最終話・歩み
何組もの《アイドル》の《ステージ》が終了した。
《A級アイドル》達の《ステージ》はそのどれもが華々しく、そして輝いていた。
ファンはそれぞれが最も愛する《アイドル》のために《ボルテージ》のピークを持って行こうと努め、熱狂に次ぐ熱狂をしていく。
「凄いね、皆キラキラしてる」
《アイドル》のみならずファンも、と言外で凛が示す。
「そうだな。だが、お前達も彼女達に劣らず輝いていた」
「あはは、ありがとう」
関係者のみが席に着く事が出来る会場最上部のエリアには、多くの《アイドル》の姿がある。
その暗がりの中でもわかるほど、凛が頬を染めた。
「《シンデレラ》に、なれるかな?」
「ああ、必ず」
二番手三番手はかなりやり難かっただろう。それほどまでに凛と華奈の《ステージ》は盛り上がった。常識はずれレベルの《ボルテージ》がファンの身に着けた《リング》から計測されていて、現在まで最高値を示している。
「だけど、まだ黒井プロが残ってるよ?」
残り一組。水無月さよが登場する予定だ。
「他国で《トップアイドル》になったことのある人間は、《シンデレラ》の対象外だ」
元々《スノウ》の逸話から出来た若い賞である《シンデレラ》だ、初めから実績のある《アイドル》に与えられたのでは起源にそぐわない。
《シンデレラ》の歴史を知らないのか、凛は小首を傾げる。そして、不服そうに唇を持ち上げた。試合にも、勝負にも勝ちたいのだろう。
「心配するな、《大陸フェスタ》だったとしてもお前達以上の《ボルテージ》を計測した過去はない」
「わかんないよ? 過去は、過去だもん」
少しだけ、男の表情が緩んだ。
「俺は、今回のお前達以上の《ボルテージ》を見たことは二度しかない」
「二回もあるんじゃん……」
耐え切れず、小鳩のように断続的な笑いが起こる。光の乏しい空間ですらわかるほど凛が立腹しているのがわかった。種明かしをしよう。
「《スノウ》と如月千歳の時だ」
国内での活動実績のない雪奈はともかく、如月千歳は凛もわかったようだ。
「それは、さすがに、どうしようもないね」
正式には《アイドルマスター》ではないにも関わらず、《アイドルマスター》と呼ばれた《アイドル》だ。全国民が知っていると言っても過言ではない伝説級の《アイドル》、その名を前に、さすがの凛も食い下がることを止めた。
「お兄、凛ちゃん、来るよ。黒井プロだ」
トリということで司会者が煽る。純粋な《ステージ》以外の場外戦だ。
黒井の仕業だろう。しかしその程度は想定内だった。男の計算ではそれでも凛、華奈が勝る。
「お姉さまぁ~!」
すぐ近く。関係者エリアから《ステージ》に最も近い場所で、信じられない者の姿を見た。
「水無月、さよ?」
華奈が呟く。それにより、男の見間違いではない事を知った。
「彼女は《アイドルオブアイドル》、最も《アイドルマスター》に近い者と言われたスーパーな《アイドル》です、私も実はファンでした。いえ、今なら言えますね、ファンです。あれは私が海外で――」
聞き馴染みのある仇名が男の耳に入る。
しかしその仇名を持つ《アイドル》がこの場にいるはずがなかった。
「それでは登場して頂きましょう」
司会者が閉める。
そして、照明が全て落ちた。
「つめて!」「ひゃ、何?」「うお!」
暗闇で、ファン達の驚きの声が響く。
「これって……」
呟いた華奈と、男だけがおそらく事態を正しく把握している。
暗闇の《ステージ》で、白い光が輝く。
真っ暗闇の会場で、白い光の粒が舞う。
「なに、雪? ドームだよ?」「あれ? 冷たくなくなった」「キレイ……」
ホワイトクリスマスです。もしも前口上を述べるなら、彼女はそう言ってファンを喜ばせただろう。それが許されない今、ファンは戸惑いの方が強い。
《ステージ》の照明が点った。
光を一身に浴びた《アイドル》がいたずらに成功した子供のように笑って見せ、そして足を一度踏み鳴らすと表情を一変させて《パフォーマンス》を開始する。
すぐに頭を切り替えられたファンはいなかった。曲が流れ、《ステージ》の《アイドル》が《パフォーマンス》をしているのにファンは合いの手を打つ事も、吠えることも出来ずにいる。
《アイドル》の周囲だけに時が流れているようだった。
そしてそのまま曲の前半部分が終わろうとしている。かなり異常な光景だ。
だが、前半部分の歌が終わったその時だった。
《ステージ》上の《アイドル》が身振りで語る。
『来い』
そこでファン達はいつも通りに振舞って良い事を知った。
そこからの《ボルテージ》はうなぎ登りだった。
彼女が足を一度踏み鳴らせばファンが跳ぶ。会場全体が揺れる。
彼女が質量を持った《IL》を撒き散らせばファンが吠える。また会場が揺れる。
彼女が歌えば、舞えば、会場は揺れた。
「あれが、雪奈さん?」
凛の呟きは、会場を埋め尽くす空気に霧散した。
×××
白井プロ、応接スペースに屍三つ。
「負けて……」
「《シンデレラ》……」
華奈、凛がソファーにうつ伏せている。
「あなた達はマシよ」
もう一方のソファーに雪奈。
雪奈が立ち上がり、男の前で疲れた顔を見せる。
「まさか《神在月》があんな手に出るとはな」
もちろん悪気はなかっただろう。ここ数年谷間の世代とまで言われてしまっていた《アイドライジング》を盛り上げるための手だったのだろう、だがタイミングが悪すぎた。
「この怒り、どうしてくれようかしら?」
「俺にぶつけてくれて構わない」
雪奈が軽く男の胸を叩く。
「如月千歳と高音がユニットで出てくるって何よ」
「シークレットゲストだそうだ。そういった輩がいるというのは告知されていたな」
「だからって! だからって!」
「お前の気持ちはわかる」
半分くらいだろう。とても全てわかるとは言えない。
「負けて《アイドルマスター》って何よ!」
シークレットゲストは《ボルテージ》を計測していない。だが、当人達は負けを認めている。
それほどまでの《パフォーマンス》だった。司会者は感激のあまり気絶したらしい。
仕方がないだろう。伝説的存在二人。通算十期の《アイドルマスター高音》それからそのライバル、唯一《高音》が敗北した《アイドル》如月千歳。
「納得いかない。今度あったら絶対に倒してやるわ……《レッスン》するわよ」
雪奈が男の首根っこを掴んで引きずる。
「私たちも」「行く」
幽鬼のように立ち上がり、凛と華奈が続く。
「引きずるな」
男はつんのめりながらもその足で歩き始める。
睦月凛、霜月華奈、霜月雪奈、男の四人が並んで歩いた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
一瞬でも楽しんでいただけていれば幸いです。




