第3話 この世界って?
狩というのは、このゲームにおけるNPC狩りのことを指す。
基本このゲームは幾つも存在するサーバーのどれかに参戦し、不特定多数の人間との同時対戦を楽しむオンラインゲームだが、プレイヤーの中にはリアルタイムでのサバイバルシューティングを楽しみたいという声もあり、その為かこのようなゲームシステムも一応存在する。
しかし、皆普通のFPSをやりたがるのか、比較的広大なフィールドは、アリトの強化された視聴覚補正を持ってしても、人っ子一人見受けられなかった。
狩は主に盗賊やら異生物やら機械もどきなどを相手にするサバイバルで、敵を倒したりすれば、微々たる物だが経験値やアイテムなどもドロップする。
そのため、レアドロップ狙いで広大なフィールドを何十時間も彷徨うプレイヤーも時々現れる。
かく言うアリトも、ここでひたすら中ボスクラスのモブを狩り続けたことがあり。その成果として手に入れたのは、今のアリトの超近接戦闘スタイルを支えている要でもある"ブラッドナイフ"だった。
詰襟軍服とセクシーホットパンツは、お互いの現実世界であったこと、お互いの高校入学以降の話や、中学時代の昔話などをしながら、時折現れるモブを倒していくをひたすら繰り返していた。
そして太陽はいつの間にかその姿を広大な砂漠(ゴビ砂漠のような質感)の地平線に沈めかけていた。
そんな中アリトは、ミユキの射撃支援を背後に通算何十体目かのキルを達成しようとしていた。
「ガァァッ!!」
奇怪な気勢を上げながら、アリトに腕と一体化した銃口を向けてくるエネミーは、これといった表面装甲すらも持ち合わせていない人型ロボだった。
「シッ!」
その照準から逸れるため、アリトは最小限の動作で左に避け、かつ一瞬で間合いを詰める。そしてロボの懐へ滑り込むように飛び込み、そのまま後ろへと回り込む。
瞬間、ロボの機銃も金切り声を上げながら無数の弾丸をばら撒いた。
しかし照準していた場所に当然のごとくアリトは居らず、ロボは後ろに回りこんだアリトに銃口を向け直すように上半身だけを回転させ始めた。
――遅すぎる……!
そして、その瞬間には勝負は決していた。
アリトはロボの上半身が回転を始めた時には、既にナイフを構え、首筋目掛けて突き立てようとしていた。
「セァッ!」
鋭い気勢と共に突き立てたナイフからは、金属同士が擦れる鈍い音を発し、その首筋からは、まるで血液が噴出するかのように電気をスパークさせていた。
「ガギ……ッガ!」
アリトは突き立てたナイフをそのまま水平に薙ぎ、ロボはノイズのかかった機械的な断末魔をあげながら、動力が停止したのかまるで糸の切れたマリオネットの如くぐったりとして動かなくなった。
辺りは先ほどまでとは打って変わって静寂が支配した。
「っと! これで最後か?」
ナイフキルをするため後ろから密着していたアリトは、動かなくなったロボットを突き飛ばし、暗くなりかけた辺りを見回して、既に敵のスポーンイベントが終了したことを確認する。周りには鉄と油の屍がいたるところに転がっていた。
「うん、もう大丈夫みたい。危なかったね、まさか新イベントが実装されてたなんて」
「お前、自分から誘っといてこれは無いだろ……」
アリトのいる場所から1km離れた岩山の上で、インカム越しにそんな呑気な事を言うミユキにアリトは少々毒づいた。そして、辺りの宵闇を見てふと気がついた。
――そろそろ帰ったほうが良いな……。
現実時間では既に夜の12時を回っている頃の筈で、明日のことを考えるとそろそろログアウトした方が身のためだ。そんなことを頭の片隅で考えながら、アリトはミユキのいる岩山に向かって歩きだした。
「それにしても、やっぱり強いよねリッちゃんってさ」
荒れた土塊を踏み固めながらアリトが歩いていると、機械的エフェクトの掛かるインカム越しでミユキがそんなことを言い出した。
「突然なんだよ、お前だって強いだろ? 俺、お前に狙われたら生き残れる自身無いぞ」
冗談ではなく本気でそう思った。ミユキの必殺の一撃は、最前線で常に動き回っているアリトにも痛いほど伝わっているからだ。このゲームをやっていて、ミユキほど敵に回して恐ろしいものは無いと言い切れる自信がアリトにはあった。
「あはは、そりゃそうだよ。あたしは外さない、どんな獲物もね」
苦笑混じりにそう言うミユキが何を思ってそんなことを言ったのか、アリトには想像する術は無かった。
「あたしが言いたいのはそうゆうことじゃなくて、……仮想でも現実でも強くあれるリッちゃんって凄いよねってこと」
「強く……って。何のことだよ……」
到底自分には似合わないだろうと思える単語に歯がゆい気分になりながら、ミユキにその意味を尋ねた。
「リッちゃんは強いよ。どんな人でも、心の奥底では"この世界"に思うことはあると思う。でも、皆知らん振りするの。そうでしょ、だって普通の人だったら、そんなことまともに考えたら、色々と意味が分かんなくなっちゃうもん。だから、リッちゃんほどそれに真っ向からぶつかっていけるのは凄いと思う」
「…………俺には……」
――分かんねぇよ。
突然切り出された予想外の話に戸惑いながらも、アリトは僅かな間の後にそう言おうとし。
「……そんなことよりさ、こっやってリッちゃんとコンビでプレイするのいつ以来だっけ?」
「え?」
「いつも皆とばっかつるんでるから、結局前後衛分かれちゃうもんね」
「お、おぉ……」
突然話が切り替わり、アリトは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、しどろもどろにそう言った。
「たまには前衛にも出てみようかな……。その時はセミオートにでも変更して戦えるようにしとこうかな」
――一体何なんだよ……。まぁ昔からこんな奴ではあったが……。
などとミユキが前衛戦闘の考察をしている間、アリトは本日何度目かの溜息をついた。
そこで当初ミユキに言おうとしていたことを思い出し、アリトは少し大きな声色でそのことを告げた。
「おーいミユキ、それよりもそろそろ帰ったほうが良いんじゃないか?」
その言葉でミユキは、もう殆ど沈みかけの太陽を見て叫んだ。
「あっ! もうかなりお日様沈んじゃったね。そろそろ帰ったほうが良いかな」
「あぁ、あっちじゃ多分もう夜の12時だぜ?」
「よい子は寝んねの時間だぜぇ? ってことだね」
「ふっ、なんだよそれ」
そんな言葉を交わしながら、アリトはようやくミユキの座る小さな岩山をくっきり捉え、ミユキも岩山から滑り下りこっちに向かって歩いてくる。
その後はもと着た道を軍用バイクでひた走り、地方都市にある帰還ポイントでそれぞれのリアルへと帰還するだけだ。
バイクに乗ってる間、アリトもミユキもこれといって何か喋ることは無く、ミユキはタンデムシートに跨り、アリトの腹に腕を回して抱えているだけだった。
空はどこまでも果てしなく黒くなり、道の先にある町だけが生活感の溢れる光で煌々と輝いて見えた。
バイクに30分ほど揺られ町に着いた二人は、そのまま町の中心部へと行き、教会の内部に設けられた帰還ポイントの前へとたどり着いた。
アリトは斜め後ろを歩くミユキに振り向き。
「それじゃあまた今度なミユキ。次はクランホームで」
「うん、また今度」
そう言ってアリトは、現実世界に帰還すべく、ゆらゆらと巨大な光の渦が揺れる帰還ポイントに足を踏み入れようとした。その時。
「ねぇリッちゃん……」
か細い声で呼び止められ、アリトは光の渦に向かって出していた足を戻しもう一度ミユキに振り返った。
「ん? どうした」
首を傾げながら、その先に続く返事を待った。だが、ミユキは。
「……いや……何でもないよ。うんまた今度ね」
少しの沈黙を経てそう言った。
アリトはいつもと少し違うミユキに妙な違和感を感じたが、先立つ疲労感がその思考を頭の隅へと追いやった。
「そうか、じゃあな」
そう一言だけ告げてから、アリトは今度こそ帰還ポイントに入り、同時にミユキもリアルへと離脱するべく光の渦に飛び込んできた。
その横顔には既にいつもと変わらない勝気な笑顔が戻っていた。