第21話 巨人の底力は恐ろしかった
「お、おわっ!!」
その鼓膜をつんざくような大音量に思わず耳(正確には耳だと思われる場所)を塞ぐ。頭が一瞬クラクラした。
「な、なんでだよ、もう頭は無いんだぞ!? どこから声出してんだ……って、うおっ!」
アリトがそんな当然の疑問を口にしていると、巨人は突然身体全体を激しく揺さぶり始めた。
まるで錯乱でも起こしたかのような、いや、追い詰められた狼が放つ最後の抵抗のような、そんな極めて生物的な生存本能にも似た動きでアリトを振るい落としにかかっていた。
――こ、こんな足場じゃ迂闊に浮遊するも危険すぎる……!
自らの状況を素早くそう判断したアリトは、堪らず下に降りることを決め込んだ。
巨人の肩からすっと飛び降り、出来る限り素早く、隙の少ない動作で軽やかに地面へと着地する。その際足が地面に触れる寸前、一瞬だけ浮遊して足への衝撃をゼロにした。
のも束の間。
巨人は自らの身体から対象がいなくなったのを確認したのか、先ほど左腕を放ってきた際の急速旋廻と同等の素早さで身体をアリトに向けてきた。
「えっ……」
何ともいえない既視感がアリトを襲う。それを確認した次の瞬間には既にアリトは走り出していた。
ゴオオォォォォっという威圧感たっぷりの轟音を響かせながら、頭の無い巨人がこちらに向かって走り迫ってきた。
「ひ……ひょええぇぇぇぇ――――!!」
その凄まじい迫力にアリトは全速力で逃げた。とにかくひたすら逃げ続けた。
巨人は一体どうやってこちらを特定しているのか、全くの狂い無く的確に腕を伸ばし、アリトを掴もうと躍起になっていた。
――なんでだよっ!! さっきよりまずいだろこの展開いいぃ!?
アリトは、伸ばされる腕を確認する度に浮遊しては避け、浮遊しては避けをいつまでもひたすら繰り返す。というか、それ以外の行動を取る余裕が全くと言っていいほど無かったのだ。
だが、そんなことを何も考えずに続けていたが為に、アリトは途中からとある状況の変化に気づかなかった。
――ん……?
そして、気づいた時にはギリギリだった。
それはアリトがもう通算六回目の攻撃を回避しようとして、後ろの巨人に振り返った直後だった。
――え、あれっ!? どうゆうこと……だ!? う、腕が……。
無かった。正確には左腕が無かった。
巨人の左肩関節部分からスッパリと、まるで鋭利な刃物で抵抗無く断ち切られたかのような綺麗さで、真っ直ぐに左腕が消失していたのだ。
アリトはその唐突な予期しない状況に頭をクエスチョンで一杯に埋め尽くす。
何故。いつから。自分はこの巨人に何かをしただろうか。
非生産的な思考ばかりが軒を連ねてアリトの適切な判断を阻害する。
すると、その時アリトの脳裏に一つの直感が過ぎった。
またしても自分の経験則から出た直感だ。
――ま、まさか……!!
左腕が無いことの結論はともかく、思い至ったアリトは瞬時に……。
「……上か!!」
顔を直角に上向けた。
それが生死を分けた行動であったことを、この後すぐに思い知ることになる。
アリトが視線を上に向けたすぐそこには、巨大な掌が薄暗い影を湛えてこちらを真っ直ぐ見下ろしていた。勿論その手首からは、ゴツゴツとした瓦礫の腕が真っ直ぐと伸びている。
「くっ……!!」
瞬間、アリトは全身に意識を集中する。さっきから何度となく繰り返したホバーによる急速旋廻回避。
身体を斜め左に傾けながら、ぐるりと身を翻すように、今までで最大のパワーでもって高速回避を試みる。
宙に浮く巨人の左腕が動いたのはその時だった。アリトがホバーによる回避を始めた瞬間、掌は勢いよく地面に叩きつけられた。
しかし、アリトはそれを寸での所で回避した。目の前で巨大な鉄の塊が瞳に映る。アスファルトに無数の亀裂が走り、巨大な砂煙が巻き上がる。
直後、鼓膜を突き破るような暴風と衝撃がアリトを襲う。
「うっ……!」
咄嗟に片目を瞑り、腕をクロスさせて防御の姿勢を取った。けれど、その衝撃は想像以上に強力で、アリトは大通りの方向に成す統べなく吹っ飛ばされる。
僅かに宙を浮く感覚。今、自分がいかに無防備であるかを痛感する受動的な浮遊感。
――こんなんじゃダメだ!
心の中で鋭く叫ぶ。
――今の自分はなんだ? 自らの力で物理法則を、自分の限界を操れるじゃないか! だったら何も恐れるな、眼を見開いて先を見ろ!
アリトは軽く自らを叱咤する。そして、クロスする腕をばっと解くと、再び全身に意識を集中する。
すると、ほどなくしてアリトの身体に再び物理法則を無視した奇妙な浮遊感が訪れて、それと同時に吹っ飛ばされる感覚も見る見るうちに無くなっていった。
完全に運動エネルギーがゼロになり、いよいよ位置エネルギーのみになった時、アリトはホバーを一旦止め、目の前でもくもくと湧き上がる砂煙を見つめた。巨人の左腕はパラパラと砂やら石やらを零しながらひとりでにまた宙に浮き上がり、再び奥へと引っ込んだ。
もしかすると、巨人はあの掌攻撃で決着を付けるつもりだったのかもしれない。
つまり直前までの掴み攻撃は、この一手の為の布石。自分から左腕の存在を悟らせない為に行った手品的手法。
どういうわけか腕を分離できることについては、益々謎が深まるばかりであるが、こうなってくるとそれよりもいささか面倒な事態が発生する。
巨人はその外見に反して、極めて高い学習能力を持っている。逃げ続けるアリトに対して布石と本命を使い分ける程度の頭はあることになるのだ。
そうなるとこの戦い、長期戦に持ち込めばいっそう不利になることは確実だ。
アリトに今のところこれ以外の戦い方が無い以上、行動パターンなどを読まれれば、その時点でアウトだ。
まだ巨人がいくつの隠し玉を持っているかは分からないが、あまり慎重になり過ぎても気を逸してしまうことになりかねない。
そこまでを考えたところで、アリトはとりあえず、近場のビルの上へとジャンプを繰り返して登っていく。
そして、一足に十メートルの高さまで登り詰めると、ようやく砂煙が晴れてきた視界の先を睨んだ。
当然そこには、心なしか多少苛立ってるようにも見える、瓦礫の巨人が相変わらずの威圧感を纏って立ち尽くしていた。勿論左腕も元に戻っている。
ゴクリと唾を飲み込む。巨人も出方を伺っているのか、アリトの姿を認めてもすぐには攻撃してこなかった。
人間であって人間でない者と、人間でないにも関わらず人間らしさを纏う者。
アリトはそんな奇妙な取り合わせに不思議な感慨を覚えた。
――なにやってんだろうな……俺。
思えば昨日の夕方からおかしなこと続きだ。理不尽に殺されて、でも本当は殺されてなくて。色々思いつめたり、考えるのを止めたり。かと思ったら、今度は校内有数のカリスマ美少女の先輩にそそのかされて、こんな所まで来てしまった。
挙句の果てには、こんな巨大なマキナとたった一人で戦ってる始末。
真実を見たいのは本当だ。それに偽りは無い。
けど、改めて考えてみるとおかしな話だとアリトは思った。
――なんで俺なんだ?
それはたまたま、自分がその役目に運命的な何かで割り当てられただけなのだろうが、今までずっと平坦な人生を歩んできたアリトにとっては、やはり実感が湧きにくいことこの上なかった。
そう考えると、これまでのことが全て夢だったのではないかとすら思えてくる。
しかし、夢であるかはこの戦いを終えてエリシオンに帰還すれば分かること。
だからアリトは、今は目の前の標的に集中することにした。
刹那。
「ゴゥオ……オオオオオオ……!!」
遂にしびれを切らした巨人が獰猛な雄叫びを上げて動き出した。のと、アリトがそれに度肝を抜かれたのはほぼ同時だった。




