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ワールド・リバーサル  作者: 亜麻猫 梓
第1章 現実世界への誘い
19/24

第19話 ゲームスタート

   13


 微妙に足を折り曲げた体勢のまま、アリトはいつぞやを思い出す固いアスファルトへと着地する。

 直後、気分的に足がじーんっとくるが、しかし先ほどのような涙を浮かべるほどの痛みは起きなかった。


「ふう……」


――流石に二度目にもなるとあれか……。

 そろそろこの身体の特徴にも慣れてきた。

 要は凄く頑丈なよくあるVRゲームのアバターだと思えば良いのだ。


 アリトがそんな感慨にふけりながら、ふと目線を上げると、そこには瓦礫の巨人が馬鹿でかい図体をこれでもかというぐらい誇示しつつこちらを見下ろしながら歩いてきていた。


「う……うわっ!」


 その圧倒的な巨大さと威圧感に思わず数歩たじろぐ。

 やはり屋上から見るのとはまた違った迫力があった。

 しかし、直後アリトは、今この状況が正に戦闘の真っ只中だという事実を改めて思い出し、ガリッとアスファルトを削りながらその足に力を込める。


 そして、一瞬だけ自分が元いた屋上の方に一瞥くれる。

 姫塚は巨人の目から逃れる為か、すでにそこにはいなかった。

 先ほどアリトは、あの屋上から他でもない摩訶不思議上級生の手によってここまで落とされたわけだが、しかしそのことに対する尽きない疑問と追及はひとまず後回しにすることにして、再び目の前の巨人に向き直る。


 とにかくここで何か行動を起こさなければ、益々身の危険が増える一方だからだ。それに……。


――……俺は知る為にここまで来た。これはその為の前哨戦だ……!


 ましてや先ほど姫塚が言っていた”シンクロ・アウト”とやらを使って逃げるなど論外だ。

 そう自分を軽く叱咤してから、アリトはちらりと、今度は後ろを見やった。

 するとそこには当然駅の外壁があり、よく見ると至るところで壁が剥がれて建物の中が伺えたが、しかしここに逃げ込むわけにはいかない。

 そんなことをしたら自分諸共巨人がこの駅を破壊しかねないからだ。


 アリトはそこまでを僅かコンマ五秒で計算し、視線を巨人に戻すと、今度は辺りの景色をチラチラと見回しだす。

 建物の中に逃げ込むのを却下した以上、まずは今ここにいる場所がどういう地形であるかをいち早く確認する必要があるからだ。

 素早く視線を泳がせながらいつもの倍以上の加速感を伴って地形情報を整理する。


 右手に見える元はデパートだったと思われる巨大な建物や、その立体駐車場。

 左手に見える大きくも小さくもない普通な雑居ビルの有象無象な廃墟群。

 ついさっきまでここでワラジムシが蠢いていたのを、アリトは当然見届けていたわけだが、改めて意識するとそれ以外にも様々な特徴が見て取れた。

 そして、最後にアリトは巨人をキッと睨む。


 ここからだと軽いビルにも相当する巨体は、あくまでその球面レンズをグリグリと動かしながらこちらを捉えていて、見るからにこの場から逃そうという気配は見せていなかった。


――どうする……戦うとは言ったけど、俺にはまだコイツ(瓦礫の巨人)のことをあまりにも知らなさすぎる……。


 そんな良く考えれば当たり前の事実をここにきて突きつけられて、アリトは奥歯をぎりっと噛み締めながら目をつむり、この先巨人とどう戦っていくかのシュミレートを高速で開始しだした。

 今いる自分の座標、自らの身体能力に自らの攻撃性能、更には最初の行動までもう数秒とかからないであろう巨人の力量までを一瞬で吟味する。

 結果。


「はは……土壇場での才能ね……」


 閉じていた目を開き、そう言って口元を微妙に引きつらせながら、薄ら笑いを浮かべて自らを静かに嘲笑う。

 そして、それと同時に先ほど自分に向けられた姫塚のある言葉を思い出していた。


『大丈夫よ、あんまり深く考えないで適当にゲームだと思えばいいのよ』


 正直に言って、アリトには今この状況を直感だけで判断しこの戦いをエクセレントに決着させる手段など思いつきもしなかった。

 少なくとも、敵の情報はおろか自分のことすらもよく理解できていないこの現状で適切な行動を取るなどアリトには到底不可能であった。

 しかし、姫塚は先ほど自分に向かって言ったのだ、「ゲーム」だと。


――だとしたら。


 そう思ったからこそ、アリトはもう余計なことを考えるのを止めにして、結果いつもの常套手段を行使することに決め込んだ。


「やっぱ、俺には無理ですよ」


 自分にだけギリギリ聞こえるかぐらいの声量でそう呟くと、突然前触れも無く走り出す。

 目線はあくまで巨人から離さず、ひたすら巨人の左方向を回りこむように駆けて行き、1番近場にあった十四メートル相当のビルの屋上を目指していく。


 カシャカシャと音を立てながら、右腕の大剣だけはしっかりと前に構える。

 それに巨人も追随し、今まで真っ直ぐに動かしていた足を一旦止めて、走り出すアリトの進行方向を確認するかのように目線を辺りに廻らせる。

 そんな巨人の反応を認めると、アリトもよりいっそう動かし続ける足に力を込めた。

 ちらりと目線を上向ける。


――よし、もうビルはすぐそこだ。


 すかさずタイミングを計り、先ほど駅ビル屋上へと上がる際にも何度かやった大ジャンプの姿勢に入る。しかし。


「………………――!?」


 そこでアリトはとんでもないものを見た。

 ジャンプをする前、最後にふと視線を巨人に向けた時だ。

 まるで自分がジャンプをするのに的確に合わせたかのように、その瓦礫で出来た巨大な右手の平をアリトに向かって水平に薙いできたのだ。

 しかもそれが意外に早い。

 とても二十メートルの巨体が起こす動きとは思えないほどの素早さだった。


 アリトのアバターの脚力であれば、十四メートルのビルの上など軽く飛び上がれる自信があったが、このままではジャンプをした瞬間には成す術も無くその手に絡め取られることは誰が見ても必死であろう。


「……………………」


 アリトはその迫り来る掌を唾を飲み込みじっと凝視しているだけだった。しかし、そんな状況に反して内心はひどく落ち着いてもいた。

 何故なら、ここまでは”アリトの計算の内”だったからだ。

 凄まじい勢いで右手が迫り、遂にその掌がアリトを捉える寸前、アリトは当初の予定通りジャンプした。


 巨人も一体何を根拠に考えているのかこちらには見当もつかないが、飛び上がるアリトの軌道に合わせて容赦なく掴みかかる。

 そして遂に、アリトの軌道と巨人の掌のルートが完全に重なった。


 しかし寸前。

 アリトの右足はビルの外壁に激しく接触し、その際の衝撃を壁全体に伝わらせながら、今度はそれを足場にしてダンッと一つ蹴り上げる。


「くうぉっ……!」


 そのたった一つの動作は即座に華麗な後方宙返りを作り上げ、その事で目標を失った巨人の掌はもはや踏み留まることも出来ずにビルの外壁を粉砕しながらめり込んでいく。

 突然、空虚を掴まされた巨人の目つきが若干ではあるが揺らいだ気がした。


「う……おぉりゃぁぁ――――!!!!」


 そして続けて、アリトは空中で大剣を頭上に大きく構え直しながら、落下の際の重みを付加させて、そのままめり込んだ巨人の右上腕目掛けて一直線に切り裂いた。

 直後、ガキィンという鈍い音が木霊して、瓦礫の巨人はグゴォォ……! と悲鳴やら雄叫びとも似つかぬ声を上げた。


 そう、これこそがアリトの最初から目論んでいた、つまりは常套手段なのだ。

 巨人の力はおろか自分自身の力もいまいちよく分からなかった以上、迂闊な行動は文字通り命取りとなる。

 だからまずは、最初に巨人の力を把握する必要があった。

 当初はビルの上に一旦上がり、その上でどう行動すべきかを検討しようと思っていたのだが、予想以上に巨人の攻撃が素早かった為、急遽予定を切り上げ一か八かの技を仕掛けたのである。


 因みに、この技はアリトがやっているVRFPSでも巨大エネミー相手に使うことのある動きなので、今回巨人に対しても応用が利いたのはその為である。

 カシャッという音を立てながら最後まで華麗に着地を決めると、巨人の動きだけではなくついでに自分の力も試せたことに、アリトはほんの少しだが得意げになった。

 しかし、そこですぐさま油断を捨て去り、最後まで慎重になるのがアリトという人間である。


――あれだけの威力をぶつけたんだ、それなりのダメージは与えたはず……。


 アリトはすぐに目線を上向けて、今しがた切り裂いた巨人の右上腕を確認する。

 そこには、深々と切り裂かれてもはや使いものにならないであろう腕が力なく垂れ下がって――。

 いる。という想像は、皮肉にもアリトがこの手の戦闘経験を豊富に積んでいた故の愚かさだったようだ。


「……そ、そんな……うそだろ……!?」


 アリトは眼を見開きながら、目の前の事実にあくまで否定の意を唱えた。

 力の限りを尽くして打ち出した斬撃によって作られた傷は、僅かに表面装甲を切り裂いた程度で、肝心の基部までを破壊するには至っていなかった。


「ありえない……だって、落下の重みまで乗せた一撃だったんだぞ……? あの大剣だって、そこまで弱くは…………あっ!」


 ぐるぐると廻る思考でそこまでを言ったところで、アリトはある重要なことに気がついた。

 巨人を相手に自分の攻撃が通用しなかった以上、もはや一人論議をする意味など皆無なのだ。今はとにかくこの場を離れることを最優先に考えるべきだ。


 素早く後方を一瞥し、そこが一直線の大通りであることを確認すると、アリトは巨人が再び動き出すその前に距離を取るべく力の限りを脚部に集中させ、後ろ向きに跳躍した。

 自分でもびっくりする位のその加速に身を任せ、アリトは一気に三メートルを低空で飛翔する。しかし。


――…………ん?


 その時ふと、見間違いだったのか、何かの視線を感じた気がした。

 とても無機質でいて冷たい圧力。小さい頃に工場見学で見たロボットアームを髣髴とさせる機械感。

 だがそれは間違いなく本物で、まさしく他でもない巨人の眼光そのものだった。

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