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√アイドル  作者: ことり
12/25

十二投目

 水族館はそれらしい装飾で一杯だった。建物は海や川などをイメージした色使いに、ペンギンなどの、施設が保有しているのだろう動物たちのイラストが張り付けられている。平日だからか人はまばらで、車椅子に乗った雪奈へ好奇の目を向ける者はいなかった。

「地元には海がなかったから楽しみです」

「そう言えばそうだったな」

 そして、海のある国へ赴いた時も海を見せたことなどなかったことに思い当たる。それどころか《スノウ》時代の雪奈に休みを与えた覚えもなく、やはり事故の原因は蓄積された疲労だったのではないだろうかと一瞬頭を過った。

「行きましょう?」

 顔に陰りでも浮かんでいたのだろうか、雪奈はわずかに揺れる瞳で上目遣いになっていた。

「すまない、行こう」

「ほらほらお兄、まずは小さな魚コーナーだよ!」

 入口に近いからか派手さはなく、薄暗い空間に淡い照明の当たる水槽が壁に埋め込まれたように無数に並んでいる。ヒレが虹色に見える魚や、色調豊かな体色を持つ魚群に、姉妹は珍しい物を見るように目を輝かせていた。

 クラゲコーナーと銘打たれたエリアでは雪奈がクラゲを気に入ったのか、長く見つめ続けていた。淡く発光するようなクラゲは不思議な挙動で蠢く。

「本日は、当館へお越しくださいましてありがとうございます。本日は、イベントコーナーにて《アイドル》とイルカの触れ合いショーを予定しております。ご興味ございますお客様はぜひご来場ください」

「《アイドル》と触れ合う&イルカと触れ合うのかな?」

 今一つ要領を得ないアナウンスに華奈が首を捻る。

「《テイマー》の真似事でもするのだろう」

「《テイマー》?」

「昔居た《アイドル》の二つ名だ。動物と意思疎通が出来る《IL》を持っていた。《ステージ》では実物を引き連れる訳にもいかず《IL》で象った動物を使ってパフォーマンスをしていたがな」

 感心したのか、マヌケな声を上げる華奈に、男は言う。

「席を取りに行くか?」

 華奈がクラゲに魅了されている雪奈を一瞥すると、すぐに雪奈は気付く。

「私はいいですよ。行きますか~」

 触れ合い広場、大型動物の展示に姉妹は目を奪われながらも、後回しにする提案を男がするとすんなり了解した。イベント広場に到着すると幸いまだ席に余裕があり、イベントの詳細が掛かれた看板を苦も無く目に入れられる。

「あ……そうだ、謝らないとなあ」

 ゲストの〝睦月凛〟の名を見つけ、華奈が呟く。男の予想通りイルカと《IL》を通じて芸をするイベントのようだ。

「控室へ行って来る。お前たちはここで待っていてくれ」

 男がイベント広場にいた館内スタッフに《ライセンス》を提示し、凛の控室へ向かうと、その後ろを姉妹は付いてきていた。知らない仲ではないと思う気持ちも遠慮させようかとも思いもしたが、結局男は何も言うことはなかった。

 スタッフの先導で、控室が開かれると、凛が一人青ざめて立ち尽くしているのを確認した。

「仕事を取って来たのは赤鳥か?」

「ううん、《イベントプランナー》さんが依頼して来た仕事」

「黒井の手の者だろう。いいか、《テイマー》の《IL》とお前の《IL》は系統が違う。《凛音》と《テイマー》の使っていた《ドレス》とでは《回路》の目的も大幅に異なる。この状態で《テイマー》同様の《IL》を発現出来るとしたら――」

《スノウ》位だ。そう続きそうになった言葉を何とか飲み込む。不安と期待に揺れる凛の瞳を受け、男も解決の策を模索する中、落ち着き払った声で雪奈が言う。

「華奈、一度凛さんと一緒にイルカと話をしてみたらどうかな? 凛さんももう一度試してみましょうよ」

 凛と華奈が一瞬見合い、華奈は頭を深く下げた。

「先日は、どうも、お見苦しいところを……ごめんなさい。お兄とは仲直りしましたので……」

 言ってから居たたまれなくなったのか、華奈は男の背へと回り、そこに額を着けた。

「あたしは何もされてないし……これからもよろしくね、《小雪》さん」

「華奈、でいい」

 並んで移動を開始した二人の背中を見送りながらも、男の思考は止まらない。《凛音》の《チューニング》は間に合わない。華奈の《IL》では《凛音》は動かないし万一動いたとしても、凛よりも《IL》能力に劣る彼女が《テイマー》の真似事を出来るとは思えない。

 何とか《簡易ドレス》を組み合わせて何か出来ないかと思い当たり、男が館内スタッフの姿を求めてイベント場へ辿り着くとそこには、イルカとの意思疎通を成功させている凛の姿があった。

 凛の首元にある《凛音》は淡く発光し、《ステージ》外でも《ドレス》が機能するよう男が付け加えた《ステージコア》も利用されていることがわかる明かりも確認出来た。

 イルカは凛の身振りや餌を必要とすることなくヒレを叩き合わせたり跳んだりして見せている。それは明らかに会話の賜物だという事がわかる。

「どんな魔法を使った?」

「え? えっと、最初はやっぱり出来なくて、華奈も試したんだけど《凛音》動かなくて。あ、ごめんなさい。《ドレス》の貸し借りはする物じゃないって言われてたのに」

「それは、そうだが。今それはいい。それでその後どうした?」

「もう一回試したら、何か、坂東さん――このイルカね、の声? みたいなのが聴こえた気がして、頭の中でそれに答えてたら坂東さんがお願い聞いてくれたの」

「イベントが終わったら二三日《凛音》を借りても問題ないか?」

「うん、二三日なら。でもどうして?」

 答える言葉を男は持たなかった。頭の中では《凛音》の回路と凛の《IL》データが繰り返し思い起こされている。どれだけ考えても、求めた答えは浮かばなかった。


 夜も更けたが、男は依然として《ドレスメーカー》を前に頭を抱えていた。目前に広げられたどの資料に目を通しても探し求めた事実は記されていない。用いられる全てを費やしてなお判明しない出来事は、男の焦りを生む。今回は利益を生んだ謎がいつ牙を向くか、強く恐れた。

 静かに、黒井芸能プロダクション五十階研究室の扉が開かれる。もしも寝ていたら全く気付くことはなかっただろう慎重さで開かれたそこから姿を現したのは華奈だった。男の傍まで寄ってくると、肩に顎を乗せ、言う。

「お兄、まだ起きてるの?」

「ああ。今日の謎が解けるまでは寝られん」

「凛ちゃんが《精神感応》使えたってやつ? 凛ちゃんの《IL》が成長したってことじゃないの? 少し、羨ましいよ。私はまだ《ドレス》を動かすことすら出来ないのに」

 声の調子を落とした華奈の頭に、男は頭を合わせる。慰めの言葉を男は持たない、嘘は吐かないと決めている。だから、男はただ頭を合わせ、華奈の仮定に言葉を返す。

「凛の《IL》は、歌と合わせることでファンの感情を喚起することが出来る《IL》だ。自分の感情を伝えようとするなら自分の《IL》の質を変化させるほどの《IL》操作能力を持つかそういった系統の《ドレス》が必要になる」

「《凛音》は? お兄が作ったんだから何か仕掛け、あるんじゃないの?」

「《スノウドロップ》と同じく《ステージ》外でも《IL》を使えるようにする《核》、それとは別に《IL》量増幅程度だ。《凛音》が要因とはならん」

「そっか。お兄、今日はもう休も? ゆっくり休んでからの方が進展あるかもよ?」

「悠長に事を構え、それが元で事故を起こす訳にはいかない」

 二度とあんな思いはたくさんだ。歯を食いしばったのが伝わったのか華奈は男から離れる。

「気づいたらまた居なくなってるの、やだよ? 無理して、死んじゃったりしちゃ、やだ」

 視界に捉えた華奈の瞳には涙が浮かびそうだった。

「お姉が事故に遭ったの、誰も悪くない。私が、勘違いだったけど、怒っていたのは、お兄がいなくなったからだから」

「すまない」

「うん。私も勘違いで恨んで、酷いことしたり言ったりしてごめんなさい」

 無理もないことだ。そう言おうとして開いた口は華奈の指で遮られた。

「私は焦って勘違いをもう二度としない。だからお兄は、焦って自分の身体を傷つけないで」

「わかった」

 男は《ドレスメーカー》の電源を落とすと、華奈と二人居住区へと戻る。それぞれの寝室へと別れ、スプリングの利いたベッドに横たわり、高い天井を見上げている内に、寝付いた。

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