アポトーシス -終末世界の観測者-
「この世界は滅びます」
ずいぶんとまあ、簡単に言ってくれる。
「はじめから、一時しのぎのために作られた補助機関にすぎぬのですから、当然の末路ですね」
ずいぶんとまあ、勝手に語ってくれる。
「あなたも薄っぺらい愛着など捨てておしまいなさい」
「だれが頼んだ?」
鼻で笑いとばす。
「なぁ、だれが頼んだよ? 胸糞わりぃ。お前さんらの高尚な理想なんざ知ったこっちゃぁねぇし、まして俺の心情を勝手に推し量んじゃねぇ。これだから頭のカテぇ糞餓鬼どもは」
エリートコース真っ只中の少年事務官は、いやそうに眉をひそめた。
「……7日後、世界は滅びます。あなたの心情など、無関係に」
「ああ、そうだろうよ。ハッキリ言えるじゃねぇの、最初からそう言え」
「覚えていらっしゃるようなら結構。まったく、アドミンはなぜ、このような大役を犯罪者あがりのならず者に」
最初から、そういう約束だった。
死にゆく世界を生かし、ただしく滅びをもたらすために、俺はここにいるのだから。
はじめから俺は知っていた。
「……ああ」
この星空間が滅ぶことを、俺だけは、知っていた。
――天隙から見下ろす世界は、まだ、生きていた。
*
「……あ?」
「もういちど言おう。――世界の滅びを守ってほしい」
へらりとも笑わずに、そいつは言った。
「救世の英雄になれ、とかいうのは勘弁しろよ。そういうのはこりごりだ」
「安心していい。救えとは言わない。むしろ、あやまりのないように滅ぼしてもらいたいのだ」
「どこに安心する要素があんだよ」
「なに、たいした仕事ではない。ひとつの星空間の誕生から滅亡までを、見守ってほしいというだけだ」
「おい」
「星空間の内部に入ってもかまわないが、あそこの時流は特殊だからな、かなり手間が増えることになる。オススメはしないが、たまには己の目で見て、手で触れて、滅びゆく世界を感じてみるのもいいだろう」
「おい、ちょっと待てよ」
「その場合、星空間中では、過剰な負荷による障害の発生を避けるために記憶と知識の一部を制限させてもらうことになるが――」
「待てっつってんだろうが、アドミン!」
「……なんだ?」
無表情のまま首をかしげたアドミンは、幼さを感じさせる丸い瞳を、パチリとまたたかせた。
「なに勝手に話を進めてやがる。俺はやるともやらねぇとも言ってねぇぞ」
「はじめからきみに意思をたずねた覚えはない。そも、選択肢を与えた覚えもない」
「あぁ?」
「きみがここに招かれ、存在を認められた時点で、――あるいは、その遥か昔から、すべては定められていたのだよ」
鉄面皮の気持ちわるい餓鬼が、ニコリと笑う。
「Good Luck.――また、終わりに会おう」
左右対称、きっちり15度上がった口角は、やはり気持ちわるかった。
*
うとうととまどろんでいた。
ふと目が冴えて、身体を起こした。
「最悪な夢見だな」
辺境の星空間に派遣されて以来、たずね人もないまま退屈をもてあましてきた。俺をたずねるような生き物たちは、まるきりちがう次元に存在しているのだから、あたりまえだが。
それも、もう、終わるのか。
すっかり習慣づいたくせで、天隙から世界を見下ろす。いつもどおり慌ただしく、なにが楽しいのかもわからない生活を送る米粒のような生き物たちを、見下ろす。
なぁ、お前たち。
明日にはこの世界、終わるんだってよ。
俺もお前らも、解放されるんだってよ。
くそったれだよな。
*
「ああ、……そうか」
そこで気まぐれを起こした。
見下ろすばかりで、けっきょく一度も入ったことのなかった星空間とやらに、最後の一日だけ身を投じてみることにしたのだ。
「そういう、ことか」
頭に乗せられた王冠の重みに、背にかけられた羽織の温もりに、そして腰にたずさえられた剣の冷たさに。
頬がひきつる。
ああくそ、そういうことかよ。
「話がちげぇじゃねぇか、クソ餓鬼」
救世の英雄なんてもんは、こりごりだっつったのに。
*
俺は知っている。
俺だけは知っている。
この戦いに勝利などない。
争うべき敵など、どこにもいない。
この異変は止まらない。
それでもやはり、請い願う声を聞いてしまうと、なにか為さずにはいられなくなる。職業病を通りこした、いっそ業ってやつだろう。
「王」
「我が君」
「英傑王」
勝手な符号で俺を呼ぶな。
俺はただの派遣社員だ。
この星空間を見守れと命じられただけで、この星空間を救えとも滅せよとも言われちゃいねぇ。
思いだしてしまえば、なんとも白々しい。それでも舞台から降りられないのは、――やっぱ『業』ってもんなのかね。
*
『外』の一日が、星空間内でどれだけの時になるのか、俺はしらない。
しかしまぁ、俺が俺を思い出しちまった以上、滅びはくるんだろう。なにが、感じてみるのもいい、だ。ふざんじゃねぇよ。悪趣味にもほどがある。
終わりの影はどこにもない。
噴き出すマグマが大地を焼く?
異常繁殖した獣が共食いを始める?
まさか。
地面も空も割れちゃいない。
獣たちは大人しいもんだし、水面は静かに凪いだまま。
それは、まだ静かに眠っている。
時がくれば、一瞬でわかる。
またたく間に世界は収縮し、崩落し、跡形もなく消え去る。
知っているのに、なぜ俺は、まだ星空間のなかにいるのだろう。
そもそも出方を知らねぇ。などと、わざとらしくうそぶきながら、いますぐ投げ捨ててしまいたい王冠を、おとなしく頭頂に座らせているのは、……ああ、まったく。
くそったれ。
*
「王よ、なにをなさっているのです?」
「探しもん」
「そのような旅装束で、どちらまで?」
「さぁな。地底か海底か空の上か」
この星の核とやらが眠るのは、はたして何処だろうか。
まちつづけるのにも飽きたから、こちらから探しに出てやろうかとでも思っただけだ。さっさと『外』にもどっちまえば、飽きたもなにも一瞬で終わっちまうのに。
先触れもなく、フッとある景色が浮かぶ。
秘境の深部、崩れかけた洞窟の奥深く。
この星空間の人間はだれもしらない場所だが、『外』からなんどか俺は見ていた。ため息が漏れる。まったく、どこまで深い業なんだか。
「王?」
「どこにもねぇならそれでよかったんだが、……あいにくと、思い出しちまった」
胸糞悪くてたまらない。
*
「きみは、よほど救世が好きなようだ」
「アドミン……」
「おや、僕がいるのが、そんなに意外かね? 終わりに会おうと言ったじゃないか」
すべては、定められているのだよ。
左右15度。また気持ちのわるい笑みを浮かべて、アドミンが言う。
「とはいえ、これは現し身だが。僕には定まった実体がないから、どこにどれだけでもいられるんだよ。きみのような流人を監視するには、そうでもなければ」
やれやれと肩をすくめる少女は、鮮やかに色を変える『玉』を抱いていた。ちいさな腕に包まれた七色の光が、まるで生物のようにうごめいている。
「それか?」
「星核のことを言っているのなら、まさしくそうだ」
これが欲しいのかね? とアドミンは首を傾げる。
「きみは、ほんとうに懲りないな。救世の罪に問われて矯正労働させられているというのに、まだくりかえすのか? 困るなぁ。そろそろ僕も、きみの廃棄を検討しなくてはならなくなる」
「星核を離せ」
「やれやれ。あいかわらず、きみは危険思想が過ぎる」
「好きでやってんじゃねぇよ。業だ、業。気にくわねぇならさっさと消し飛ばしやがれ」
「しかし、これでも僕はきみを気に入っていてね。我ながら『星流し』は甘い処断だったとは思うが、――さて、存分に殺気をあじわったところで、その剣を下げてもらいたいのだが」
鋭い切っ先を首に当てられてもなお、アドミンは飄々と笑っていた。
「わるいが僕にも立場があるんだよ。もうまもなく、この星空間は崩壊をはじめる。星核の自壊をもって、終末の火蓋が切られる。……きみの考えていることはだいたいわかるよ。だがなぁ、仮に星核を手にしたところで、滅びは止まらないんだよ。あらかじめ定められた終わり――自死の起動をどうにかして妨げたとしよう。星核が損なわれれば、星空間は存続不能になる。どのみち間を開けずに機能停止するわけであって、むしろ正しい滅びに失敗した分だけ、周辺の星空間までも巻き込んだ凄惨かつ傍迷惑な末路をたどるだろう。それどころか、もっと広範囲に悪影響をおよぼしかねない愚行だ。とても看過できるものではない。――『救世』などという言葉は欺瞞に満ちている。ものごとはただしく認識すべきだ。綺麗な響きの言葉ではなく、もっとはっきりと、テロ行為とでも断じてしまえばよいものを。そう思わないか?」
つらつらと並べたてまつられる『事実』など、一度目のときに思い知っている。いまさら、感じるものもない。
「ご高説いたみいるな」
「……剣を、引く気はないようだね」
「特級思想犯に説法するなんざ、あんたも暇だな」
「いちおう確認しておくが、きみ、僕の立場はわかってるんだろうね」
「管理者、だろ? はっ、こそこそ嗅ぎまわってた監察官が、ずいぶんと出世したものだなぁ」
「はて、……嗅ぎまわる?」
なんのことだろうか、と、白々しくつぶやいた管理者は、しばし黙考してから、はたと目を開いた。
「ああ。そうか、きみは、僕と面識があったのだな?」
そう言って、ひとりで勝手にうなずいている。
「長年の疑問が晴れた。そうか、それで。……ふむ、深層意識が遺ってしまっているというのは、厄介だ。初期化が失敗したんだろうね。警告は出ていなかったから、すっかり見落としていた。この端末の廃棄まで含めて検討すべきだろうか――」
「いいから星核を渡せっつってんだよ!」
アドミンの胸のなか、子どもの両腕がまわるほどの球体が、虹色の輝きを散らしだす。
星核が、起動する。
……いつかみたような光景に、めまいがした。
*
「この世界は滅びます」
ずいぶんとまあ、簡単に言ってくれる。
「うち滅ぼすべき敵などいない。この異変を止める術などない。はじめから、そういう定めだったんです」
ずいぶんとまあ、勝手に語ってくれる。
「退いて。――きみを犯罪者にはしたくない」
ずいぶんと、勝手に。
*
天変地異の原因を探るために国を出た。
託宣を受けた幼馴染を守るために、すぐさま同行者に名乗りを上げた。しかし幼馴染には拒絶され、面会も叶わぬまま『年端もいかぬ少年には任せられぬ』と切り捨てられる。
ところが、王家お抱えの預言者から『その者、救世の使徒となろう』との宣告を受けて、状況が一変した。
世界なんざどうなったって構わなかったが、厳しい旅路に挑もうとする幼馴染に同行できるならと、しれっと口裏を合わせることにする。
幼馴染は嫌な顔をした。
なんども国へ帰れと言いながら、自分は戻らないと譲らない。
意地でも連れ帰ってやると腹を決める。
果てにつくまでに、数え切れない妨害を受けた。目的地もルートも知らせていないはずなのに、なにやら勘違いをしているらしい周辺国から絶え間なく刺客が送られてくる。子どもと舐められてか俺は狙われず、他の護衛役ばかりが命を落とした。
目的地につくころには、俺と幼馴染のふたりきりになっていた。いつしか、ぱたりと襲撃が止んでいた。辺境の地ゆえかと思っていたが、最後の最後に俺を帰そうと躍起になった幼馴染を見て、ふいに真実に気づく。
お前がやったのか、と問えば、ええそうですよ、とすべてを認めた。
どうしてやった、と問えば、そういう定めですから、と寂しげに微笑んだ。
*
そのときも、幼馴染は、おなじように微笑んでいた。
「きみを犯罪者にはしたくない」
俺の心情を、勝手に決めつけんじゃねぇよ。
めまぐるしく色を変えだした球体から、むりやり幼馴染を引きはがした。世界が揺れる。感覚が狂う。年に似合わない幼げな容姿の少女が、その丸い目をみひらく。
ああ。くそ。
大義名分を掲げながら、こんな辺境まではるばるやってきたのは、こんなくだらない終わりのためだって?
世界のため、なんざくそくらえ。
ぶっ壊れちまえと願った。ヒビ割れかけた球体に、致命的な刺突を加えた。どんな結果を招くとも知らずに。――気づけばすべてをうしなった。
世界の亡骸を、ぼうぜんと見下ろして。
奇跡的に『外』へ弾き飛ばされて、たまたま環境に適合してしまった俺は、幼馴染にもおなじだけの奇跡を願って、宛てもなくさまよいつづけた。
――そして、幼馴染の正体を知った。
*
「きみが、『壊死』の引き金となり、生き残ってしまった思想犯か」
あいつは、そんな言葉で話さない。
「哀れなものだな、テロリスト」
あいつは、そんな表情で笑わない。
「あるいは英雄とでも呼ぼうか? おめでとう、きみは救世に成功したよ。甚大な被害をおよぼして、きみの星空間は存続した。形だけだがね」
けれど、そう言って拍手を打つ童顔の少女は――どうしようもなく、幼馴染だった。
*
「きみの適合能力は、捨てるには惜しい資質だ。そこで提案があるのだが、僕の手足になってはくれまいか」
鉄面皮の餓鬼の頼みを、――頼みという皮をかぶった命令を、断る道はなかった。
故郷とおなじような定めを負った『星空間』とやらは、無数にあるらしい。まったくちがう定めを負った星空間も、もちろん無数に存在していて、そのすべては密接に関係しあっている。
全体のためには、ときに個を切り捨てねばならない。
はじめから、切り捨てられるために生まれた個もある。
管理者としての視点で語られる正論は、とても納得のいくものではなかったが、使いっ走りにすぎない俺が理解する必要もない。納得しようがしまいが、俺に選択肢はなかった。居場所も、目的も、なかった。
思想犯と言われるならば、そうなのだろう。
いまだに俺は、救世のどこが誤りだったのか理解していないのだから。
*
幼馴染は『監察官』だったという。その役目は、『管理者』の補佐。世界が正しい機能を持ちつづけるように、正しく存在しつづけるように、見届け、ときに変更を加える――手伝いをする。
どうやら損傷していたらしい故郷の星核が正常に起動しない可能性を危惧して、幼馴染は星空間のなかに入って、直接干渉を試みた。
とどのつまり、俺の隣家に生まれたのも、旅に出たのも、すべては監察官としての役割の一環であって、幼馴染は、己の役目をまっとうするために自死を完遂させようとしていた。
そして俺が、すべてをぶち壊した。
*
「冗談じゃねぇ」
目が眩むほどの輝きのなかで、アドミンの腕をつかみあげる。さしたる抵抗もなく、あのときからまるで成長していない童顔が、ふしぎそうに見上げてくる。
無垢な表情に、苦笑する。罪悪感は湧いてこない。
俺は、昔から、幼馴染の希望を踏みにじってきた。
ささいな願いすらも叶えずに我を張り通し、その度に、しかたないねと笑われてきた。
自死は失敗させ、特級思想犯に指定され、正直言って、ぜんぶいまさらだ。
「出ろ、アドミン」
「僕には星の終わりを見届ける義務が」
「管理者に言ってんじゃねぇよ、クソ餓鬼」
あのとき、ギリギリで、アドミンは俺を引きはがした。散逸する星核を身を呈してつなぎとめ、星空間外に俺を弾き飛ばしながら、たったひとりで膨張する故郷の破裂を押しとどめたのだ。
星核を喪った星空間は、一瞬で死んだ。
本来ならば収縮し、きれいさっぱり跡形もなく――送り込まれた『監査官』もろとも――消え去るはずの全体像を、そこに遺したまま。死に絶えた。
そうして被害を最小限に押しとどめた功績を買われて、幼馴染は管理者に――その『端末』に、昇格した。
俺の知るアドミンは、抜け殻だけを遺して消えていた。
いまなお亡骸をさらす故郷と、おなじように。
「出てくれ……」
二度までお前をうしないたくない――。
声の震えを自覚しながら、少女のまま成長を止めた華奢な腕を引く。抵抗は、やはりなかった。
*
世界なんざどうでもよかった。
故郷ならばいざ知らず、馴染みもない星空間がどうなろうが知ったこっちゃなかった。
滅びが翌日にせまったとき、ふいに嫌な予感がした。
――あそこの時流は特殊だから。
管理者というものは、実のところ複数いる。管理権限を持っているやつらは、みな管理者と呼ばれるからだ。
監査官とは半分、端末とは完全に、管理者は意識を共有している。
それゆえに、簡単に切り捨てる。俺の故郷のときのように。特殊なケースがあれば、監察官や端末を送り込んで、最期まで職務をまっとうさせる。
――また、終わりに会おう。
「くそったれが」
つぶやいて、天隙に身を乗りだす。目を凝らしても、あいつらしき姿は見えない。米粒のような生き物たちを、ここから判別できるような視力は俺にはない。
だから飛び降りた。
核を手にする。あいつよりも先に。
――それだけを強く心に留めて、そのためならどんな手段でもとってやると、かたく誓いながら。滅びゆく星空間のなかへと、身を踊らせた。
*
この国には、古くから伝わる伝承がある。
人々は彼の勇姿を讃え、語り継いだ。
『英傑王の物語』と呼ばれる口話は、なんとも奇妙なものであった。
王都の片隅に生まれた少年は、生涯をかけて『探し物』を探しつづけた。
街道を荒らしていた盗賊をしりぞけて地方に出向き、眠れる古の竜を従えて秘境を暴き、国内の火種を武力ひとつで踏み消すと、世襲が絶えて久しい王位を継いで、とうとう周辺国にまで手を伸ばした。
そうして併合した国々は十を超え、彼は『英傑王』の称号を得た。少年王は、ありとあらゆる土地に出向き、尋ねつづけた。
探し物をしている。
なにを探しているのかはわからない。
なぜ探しているのかもわからない。
ただ、探し物をしている。
少年は青年になり、大人になり、それでも探しつづけた。
あるときを境に、異変が起きはじめた。
それはささいなもので、ひとつひとつならば気に留めることもない変化だった。
偶然か、あるいは必然か。天変地異と呼ぶには程遠く、しかし無数に積み重なるうちに、なにかがおかしい、と誰もが漠然とした不安に駆られはじめた。
王は、探し物をつづけながら、あちらこちらへ出向いて対応にあたったが、原因はしれぬままであった。
大陸全土にどことなく暗雲が立ち込めだしてから、数年が経った、あるとき。王は、ぱたりと探し物をやめた。探すべきものを思いだしたから、もう探さなくてもいい。そう語る王は、異変の原因を探ることもやめてしまい、おとなしく城にこもるようになった。
数年をあけて、王は、ようやく重い腰を上げた。
愛剣ひとつを携えて、また『探し物』にいくのだという。
引き止める声に耳も貸さず、たったひとりで城を飛びだした王が、どこへ向かったのか。知る者はいない。
――その年を境に、異変はパタリと止んだ。
学者たちは首をひねり、そろって調査に乗りだした。王の痕跡を追い、彼が遺した手記を見つける。
探し物を見つけた。
もうここに残る理由もないが、定めをゆがめた罪滅ぼしに、ひとつ書き遺しておこう。
この世界は滅びる。
今日か、明日か、十年先か、百年先か、あるいは気が遠くなるほど先のことかもわからないが、かならず滅びる。
それは避けることのできない末路であり、覆ることは決してない。ただし、そのなかで、どうしてもと我を通すのならば、覚悟を決めるがいい。
俺はそうしてすべてをうしない、ただひとつを手にした。
*
「のんきなものだな」
いつものように天隙から世界を覗いて、つぶやく。
『外』の時空で、およそ半年の猶予が、『中』でどれだけの期間になるのかわからない。時流が特殊、というのは、単に遅いというだけの話ではなくて、どうも回ったり戻ったりもしているようなのだ。
いつまでたっても生活水準が変わらねぇなとは思っていたが、そもそも時流がねじ曲がってるとは気づきもしなかった。
滅びるために創られた世界だから、まぁとうぜんいつかは滅びる。俺たちの感覚からすれば、あっという間に。
バトンを渡すはずの正式な星空間の準備が不十分だということが発覚したのは、星核のもとを離れてすぐだ。別の管理者が判断を下したらしい。
滅びたら滅びたで、新しいのを創るだけなんだが、まあ残っているのだからと管理者は簡単に再利用を決定した。
自死は停止。つかの間の猶予を得た世界は、今日も生きている。
「きみに頼みがある」
「アドミン……」
見慣れた鉄面皮が、ゆったりとした足取りで近づいてくる。
「つぎは邪魔しねぇよ。お前が出張らないかぎりな」
「その話をしにきたわけではない」
「あ? じゃあなんだ、つぎの星でも決まったか? 俺の刑期は、まだ残ってるんだろう」
「二度と犯罪者にならないでくれ」
一瞬、なにを言われたのかわからなくなる。
「たまたま都合よく作用した今回の働きで、のこりの刑期はチャラだそうだ」
「……お前」
左右15度。きっちりと両方の口角を上げて、アドミンは笑った。
「『英傑王』とはまた、村のガキ大将が出世したものだな――」
テロリストと謗られようとも、英雄と讃えられようとも、為した結果は変わらない。
幼馴染の使命を踏みにじり、願いに背き、故郷を殺し、挙句、罪人として裁かれた。おそらく俺につぎはないし、いつか管理者が不要と断じれば、そのときが俺の最期だろう。
おそらく正しくはなく、俺が積み重ねてきたものは、愚行と呼ばれるにふさわしい選択であったのだろうが、しかし。
「……うるせぇよ、馬鹿」
あいにくと俺の狂った天秤は、その罪にまみれた選択を、みじんも後悔させたことはない。