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ワールド・リバーサル  作者: 亜麻猫 梓
第1章 現実世界への誘い
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第18話 瓦礫の巨人と遥かな望み

「そんな……これが、全ての真実……?」


 それが真実だとすぐに納得するにはあまりにも現実感が欠如していて、アリトは唇をわななかせながらほんの少し俯いた。


「……信じたくない気持ちは分かるわ。私も最初にこれを知ったときは怖気がしたもの。……でも、これは紛れもない事実よ。私たちは、他でもない敵の力によってこの存在が保たれているの」


 とてつもない皮肉でしかなかった。

 コアランカーたちは敵であるマキナの力でその存在を保ち、マキナの力でその存在を守り続けてきたのだ。エリシオンが出来てから100年にも渡って。

 アリトはその何とも言えない感覚を打ち消すように、薄ら笑いを浮かべて誰に対してというわけでもなく虚勢を張った。


「……はは……なんかもう、映画みたいな話ですね……。ぶっ飛んでるというか、現実味が無いっていうか」


 まさにその通りだった。こんなぶっ飛んでいて現実味の無い話が、姫塚曰く、他でもないこの現実世界で起こっているというのだ。

 むしろ自分は、ここまで付いて来た挙句によくこんなトンデモ話をまともに聞いているものだとしみじみ思った。


 アリトは俯いたままの姿勢で拳をぎゅっと握る。姫塚の言うことがまだ半信半疑でしかなかったアリトは、これを一体どうやって納得すべきかを考えていた。

 すると。


「……でも」


 黙ったままのアリトに姫塚は諭すような面持ちで言葉を綴り始めた。


「……私たちが今こうして存在できているのは、全ては旧人類がマキナの力を逆手にとったからこそよ。新人類である私たちは、確かに実態も何も無い、ただのデータかもしれない……。でも、それでも……!」


 よりいっそう語気を強めて姫塚は言う。


「私が、あなたが今こうして存在しているのも、紛れも無い事実よ!」

「先輩……」


 その言葉にアリトはどこか救われたような気がしたが、それは同時に的を得てもいなかった。

 この人は何かを勘違いしている。アリトは端から姫塚の言っていることなどは分かっていたのだ。

 そう、昨日『バグ』によって殺されたあの時から。

――だから……。


「心配しなくても大丈夫ですよ、分かってますから。存在に意味や理由を考えては駄目です。ただ存在し、ただ生きているだけなんですから」


 そう言ってアリトは微笑む。その表情は姫塚からしたらバイザー越しの為見えないだろうが、それでも十分なほどにその気持ちは姫塚に伝わっていた。


「アリト君……」


 だから姫塚も微笑んだ。その表情も勿論アリトにはスリッド越しの為見えることは無かったが、アリトにもまたそれは十分に伝わっていた。

 その時だった。


 二人がいる屋上から遠く離れた大通りの方で、何かの音がした気がした。

――……ん?

 それにアリトは気がついて、不審に思いその音がした方角を見やる。すると今度は確かに……。

 ……ズシン……ズシン。

 と、微かにではあるが、何か大きな生物が地面を踏みしめるような、大地を揺るがすほどの重い音を響かせていた。


「ん……この音は……」


 そこでようやく姫塚も気づいた様子で、アリトと共にその音のする方角を見つめた。

 次第に音が大きくなってくる。それに反射的に身構える。

 そして。


「な……なんだ……あれ……!?」


 アリトの視界の先、とあるビルの隙間からそれは映った。

 全長は二十メートルほどもあるだろうか。瓦礫を積み上げて作った野外アートとしてはこれ以上の優秀作は無いだろう。

 姫塚もその巨大さに関しては賞賛に値するらしい。


「……わりと大きいわね」


 声を潜めながら、けれど冷静な態度でそう言って評価した。

 瓦礫で作られた機械の巨人がそこにいた。

 全体的な身体の作りは、主に有象無象とした廃材やら岩石などで構成されていて、そこから生えるこれまた巨大な手足もまた、瓦礫を積み上げた様なゴツゴツとした無骨なフォルムに包まれている。


 更に、頭においてもそれは同じなようで、一体どんなまとまりがあるのか良く分からない幾つもの球面レンズをそのずんぐりとしたヘッドに装着していた。恐らくアレが眼の役割を担っているのだろう。


 そして、その巨人は今まさに大通りのアスファルトを踏みしめながら、アリト達のいる水戸駅屋上に向かって歩を進めている。


「あ、あの……なんかこっちに向かってきてるみたいなんですけど……」


 巨人の足取りはゆっくりとではあるが、確実にこちらに向かってきていて、間違いなくアリトたちを標的にしていることは明白だった。


「さっきの騒ぎで寄ってきたのよ。マキナはハエ並みに節操無く湧き出るから」

「ハエって……そんな……」


 いくら人類の敵と言えど流石にそれは酷いのでは、とアリトが思っていると、姫塚は突然、良いことを思いついたとでも言う様な顔をした気がして、こちらに向き直ってきた。


「ふふ……丁度良いわ!」


 姫塚はさも楽しそうに言った。


「……何か嫌な予感がするのは俺の気の所為でしょうか?」


 その態度、その雰囲気にどこかで味わったことのあるような既視感をアリトは感じて、一歩ほど後ずさる。

――あぁ……この感覚は……。

 そして次の瞬間、姫塚はやはりと言うべきか、アリトには到底無茶としか言いようの無い提案を、いや命令を下してきた。


「アリト君、あなたにはこれから初陣に出てもらうわ!」


 高らかに、自信に溢れた相貌で姫塚はアリトに人指し指を向けて強く見つめた。

――やっぱりミユキだぁ~!!

 そのある意味では慣れ親しんできた自分の扱いに、アリトは一瞬だけ激しく項垂れてから顔を上げ、その直後、自分に向かって指している姫塚の人指し指を掴んで無理やり下ろさせた。


「ちょっと待ってくださいよ!! 何故、どうしたら!? まだ右も左も分からない俺にあんなデカブツを相手させようなんて思うんですか!? 即効でやられちゃいますよ!?」


 アリトが手をバタバタとさせながら仰天と困惑をジョスチャーしていると、それに姫塚は極めて軽い調子で肩を竦めながら言ってきた。


「大丈夫よ、あんまり深く考えないで適当にゲームだと思えばいいのよ」

「ゲ、ゲームって……そんな。この世界の命運が掛かってたりするんじゃないんですか!?」


 その聞くからにとんでもない姫塚の発言にアリトは微妙に混乱しながら聞き返した。


「ン、まぁそれはそうなんだけれど、でもさっきの爆弾魔連中だって別に使命感を以ってマキナと戦っていたわけじゃないのよ?」


 と、姫塚は腕を組みながら首をかしげてそう言った。

 しかし、その発言にアリトは益々混乱が深まる一方で。


「え……そうなんですか? で、でも……なんかそれって……」


――どうゆうことなんだ?

 という疑問を口に出す前に、姫塚は続く言葉でアリトの思考を遮った。


「まぁ良いわ、詳しいことはまた後で話すから。それよりも私が言いたいのは、あなたの才能がどれくらいのものなのかこの眼で確かめたいってことよ。さっきあなた自身も言っていたけれど、むしろだからこそなのよ。その身体をまだ完全に使い慣れていない今だからこそ、あなたがその力を土壇場でどういう風に生かすのか、才能が試されるのよ!」


 力説する姫塚にしかしアリトはまだ決心がつかない様子で踏み止まっていた。

 この現実世界に来ることを受け入れ選んだ以上、このような展開になることは心のどこかで分かってはいたが、それでも初めての自分の相手がいきなりこんな大物となるとやはり不安は尽きなかった。


「そ、そうは言いますけど……。まだ俺、この身体にどんな力が秘められてるのかとか全然把握出来てませんし、何よりどうやって武器とか使えば良いのか……」


 改めて自分のことに関しての無知を思い知ってアリトが消沈していると、姫塚は「それもそうね……」、と言ってから口を開いた。


「じゃあせめて、最低限アバターの基本操作だけでも教えておくわ」


 そう言うと姫塚は一泊置いて。一言。


「自分ならどうしたいかしら?」

「え?」


 そのあまりにも簡潔で明瞭すぎる一言に、アリトの頭の中は逆に不明瞭になっていた。その間も瓦礫の巨人はズシンズシンと音を立てながら着実にこちらとの距離を縮めていた。


「自分ならその身体をどういう風に扱いたいかしら? それは最早、あなたにとっての身体なのよ。その右腕に付いてる大剣も含めてね」


 そう言うと姫塚はアリトの腕の大剣に一瞥をくれる。


「俺の……身体……」


 アリトは自分の身体を見下ろしつつ、その右腕に装着された折りたたみ式の大剣を見つめた。

――俺の身体……この剣も俺の一部分……。


「これだけよ、私が教えるのは。むしろ変な先入観を抱いて欲しくはないのよ。本来コアアバターはとても自由で、強く望めば奇跡だって起こせる可能性を秘めてるのだから。あなたはあなた自身に強く望めばそれで良いの」


 そしてアリトは考えた。

――俺が望む俺という存在……。

 小さい頃からあらゆることに疑問を持ち続けて生きてきた自分。あの時から自分はそうなってしまった。そう、母親が死んだその時から。


 しかし、それを前面に押し出して生きていくことなど到底出来なくて、結果いつでも疑問に思いながらも保留にし続け、無かったことにしてきた自分。

 そんな自分が堪らなく嫌だった。


――もっと知りたい。俺の知らない真実を。まだ見ぬ先にある地平線の彼方を!


 そう願った瞬間だった。

 アリトの右腕に装着された大剣が、カシャンという音を立てながらスライドして前方に向けられ、それとほぼ同時にアリトのアバターが薄っすらとした起動音を響かせながら辺りの塵を巻き上げてゆっくりと浮遊をしだした。


「……ほぉ、凄いじゃない」


 その光景に姫塚は、素直な賞賛の表情を緑の瞳に乗せた。

 しかし、当のアリトはと言うと。


「う……うわっ!? な、なんですかこれ! う、浮いてますよ!」


 と、見るからに間抜けな声を発してうろたえていた。

 その姿に新参コアランカーらしい何処か懐かしい感じと愛らしさを感じて、姫塚は思わず無言になって微笑みながらそれを眺めていた。

 けれど、それも長くは続かなかった。


「……さて、アリトくん? その浮遊感にまだ慣れていないところ悪いけど、そろそろ時間のようよ」

「えっ? あ……!」


 時間と言われて直ぐには何のことだか分からなかったアリトだったが、その姿を再び確認した瞬間にはもう意識をそれに集中させていた。

 既に目前百メートルの距離まで瓦礫の巨人が迫っていた。


 アリトがそれを睨みながら、これから起こるであろう戦いを想像していると、その時ふと声が掛かり、アリトもそれに合わせて姫塚の方に向き直る。


「……最後に一応聞いておくけど、あなたに戦う覚悟はあるのかしら? 何ならここであなたが拒否したとしても、私はそれを引き止めるつもりは無いわよ?」


 自分から初陣がどうのと言い出しておきながら、同意の確認は取るつもりらしい。

 それにアリトは一瞬だけ苦笑してから、姫塚に向かって静かに決意を表した。


「……俺の望みは変わりませんよ。知りたいんです、その為なら……俺は何とだって戦えます」


 全くの本心からの言葉だった。

 姫塚はそんなアリトに一瞬ニヤリとした表情を見せた後、またしても真剣な表情に戻って言い募った。


「あなたの覚悟は分かったわ。なら、最後に一つ忠告……いや、これは命令よ。危なくなったら直ぐに現実世界から逃げなさい。いい、ちょっとでも危ないと思ったら絶対よ!」

「は、はい……わかりました」


 そのいつに無い迫力でもって言ってくる姫塚に、アリトは否応無くそう約束を交わした。


「よろしい。そして、現実世界からの帰還方法だけど、これは単純よ。”シンクロ・アウト”と大きく発音して十秒間待つの、そうすればそのままエリシオンに帰れるわ」

「わかりました」


 アリトはそこまでをしっかりと聞いてから力強く頷いて、今度は未だに近づきつつある巨人の方を再び見やった。

 その頃には既に何となくアバターのホバーには慣れてしまっていた。

 アリトが迫り来る瓦礫の巨人を見つめながら1つ深呼吸をしていると、その時突然後ろの方から声が掛かった。


「……因みに、一度でもアバターのコアを破壊されれば、もう二度とシンクロは出来なくなるわ」

「えっ!?」


 その一言にもはや反射的な速度で振り返った直後。


「行ってらっしゃい、健闘を祈るわ」


 姫塚はとん、とアリトの身体を押した。


「え……う……うわあああぁぁぁぁぁ!?」


 元々二人が立っていた場所が場所の為、アリトは屋上から突き落とされる形で真っ逆さまに落っこちていった。


――コアを破壊される!? 二度とシンクロできない!?


 頭ではたった今宣告された意味深な、けれど十分すぎるほどアリトに対して無茶を抑制させる言葉の真意を探っていた。

 視線の先には、事ここに至れど一体何を考えてるのか全く分からない人物が屋上から見下ろしていた。


 しかし、そこでアリトは自分が仰向けで落ちているという極めて危険な状態であることを認識し、ひとまず思考を止めて着地の態勢を取る。

 自分が浮遊できるという事実は一瞬で頭から吹き飛んでいた。




――水戸駅屋上にて――


 私はみるみる落ちていくアリト君を眺めていた。

 正直なところ、ちょっとやりすぎたかもしれないと思った。

 アリト君と会ったのは今日が初めてのことでしかないけれど、それでも死んでほしくは無いと思う。


 まだそう思うぐらいには私は人だ。きっとそう。

 これでもしアリト君が死ぬようなことがあれば、私は賭けに負けたことになる。

 もう何も出来ない。これ以上はただ時間が過ぎていくだけになる。

 私のコアもやがて終わりを迎える。


「そうなったら……私は君を赦せないよ」


 我ながら実に勝手なことだと思った。

 でも、そう思わずにはいられなかった。

 だって今までずっとその為に生きてきたのだから。

 私は落ちていくアリト君を見ながら、せめてもの応援をしてあげることにした。


「頑張ってねアリト君……。私は期待しないでおくよ」


 目前では巨人が、私と落ちていくアリト君とを交互に見交わしていた。

 ふと巨人と目が合った気がした。その眼からは不思議なくらい何の感情も伝わってこなかった。

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