閉じられたリビングの扉。

 ルーデウスは、その扉を、意を決して開いた。



 信じられない光景が広がっていた。



 まず、目に入ったのはテーブルの上。

 仰向け寝転がされ、泣き叫ぶクリスだ。


 そして、そのクリスに覆いかぶさるような姿勢でいる、黒髪の人形。


 人形の手は、汚れていた。

 乾いた血のような茶色で汚れていた。


 その茶色はいまだ湿り気を帯びており、強い匂いを放っていた。

 むせ返るような匂い。

 その臭いはまさか……。


「あーもう、ウンチが手に付いちゃったじゃないか」

「問題ありません。この程度の汚れであれば行動に支障ありません」

「ダメ、ちゃんと拭くの、ほら。それから、汚れたオムツはこうやって丸めて、こっちの籠に、後で洗濯するから」

「汚れに対する洗浄は早急に、ということですね。学習しました」


 そして、シルフィは人形の手についたものを拭いていた。

 人形の手についているもの。

 そして廊下にまで漂う臭いを発しているもの、


 それは、クリスのウンチであった。


 クリスはテーブルの上で仰向けに寝かされ、汚れたオムツを脱がされてビービー泣いていた。


「パパ! パパだ!」


 が、ルーデウスの姿を見つけるとすぐに泣き止み、花のような笑顔を向けた。


「……あれ?」


 ルーデウスとて、ある程度、想像はしていた。

 戦うシルフィ。

 傷だらけになった家族……あるいは、倒れて、動かない家族。

 が、人形が不器用な手つきでオムツ交換をしている光景は、想定の範囲外であった。


「あ、おかえりなさい、ルディ」

「シルフィ……怪我は……なさそうだね……?」

「うん。あるわけないでしょ」


 頷くシルフィの後ろには、人形が立っていた。

 無表情である。

 無機質な顔で佇むその姿は、いきなりシルフィの胸元から短剣が生えそうなほどに不気味であった。


 だが、人形はルーデウスの視線を受けると、ほんの少しだけ、シルフィの影へと隠れた。

 さながら、シルフィを盾にでもするかのように。

 だが、ルーデウスの目には、少し異質に映った。

 まるで人形が、ルーデウスから見られることを恐れているかのようにも見えたのだ。


「シルフィ、そいつから離れてくれないか」

「……なんで?」


 そして、シルフィもまた、人形をかばうかのような立ち位置を取った。


「その人形、俺とザノバで作ったんだけど、暴走したんだ。

 多分だけど、俺たちの話を聞いて、シルフィを排除するか、入れ替わろうと考えたんだと思う」


 ルーデウスもそう説明しながら、それにしてはおかしいなと思っていた。


「まあ、ちょっと違ってたみたいだけど」


 とはいえ、人形の意図がわからないのは、依然として同じであった。

 ルーデウスは警戒を解くこと無く、人形を睨みつけた。


「ふうん、ボクの聞いた話と、ちょっと違うけどな」

「話?」


 首をかしげるルーデウスに、シルフィは微笑んだ。


「うん。そのことで話があるから、座ってよ」

「ああ……」


 ルーデウスは言われるがまま、その場にあぐらをかいて座った。

 するとシルフィは「あれ?」と首をかしげた。


「ルディ。座り方が違うんじゃないかな?」

「え!? あ、はい」


 ルーデウスは、シルフィの口調からあるものを感じ取り、座り方を変えた。

 シルフィの口調に含まれるもの、すなわち怒り。

 となればルーデウスがする座り方は正座の他ない。


「じゃあ、どうぞ」


 それを確認したシルフィは体を入れ替え、人形を前へとおしやった。

 人形はルーデウスの前へと押しやられ、無機質な表情で彼を見下ろした。


「マスター・ルーデウス、私を破壊するのですか?」

「ああ、破壊する」


 即答したルーデウスに、人形は身じろぎ一つしなかった。

 だが、ルーデウスは知っている。

 魔導鎧と同じ材質で作られた骨格と、特製の人口肉によって作られた肉体は、聖級剣士並の性能を持っている。

 そんな危険な代物がいうことを聞かないとなれば、破壊する他ない。


 魔導鎧を着込み、魔眼を使っている今、遅れを取ることはない。

 とはいえ、まだ油断は出来ない。


「…………私は、破壊されたくありません」


 と、そこでルーデウスは気づいた。


「……」


 人形が怯えているのだ。


 見た目は、ただ立っているだけだ。

 表情だって無表情だ。

 口調だって単調だ。

 しかし、怯えているのがわかった。


 そんな人形の視線が、シルフィを向いた。

 無機質な瞳だが、なぜかシルフィには、それが助けを求める視線に見えた。


「ルディ、わかっていないみたいだから、ちゃんと最初から話してあげて」


 シルフィがそう言うと、人形はルーデウスと、いつしか家の中に入ってきていたザノバを見た。

 そして、淡々と語りだした。


「ルーデウス様とザノバ様はおっしゃいました。

 私がいると、ルーデウス様の奥方様が怒ると。

 エリナリーゼ様はおっしゃいました。

 ルーデウス様の奥方は、シルフィ様とエリス様とロキシー様だと。

 エリス様はおっしゃいました。

 シルフィ様は、ナナホシは納得できない……と以前に話していたと。

 エリナリーゼ様は、私をナナホシと呼称しました。

 私は考えました。

 きっと、私はナナホシ様に酷似しており、それが原因で廃棄されるのだと。

 しかし、私はナナホシ様ではありません。

 ならば、何か方法はあると考えました」


 口調は変わらず単調だ、しかし、必死さを感じ取れた。

 人形は必死で何かを模索していたのだ。


「私は廃棄されたくありません。

 ルーデウス様とザノバ様は、私の誕生に喜んでくださいました。

 私は、もっとお二方の役に立ちたいのです。

 破棄されては、それは叶いません」


 召喚魔術は、時にその力が大きすぎると、術者に災いをもたらすこともある。

 だが、基本的には術者に逆らわない。

 召喚魔術で呼び出された魔獣は、主人に対して忠誠をつくすなのだ。

 災いをもたらすのは、術者のために起こした行動の結果なのだ。


 そして、この人形にも、そうした術式を組み込まれている。

 なにせ、ペルギウスの召喚魔術を元に作られているのだ。

 組み込まれていないわけがない。


 とはいえ、ペルギウスの精霊は自我を持つ。

 召喚されたその瞬間から、自我を持って行動するのだ。

 主のために。

 より長く生き、より長く役立つために。


「ゆえに、それまでの情報から、最も私の存在を忌避するであろうと予測されるシルフィ様に教えていただこうと思ったのです」


 彼女のロボット三原則は、壊れてなどいなかった。

 ただ原則に、召喚精霊としての性が勝ったのだ。


「どうすれば、あなたは納得していただけますか、と」


 唐突に現れ、家に勝手に入ってきた人形。

 それに対し、シルフィは必要以上に警戒した。


 だが、人形には最初から敵意などなかった。

 敵意を丸出しにするシルフィに対し、ヘタクソな笑顔で笑いかけ、対話を望んだ。

 娘を踏みそうになり、倒れそうになったシルフィの体を支え、お怪我はありませんかと気遣った。

 唐突に踏み潰されそうになり、ビビっておしっことウンチを同時に漏らしたクリスを気遣い、オムツの交換を申し出た。


 そんな彼女は、シルフィに訴えたのだ。

 死にたくない、悪いところを直します、お役に立ちたいのです、だから殺さないでください、お願いします、と。


 そのことが、シルフィの胸を強く打った。


「ルディ、ボクは怒ったりするつもりはないよ。

 ルディがこういうのを作っていたってのは知ってたしね。

 思ったより、人間臭かったけど……。

 でも、いい子だし、ちょっと欠陥があっても、使って上げて欲しいな」


 シルフィの言葉で、人形の説明は終わった。

 あとは、ルーデウスの言葉を待つのみである。

 いつしかルーデウスは口をへの字に曲げて、腕を組み、顔を伏せていた。

 その肩はふるふると震えている。


「ううぅ」


 見ると、後ろに立つザノバがプルプルと体を震わせていた。

 何事か、とシルフィが思った瞬間、


「うおおおおぉぉん!」


 ザノバが、雄叫びを上げながら少女に突進した。


「そんな風に考えていたとは!

 全て我らの為だったとは!

 すまぬ! 暴走などと言って、余が間違っていた! すまぬぅ!」


 滂沱の涙を流しつつ、人形にすがりつくザノバ。

 そんなザノバを見ながら、ルーデウスもまたズビっと鼻を鳴らした。

 彼もまた、目元をうるませていた。


 ルーデウスは懐から取り出したハンカチで鼻をビーッと鳴らすと、立ち上がり、人形の手を取った。


「ザノバの言うとおりだ。目の前で廃棄なんて言われたら、そりゃ逃げるよな。

 どうにかしようと思うよな……。

 わかったよ。シルフィが怒ってもいい、俺とザノバが、お前を最後まできちんと完成させて、きちんと使ってやるよ」

「余も、ジュリの怒りを受け止めようではないか!」


 人形にすがりついて、泣きだした二人。

 シルフィの目には、人形がきょとんとした顔をしているように見えた。

 問題が解決していないのに、なぜか許された、という顔だ。


 まあ、なんにせよ一件落着だ。

 シルフィは微笑ましい気持ちでほっと胸をなでおろし、ルーデウスにかまってもらえずグズり出したクリスを撫でた。

 と、そこで彼女はあることに思い至った。


「ルディ、最後に一つ質問があるんだけどさ。今の流れで、どうしてボクが怒ると思うの?」


 そう聞くと、ルーデウスがビクリと身を震わせた。

 彼は振り返り、正座をした。

 そして、こほんと咳払いを一つ。

 説明を開始した。


「実はその人形、あっちの方も精巧に――」


 シルフィは怒った。




 ともあれ、一連の騒動はこれにて一件落着となった。

 その晩、ルーデウスが妻と寝ることが出来たのかどうかは、また別の話である。



---



 この事件の結果、人形の廃棄は取りやめ、

 製造した自動人形は出来る限り保持していく方針となった。


 それに伴い、今回の一件の中心となった彼女は正規ナンバーとなった。

 自動人形1号機である。

 今後は研究所や魔法都市シャリーアで実験に従事しつつ、ルーデウスの様々な計画に使用されていくことだろう。


 また、後日。

 人形の秘密がナナホシにも知られることとなった。

 彼女は自分の顔をした人形が性行為可能であると知ると、露骨に気持ち悪そうな顔をした。

 だが、ルーデウスの低頭平身の姿勢と、そういう目的では使わないとシルフィと約束したという言葉で、ひとまずは溜飲を下げた。


「まあいいわ。それでこの子、名前はなんて言うの?」

「名前……は、まだ付けてない」

「そう、じゃあ私が付けていい?」


 ナナホシの命名により、

 自動人形第一号機には『アン』と名付けられた。

 さらに、もし後世にナナホシの知り合いが現れた時に、日本っぽい名前でナナホシの存在を知ってもらうため『七星 はじめ』という呼称も用意された。

 もし彼女がナナホシの知り合いと出会い、その名前を聞いた時にはそう名乗り、ナナホシとの関連性を説明するだろう。


 正式名称は『自動人形 SS-01 アン』。

 2号機にドゥー、3号機にトロワという名前をつけるかどうかはわからないが、それはそれだ。

 ちなみにSSとはセブンスターの略である。



 こうして、セブンスターシリーズの記念すべき第一作目『アン』は作られた。

 彼女の兄弟姉妹は、長い年月を掛けてゆっくりと増えていくことになる。

 だが、乳首がついていたのは彼女だけであった、と明記しておこう。

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― 新着の感想 ―
[一言] シルフィは怒った。
[一言] 乳首の件は正直どうでもいいように思うんですが、ルーデウスと奥様方(と、ナナホシも?)にとっては大事なことなんですね(笑) 少しずつ増えていったという自動人形たちが、どんな活動をしていったのか…
[一言] 仕方ないんだ、そういうのは男の浪漫なんだ
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