リスタート
「お兄?」
華奈の顔には少なからず驚きが浮かんでいたし、凛は小首を傾げ、赤鳥は応接スペースのガラステーブルの上に置かれた書類へと視線を落としている。
赤鳥のその視線は、これまでわずかに感じていた疑惑を解消するかのように鋭い。
「また、世話になる」
「私が許可しました」
「なら、あしから言うことは何もないす」
赤鳥がテーブルの上に置かれた資料に目を通し始めると、白井は人数分のお茶をテーブルへ置き、ソファーに腰掛ける。
飲んだお茶は暖かく、香りが豊かだった。
「ねえ、お兄。お姉は?」
至極真っ当な問いだろう。そして、確実にされるだろうことを予想できた質問だ。
「まだ、黒井プロでやることがあるそうだ」
「そっか」
不思議なことに、華奈が食い下がることがなかった。その理由はわからなかったが、どう答えたものか未だにその言葉を持たない男には、救いだろう。
「今度雪奈に会ったら直接話を聞いてやって欲しい。恐らく、それが一番いい」
「《フェスタ》前にまたあなたが戻ってくれて心強いから、いいけどさ」
あたしは。と口だけ動かし、凛は華奈へと視線を向ける。
「お兄が、お姉のことで大丈夫っていうのなら大丈夫なんだと私は思う」
そう言った華奈の顔にも、喜色が浮かぶ。
「二人とも、ありがとう」
男の謝辞に、二人はお互い見合い、そして朗らかに笑う。二人はもう旧知の仲であると言われれば信じてしまいそうだった。
「あたしさ、華奈ちゃんと《ユニット》組もうと思う。二人とも出場資格あるんだしいいよね?」
「え? 私、足手纏いになっちゃうだろうからいいよ」
「ならないよ。それに、私一人だと多分一番にはなれない。だから挑戦したいっていう気持ちもあるんだ。どうかな?」
「確かに凛一人では今度の相手は《A級アイドル》で分が悪い。それに加えて黒井プロからは《大陸フェスタ》での《トップアイドル》が出場するからな」
「《season》じゃないの?」
男が凛に事のあらましを伝えると、彼女は眉を吊り上げた。
「凛ちゃん、良いんだよ? おかげでお兄と凛ちゃんと居られるし」
「でも、面白くないよ。ねえ、絶対に黒井プロに負けたくない。一生懸命頑張るからあたし達を勝たせて」
「ああ、任せろ」
三人の目が、それぞれを捉える。その目は、今すぐ駆け出して行きたいと語っていた。
残った二人は、蛇に睨まれた蛙状態だ。蛙である白井は、わずかに腰を浮かせ、追及をのらりくらりと躱しながら、どこかへ行くつもりのようだった。
一身で重荷を背負っていた赤鳥には、白井を責めるだけの資格はあるだろう。




