表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
√アイドル  作者: ことり
19/25

十九話・牧場

 ひび割れたコンクリートの壁に剥き出しの階段を、男は進む。

 重苦しい扉を前に、一度男の手は宙を掴み、それから改めて硬質の音を生む。

 返事は、なかった。

 男の胸に宿り始めた小さな火は、その程度で揺らぐものではなく、その場で目を閉じる。

 葉の落ちる音に枯葉が転がる音、それに混じって紙を捲る音が男の耳に届く。

 男の手がドアノブに伸びる。


「食事の時間はまだですかな?」

 白井の姿があった。彼は応接スペースと思われるソファーに腰掛け、手には束ねられた書類を持っている。

 男の入室と同時に紙を捲る音は止んでいた。つい先ほどまで雪奈を前にしていた男には、真実を捉えることは難しくなかった。

「何故、呆けた振りを?」

 白井は一度瞳を右側に向けると、目を閉じた。

「あまり、感心出来ませんな」

「空き巣の類の心配があった。それに、悪巧みをしておいて施錠していない側にも問題がある」

「ふむ、一理ありますな。賑やかな彼女たちに慣れきってしまっていましたかな」

 その顔に浮かぶ表情は、男の知らない色を湛えている。

「私は、事務所の《アイドル》たちに可能性を感じていました。ですが、私では彼女たちを輝かせてあげることが出来ませんでした」

 だから、彼女たちが移籍出来るだけの理由を作った。ということなのだろう。

「《城井プロダクション》の《牧場》」

「随分と、懐かしい響きです。そう呼ばれたこともありましたな」

《アイドル》を信じ、決して自分の物差しに従わせることなく《アイドル》を育てた《スタッフ》だ。その実績は5人もの《トップアイドル》を育てながらも、歴代最高の名スカウト《星拾い》のスカウトして来た多くの《アイドル》を潰してきたということで評価は低い。

「《牧場》は、《星拾い》に寄生するだけの最悪の《スタッフ》だと思っていた」

「間違いではないでしょう」

「今は、その言葉に首を縦には振れん」

 自分の物差しを完全に超えた《アイドル》を知った今だからこそ、男はそう口にした。

「無論、信じて何もしないということが正しいとも思えん。だから、俺を使ってくれ」

「《牧場》に《魔法使い》ですか、何ともミスマッチですな」

「なに、何なら《羊飼い》を自称するさ」

「お茶を、入れましょう。いい茶葉があります」

「赤鳥にばれたら叱られるぞ」

 老人は、肩を竦めながら移動する。

 5人分の茶を淹れるため、給湯室へ向かったのだろう。

 外から姦しい声が響く。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ