十四話・《プレフェスタ》
《プレフェスタ》が始まる。国内のB級達が《フェスタ》の行われるスタジアムに集まり、A~Eまでの五つに分けられた会場で同時に《アイドライジング》を行うこのイベントは、国内で二番目に盛況するとあって開始三十分を前にして熱気に包まれていた。
「お客さん、集まりますかね~?」
「《協会》側は集まると判断しているようだ。そうでもなければ一組目にはしないだろう」
「そうなんですか?」
「慣例として《フェスタ》出場が決まりそうな《アイドル》は一組目と最終組に振り分けられる。ちなみにダークホース枠はだいたい中盤だ」
男の手元にあるプログラムによると華奈は一組目、凛は最終組だった。いくつか聞いた名前も、華奈よりも名の馳せた《アイドル》が同じ一組目なのも確認済みだ。
「華奈は《フェスタ》出場枠に残れますかね~」
「七番手、だろう。ダークホースが二人出たとしても上位十人の枠には入るはずだ」
雪奈は小さく頷きを繰り返すと、化粧台に乗っている華奈用の《ドレス》である《雪珠》へ視線を移す。男がそれに手を伸ばすと、小さく噴き出した。
「また《チューニング》するんですか?」
「他にすることがないからな」
今日だけで五度目の《チューニング》を男は施す。検査機に示された文字列や数列に問題がないことを再三に渡り確認すると、検査機を閉じた。
「問題無し! ですよね?」
からかうような顔を見せた雪奈に頷いて返すと、華奈がちょうど控室に戻ってきた。
「遅かったな、何か問題でもあったのか?」
「え、ううん。控室が個室なの初めてだから道に迷っちゃって」
すんなり戻れず慌てたのか、華奈は少し蒸気した顔で言う。
「本番前に一人にしてすまなかった。次からは俺も同行しよう」
「駄目ですよ《プロデューサー》さん、女の子のお花詰みに付いて行く何て」
「む、そうか」
本番を前に、実に緊張感のない会話だった。そしてそれは、会場スタッフが華奈を呼びに来るまで続いた。会場スタッフの案内に従い、華奈が移動を始めた所で、男は初めて異変に気付く。華奈を呼び止めると彼女は悪戯を咎められる子供のように身体を硬くする。
「大丈夫だ。行って来い」
自分の耳を信じられないのか、華奈は目を見開いていた。しかし、一転してはっきりと頷きを返し、控室を後にする。
「雪奈は気付いていたのか?」
「《プロデューサー》さんとほとんど同じタイミングです」
「舞台袖まで行って来る」
華奈のパフォーマンス時間約十分。決して目を離さない決意をして男は行く。
控室を後にし、会場入りした観客のざわめきが耳に入る。警備スタッフにパスを提示し、A会場の舞台袖に辿り着く。いつでも飛び出せるように意識しながら待機を始めた。
《プレフェスタ》一組目が始まる。
何の前振りもなく演奏が始まり、観客の声援が上がる。華奈に一斉にスポットライトが当たり始め、《雪珠》が輝く。華奈のダンスに合わせて《IL》の光が舞い散り、華を添える。そして歌が始まった。
やはり本調子ではない。ダンスでは時折膝が折れ、歌はいつもより音が伸びず、《雪珠》から放出される光も途切れ途切れだ。だが華奈は大汗を掻きながらも決して不調を顔に出さないよう笑顔を見せ続けた。
「頑張れ、華奈。後半分だ」
歌が終わり、後奏部分で華奈の見せ場がやってくる。激しく《ステージ》を打ち鳴らすようにブーツが運ばれ、高速で踊る。
やり切った。華奈の決めポーズと共に、曲が終わる。疲労と不調で荒い息を吐きながらも、司会から簡単な紹介を受けて、ファンへと一言述べた。そして、男の待つ舞台袖へと戻る。
足がもつれそうになりながらやってくる華奈を支えてやると、彼女は男の胸で涙を流す。
「ごめんなさい、ごめんなさい。お兄がせっかく完璧に送り出してくれたのに」
「いいステージだった」
「あんなにボロボロだったのに?」
「ボロボロ何かじゃなかった。今ある力を限界まで出し切った《アイドル》のステージがボロボロなものか」
男の柔らかな声に、華奈は落ち着きを取り戻したのか、意識を手放す。背負った彼女はしっかりとした重みがあり、それが男にとっては喜ばしい。そのまま医務室まで運ぶと、男は控室へと戻った。
「お帰りなさい。華奈は医務室ですか?」
「ああ。寝入ってしまった。本来なら帰宅したいところだが、結果を見届けなくてはならん」
「私が見ておきますよ?」
「いや、凛のステージも見ておきたい」
「そうですか。大変ですね、離れた《アイドル》を二人も面倒見て」
「自分で決めたことだ。何の負担にもならん」
視線を感じ、その先を追うと雪奈の静かな瞳に当たった。
「《プロデューサー》さんは優しいですよね」
真意を図りかねるその言葉に、無言でいると、雪奈は言う。
「《アイドル》を自分の思い通りにさせようとはしないじゃないですか。向こうで華奈に付いていたスタッフさんたちは自分の価値観に絶対の重きを置いていましたよ?」
「自分を信じていないだけだ」
「現役の《S級プロデューサー》は世界で《プロデューサー》さんただ一人なのにですか?」
「たまたま最初に着いた天才のお零れだ。実際他の専任《S級》の奴らは俺とは比べ物にならないほどの最高の仕事をしてみせる。してはならない失敗をした俺とは違う」
「……そう、ですか。でも私たちはあなたに会えて良かったです」
果たしてそれは記憶を失う以前の雪奈でもそう言えただろうか。男はそう考えた。
「のびのびと華奈を成長させてくれて、折れてしまいそうなほど強がっていたあの子の強がりを取り除いてくれて、私も、そんなあの子を見られて幸せに思います」
「急にどうした?」
「いいえ、何でも。ただ、お礼を言いたくなっただけです」
そうか。男は短くそう言った。かゆい所に手が届かない。何か見逃してはならない物を見逃してしまっている。そう感じながらもその正体を掴めない。
「そろそろ凛さんの出番ですよ」
雪奈の促しに、控室に備え付けられたモニタへ視線を向けることで答える。凛の前の演者がちょうど退場したところだった。
凛が《ステージ》に登場する。黒いワンピースドレスに《凛音》の水色が映え、青い光のスポットライトがまたそれを引き立てた。雪奈に劣らず美しい肌も、顔立ちも引き締まり、それだけで観客の《ボルテージ》が上昇するのを感じる。
「綺麗な子ですよね。少し嫉妬してしまいます」
その発言は間違いなく《ステージ》に立つのが雪奈で、観客が凛だとしたら凛が口にするだろう発言のはずだった。
「お前は、《アイドル》にはならないのか?」
戻らないのか? とは言えなかった。
「そうですね、今であれば華奈も笑って送り出してくれますかね~。その時は《プロデューサー》さん《ドレス》作って下さいますか?」
「いつでも言え」
いつでも手渡すつもりでいる。言いはしないが背広には今も《スノウドロップ》がある。
モニタの中で、凛の歌が始まった。映った観客席が青の光で埋め尽くされ、とても美しい。青の光はゆっくりと左右に振られているが、観客の《ボルテージ》は加速度的に上昇しているに違いなかった。
凛の《IL》が《ステージ》外の控室まで影響を与えることはない。しかし彼女の歌声が、所作が高い《パフォーマンス》を示す。《B級》で彼女に匹敵しうる者はなかった。
圧倒的な《パフォーマンス》力で会場の空気を掌握した凛は《プレフェスタ》を制覇し、《フェスタ》出場権獲得者十人目で華奈の名前は挙がった。その翌日、男と華奈は黒井の部屋に呼び出された。




