十八話・二人
「見ての通りよ」
自慢げに胸を張った雪奈の顔には、晴々としたものがあった。
男の視界で、その顔が歪む。
理由のわからない涙を隠す男の顔を、雪奈は両手で挟み、優しく額を合わせる。
「昔の私はこの程度のことにも気づけないほど視野が狭くなっていたのよ、バカみたいでしょう? そして、大事な人を二人も傷つけた」
力の入った男の拳を、雪奈の暖かな指が解く。
「だけど、そんな私を、私は許すわ。大事な人を傷つけた私を、私は許す」
男が思わず上げた顔は、幸いにして雪奈と接触することはなかった。しかし刺すような痛みが、心臓を襲う。
「全ては過去だもの。勝手なことを言う女だと蔑まれてもいい、あなたを失ってもいいわ。私は今この瞬間から未来に生きるの。そこにあなたが居ても居なくてもいいわ、あなたはどうするの?」
男が見上げた天井には、無数の灯りがあった。
「俺も、俺を許そう。勝手なことを言う、お前も許す。俺も、勝手なことを言っているだろうか?」
「そうかもしれないわね」
「なら、もう一つだけ勝手なことを言おう。一緒に、白井プロへ行かないか?」
雪奈は静かに首を横に振り、表情を一変させ、片頬を上げる。
「ここでやり残したことがあるのよ」
いつもの雪奈がそこにはいた。
だからか、男も普段の姿を思い出す。
「そうか……そこに俺の出る幕は――」
「――ないわ。シンデレラだって魔法が解けた後に幸せになったでしょう? 私には《魔法使い》はもういらないの。舞踏会はもう終わって、ガラスの靴も落としてきた。最も私は王子の従者がそれを届けに来る前に拾いに行くのだけれど」
「悲しいな。《S級》であっても、《魔法使い》と呼ばれようと、お前の力になれない、その事実がただ悲しいと思う」
雪奈は、そこで少し表情を曇らせると、また慈愛を浮かべる。
「バカね」
「お前と比べたら大抵の者が愚かだ。俺に限った話ではない」
「本当に、あなたはバカよ。それじゃ、そろそろ華奈を迎えに行ってくれるかしら? 睦月凛と二人同時に《プロデュース》するくらいあなたには訳ないでしょう?」
《ユニット》ならともかく無理を言うな。そう口に出そうになった言葉を押し込み、男は不敵に笑って見せる。
「任せろ」
男が改めて言った言葉は、みっともない自分を知りながらも、恥と取らないそれだった。そして男は三人で暮らしていた部屋を後にした。
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「もう待ちきれないんですけどぉ。あら? 何、泣いていたの? 捨てられちゃった? あはは、かわいそぉー。うふ、どうでもいいですけどぉ。《魔法使い》さんが居なくなっちゃったってことはあなたが私の《プロデューサー》なのかしら? 足、引っ張らないでねぇ。私は一度も挫折することなく《アイドルマスター》になるんだからぁ」
「それは無理な相談ね」
「えー、あなたじゃ荷が重いってことぉ?」
「馬鹿なのね、あなたは。憐れだわ」
「むっかー、何その口の利き方。私は《水無月》で《大陸フェスタ》制覇何ですけどぉ。立場弁えたら?」
「そうね、弁えましょう、お互いに」
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