第23話 日常のパラレルワールド
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「それじゃあ皆さん、これからも予選通過目指して頑張っていこう! というわけで」
あまりクランマスターらしくない、どこか虚勢を張った物腰でアリトは解散の掛け声をかけた。
それに合わせて、周りにいた他のクランメンバーも「うーい」だの「ほーい」だの、むしろマスターよりも気合の入った声で「おっしゃあ!」などの返事を返してくる。
今アリトがいる場所は、周りを石レンガで囲まれたこじんまりとした地下バーのような場所だ。全体的に薄暗い雰囲気にオレンジ色の照明がぼんやりと輝いていて、その中心に置かれた特大テーブルを挟んでクラメン全員が集まっている。
そしてたった今、三日前にミユキが言っていた例のVRFPS内での作戦会議が終わったところだ。
昨日、姫塚によって現実世界へと誘われ、巨人型マキナを真っ二つに一刀両断した後、いつの間にか群がっていた他のコアランカー達からの質問攻めやら、アバター観察やらでてんてこ舞いだった時と比べると、ここは余りにもいつも通り過ぎて思わず脱力する。
マスターであるアリトの解散の合図で、1人、また1人とクランホームから退出していった後、もはやいい加減慣れてしまったなんちゃってマスターの顔を解く。
リアル準拠ながらも全体的に筋肉質でイイ男然としたアリトは、どかりと音を立てながら椅子に座った。
腕をだらしなく下に垂らしながら首を上向けて、はぁ~、と一つ息を吐き出すと、この世の終わりのような声で呟いた。
「疲れた……」
別に何をどうしていたわけでは無かったが、ここ最近の連日に渡る出来事の所為か、妙に疲れが蓄積したまま抜けなかった。
アリトはふう、と一つ息を吐くと、目を閉じて心の中で呟いた。
――実感湧かないけど……ほんと、変わっちまったんだな……。
自分が今こうして作戦会議を終える今日というのは、本当であったらいつも通り何事も無く漫然とやってくるはずの今日だったのだ。
それは勿論、一昨日バグに襲われることも、ましてや現実世界などに行くことも無く。
アリトがそうして妙な気分を味わいながら脱力したままでいると、その時ふと、自分から見て右隣の席から声が掛かった。
「どうしたのリッちゃん? 何かあった?」
聴きやすく透き通った高い声を怪訝なそれへと変えつつ首を傾けたのは、腹回りをオープンにしてホットパンツで決めているムルカ《ミユキ》だった。
今は二人以外ここにはいないので、お互いリアルネームを使っている。
アリトは脱力するのを止め、姿勢を正すと、目線を若干逸らしながら。
「ん、いや何でもないよ」
と言ってすぐにミユキの言葉を否定した。
――バグに一度殺されて、姫塚先輩に現実世界に連れて行かれて、そこで人類の敵と戦ってましたなんて言えるわけないし……。
第一誰が信じると言うのだろう。自分だって、そんな荒唐無稽な話をいきなりされたら、頭のおかしい人か何かだと思ってしまうだろう、とアリトは思った。
「うん? そうなの? 本当に?」
しかしミユキは、そんなアリトの取って付けたようなセリフでは納得しなかった。一瞬だがどもりかけ、危うく平静を失いそうな所でぎりぎり何とか肯定する。
「ほ、本当だって……!」
ミユキは尚もしつこく怪訝な表情を浮かべながらアリトの顔をじろじろと覗き込んでいた。こちらも負けじと腕を組みながら視線を逸らし続ける。
しばらくそんな応酬が続いた後、ミユキは憤慨したように人差し指を向けながらアリトに追及した。
「んー……怪しい! 絶対何かあるもん!」
「な、何も無い無い!」
両掌を盾のように前に出しながら、必死に頭をふるふるする。一刻も早くこんな状況から逃げ出したかった。ミユキはこうなると少ししつこいからだ。
そうしてしばらくの間一方的な睨み合いが続いた後、ふと諦めたのか、しょぼくれた風に声のトーンを落として人差し指を引っ込める。
「うーん……絶対何かあるのに……」
「逆になんで何かあると思うんだよ……」
そう言うと、今度は突然機嫌を取り戻し立ち上がって腕を組み。
「ふっふっふ……女の勘ってヤツだよ!」
自信満々に言い放った。
――あ……はは。
その恐らく決めセリフであろうミユキの言葉に、内心で半笑いを苦笑いに変えつつ、しかしアリトは安堵していた。
――そうだ……何もかもが変わるわけじゃない。ミユキはこうしていつもと変わらず接してくれるし、他の皆だって……。
むしろ、自分の変化に戸惑って、自分から距離を置くなんてのは絶対駄目だ。
これから自分は、どうやっても変わっていくのかもしれない。けど、それでも今目の前にあるこの普遍だけは大切にしていこう。
ぎゅっと拳を握り心の中で誓うと、アリトは立ち上がった。
今日はあの人との約束がある。
空中で指を走らせ、《メインメニュー》のタスクを表示させると、そこから一番下にある退出と書かれた文字をタップした。
すると、今度は確認の為のYESとNOが表示され、アリトは最後に、ホームから退出する前の挨拶を、一言ミユキに言っておこうとした。
直後。
「ねぇ、リッちゃんこれから暇?」
「えっ?」
予期せぬ一言に、直前まで言おうとしていたセリフを忘れる。
「今、学校からダイブしてるんだよね? あの……もし暇ならさ、今からリアルに会えないかなぁって思ってみたり……」
なんという偶然の一致だろうか。ミユキがこうしてリアルに会うのを提案してくるのは、今までも時々あることだったが、こうも間が悪く重なってしまうといまいち対処に困る。
ミユキは若干視線を逸らしながら、そわそわするように指を弄ったりしていた。
「あ、あー……うーん、悪いミユキ!」
目線をあちこちに泳がせながら、どう返答すべきか散々悩んだ挙句、アリトは勢いよく手を打ち合わせてゴメンのポーズを取る。
「今日は無理だ、学校の先輩とちょっとした約束がある。それをすっぽかしたら最後、きっと俺は明日生きてない! だからまた今度にしてくれ」
あながち間違ってもいなさそうなので、ひっそりと心の中で肯定する。
「な、何なのよその先輩……。まあでも、それなら……うん、仕方ないか……」
「ほんとごめん、ミユキ。また近い内に会おう」
「うん……」
落ち込んだ様子でミユキはひとまず引き下がると、今度はその表情に薄い笑みを浮かべてアリトに語りかけた。
「じゃあ……また今度ね。とりあえず、あたしは今夜もここにいるつもりだから、その時は声かけてよ」
「おう、分かった」
そう言うと、アリトもミユキに微笑みかけ、今までずっと待機状態だったタスクのYESを押した。
直後、淡い光がアリト全体を包み込んで、一気にメインワールドである中心都市の領事館内部へとワープする。
すぐにログアウトをしないのは、このクランホームはメインとなるこのゲームのワールドとは隔絶された場所に存在する為、一度退出してからでないと改めてログアウトすることができないからだ。
そうしてクランホームを完全に退出したアリトは、再度、今度はこのゲームからをも退出する為、ログアウトポイントへと足を運んでいった。




