第17話 皮肉な真実
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アリトたちがビルから跳び下りた後、向かった先は水戸駅に併設してある駅ビルの屋上だった。
途中いくつもの道を迂回しながら進んでいき、路地を使って駅の裏手まで着くと、そこからは屋上まで一直線だ。
因みに何故一直線なのかと言うと、様は単純、ジャンプしたからだ。
「はぁ……はぁ、ほんと……無茶苦茶ですよ……信じられませんよ……!」
息を切らしながらアリトが痛切な抗議を言うと、それに対し姫塚は澄ました態度で言い返した。
「だから言ったじゃない? 現実世界では出来るかどうかは考えては駄目なの。出来るって思い込んで信じなきゃ」
あの時、二人がビルから落下した際、姫塚はアリトに向かって大丈夫だと自分に言い聞かせろと言った。
だが、突然そんなことを言われてもどうしたらいいか分からなかったアリトは、結局無傷ではあったものの、酷い痛みを足に受ける羽目になった。
しかし、次に駅ビルの屋上に行く際は、アリトも何とか自分に言い聞かせて決死の大ジャンプを成功させ――途中落ちそうになって姫塚に助けてもらった――今ここにいるという状況だ。
「だからそれが無茶苦茶だって言ってるんですよ! 心中する気かと思いましたよ最初!」
心の中で地団駄を踏みながら憤慨すると、姫塚はおちょくるように態度を変えて迫ってきた。
「あら、あなたは私と心中しても構わないってぐらい私を想ってるのかしら?」
「想ってねぇですよ! つーか心中したくないって言ってるじゃないっすか!?」
――むがーー!!
アリトが最大級の憤慨をすると、姫塚はそれを面白そうにクスクスと笑い声を上げる。
――この人絶対年下弄るの好きだろ……!
出会う前や出会った当初との性格のギャップにアリトが少し引き気味になっていると、いきなり姫塚は目線を逸らして、ロータリーを指差しながら喋り始めた。その切り替えの素早さに多少の違和感を覚える。
「それよりも見てみなさい。あれが……この現実世界の支配者と、それに反旗を翻す者の姿よ」
言われてアリトもそこを見る。
無残に破壊されてもはや原型を留めていない駅前ロータリーからは、未だに灰色の煙を所々から上げていた。
道路は割れ、地面は陥没し、この駅ビルにまで崩壊の波が及んでいる中、その存在をこれでもかというぐらい主張している一際大きな物体が蠢いている。
それは、ギイギイと鉄板同士を擦り合わせるかのような悲鳴を上げて、これまた鉄板同士を継ぎはぎにしたような装甲を纏い、上からの外敵を防いでいる巨大な身体の下からは、おびただしい程のアームのような足を地面に向かって大量に生やしていた。
鋼鉄の鎧を纏った機械のワラジムシがそこにいた。
「あれが……『マキナ』……」
ここへ来る途中、何度か路地の隙間から見てはいたが、改めてこの屋上の高さから見ると、やはり想像を絶する巨大さだった。
パッと見ただけでも全長は二十メートルほどもあったし、高さも八メートル近くあるかもしれない。
そして、その『マキナ』と呼ばれたそれは今、身体中から火花と白煙を噴出していた。装甲には所々破壊の後が見られ、それは陥没、溶解、貫通、と実に多岐に渡っている。
だが、最も酷い有様だったのは、その装甲の下にある腹部と思われる場所だ。
そこはもはや、この機械のワラジムシが動くには既に手遅れなまでにボロボロのグチャグチャであり、おびただしい数の足と思われるアームはいたる所が溶解し、もげて、もう移動するだけの力も足の数も無いだろう。
現にこのワラジムシは既に活動を停止していて、ただギイギイと悲鳴を上げているのみだ。
先ほどの轟音は間違いなく、この腹部を爆発で吹っ飛ばした際のものだろう。
そして、そんな状態のワラジムシの上に1人、仁王立ちしている人と思しき存在がいた。
それは、ワラジムシの上でキョロキョロと周りを確認しながら、定期的に場所を変えてはまだ無傷である箇所を狙って破壊を繰り返していた。
手に持っているのは恐らく、時限式で弾丸が爆発するタイプの小型ライフルであろう、射撃の際の音よりも数秒遅れて爆発が起きている。
最初は、弾丸が爆発するたびに悲鳴を上げて悶えていたワラジムシであったが、それもいつの間にか呻き声さえ上げなくなってしまっていた。
――死んだんじゃないのか?あれ……。
アリトがその光景を見ながらほんの少しいたたまれない気持ちになっていると、それに気づいた姫塚は言葉を発した。
「まだよ、こんなんじゃマキナは倒せないわ」
「え……!? でもこれじゃあもう動けませんよ? 後は死んでいくしか……」
アリトが頭に疑問符を浮かべながらも、戦いは未だに続いているようだった。
しばらくワラジムシの上で破壊活動を行っていた人物は、それがいい加減動かなくなったのを確認したのか、今度は手を振りながら合図を飛ばした。
「お―い! こっちはもう良いぞー。準備は出来てるよな?」
そう言って恐らく男と思われる人物が声を掛けたのは、しかしアリトたちにではなかった。
アリトがその声に少々驚いていると、近くのビルの隙間からまた1人誰かが現れた。
全体的に小柄な印象のある黄色い身体は、とても戦闘向きとは思えない体躯をしており、その身体にこれと言った武装を持ち合わせていないのはもはや見るまでもなかった。
しかし、そんな無防備な人物の手の中に何かが握られているのが見えた。
アリトはそれが何なのか確かめたくて、今まで以上に目を凝らす。
それでも、この屋上の距離からでは見えるものに限度があって、どうしても判別することは出来なかった。
「やっぱり最後はコイツの出番、てわけね……」
不気味なトーンでゆったりと喋る。その声からは男か女かの判別は出来なかった。
そして、その人物は手に持った謎のそれを、突然ワラジムシの上にいる人物へと投げ渡した。
「よっと! へへ、やっぱこれじゃないとあんま簡単には終わらせてくれないんだよな~」
得意げに言ってそれをキャッチした人物は、自分の持っていたライフルを背中に差して仕舞った後、おもむろにさっき自分で開けたワラジムシの真ん中ら辺にある装甲の大穴に向かってそれを投げ入れた。
瞬間、姫塚は何かに気づいた様子で……。
「あ……やばいわ。アリト君、伏せて!」
「えっ!?」
そう言ってアリトが間抜けな声を出していた時には、ワラジムシの上の人物は既にどこかへと退散していて、黄色の小柄な人物もまたどこかへと去ってしまっていた。
直後。
ドガオァァァァァン!!
耳をつんざくような爆音と共に爆風が押し寄せてきて、アリトはそれに成すすべもなく吹っ飛ばされる。
「う……わああぁぁぁぁ!!」
身体が宙に放り出される。このまま吹っ飛んだとしても恐らく無傷なのだろうが、それでも相当の痛みは覚悟しなければいけないかもしれない。
そう思ってアリトがぎゅっと目を瞑り、その痛みを覚悟した直後、何かが自分の腕を掴んだ。
その感触に思わずアリトは目を見開く。そこには、自身も床に踏ん張りながら尚且つアリトの腕を掴む姫塚の姿があった。
「く……うぅあ……!!」
力任せにアリトを引き寄せる姫塚。
そのまま身体を抱き寄せると、今度は爆風から守るためにその腕でアリトを抱き締めた。
その思い切った行動を前にアリトは、カチカチの装甲越しとはいえ何か気恥ずかしさのようなものを感じて少し顔を紅潮させた。
爆風で瓦礫が巻き上げられて、それが落ちてきて二人を直撃する。
だが機械化された二人の身体は、それぐらいの衝撃では小石をぶつけられた程度の痛みしか感じない。
瓦礫の落下が終わっても、しばらくはそうしていただろうか。
いい加減粉塵が舞うのも落ち着いてきて、辺りの視界が良好になってきたところで二人は顔を上げ立ち上がった。
「いってて……。あぁもう……酷い目に合いましたよ全く……」
そう言いながら何となく姫塚と距離を置く。あの時は必死だったから仕方がなかったとはいえ、今更になると恥ずかしくなってくる。
そこでアリトはふとロータリーを見やった。
しかし、そこにはもうワラジムシの姿はどこにも無く、代わりにその亡骸と思しき瓦礫がそこらじゅうに散らばっているだけだった。
その光景に改めて身震いがした。よく見ると姫塚もそれを見ていたようだった。
「えぇ……そうね。忘れてたわ、あいつ等がここらじゃ爆弾魔って呼ばれてたのを……」
「ば、爆弾魔ですか……」
その言葉に思わずたじろく。
確かにあれは爆弾魔と言うに相応しい。片方は時限式ライフルでの恐らく連鎖爆撃戦法だろう。
VRFPSでも似たような武器で敵を翻弄しながら爆殺を目論むプレイヤーはいる。事実、アリトも昔それでやられたことが何度もあった。
そして、もう片方はいまいち良く分からないが、あそこまで強力な爆発力をもった爆弾を使うということは、恐らくもっとバリエーションがあるのだろう。
と、アリトが二人の人物の武器について考察していると、そこに姫塚の声がかかった。
「けど、これで説明がしやすくなったわね。アリト君、さっきのビルで話していたことは覚えているかしら?」
そう言われて一瞬何のことだか分からなくなる。
しかし、存外すぐに思い出し。
「……あ、はい。えっと、エリシオンやら量子コンピュータ……って話でしたよね? でも、それとこれに一体何の関係が……」
あるんです、と問おうとしてそこで言葉を挟まれる。
「それが大有りなのよ、アリト君。何故なら……仮想世界エリシオンは、たった今あなたが見てきたマキナの『コア』と密接な関係があるからよ」
「え……マキナがエリシオンと関係って……どういうことですか!?」
この人は何を言っているんだと思った。
先ほどアリトは、この屋上へ来る際にも路地裏からあのワラジムシを見ていたわけだが、それはもう驚きに驚いた。
堪らず姫塚にあれの正体を問いただした所、その時答えた回答が『マキナ』という名詞だった。
旧人類を絶滅に追い込んだこの星を占拠する侵略者、金属生命体。
歴史として残っている情報の中には何故か出てこなかったその名前。
詰まる所あれは、自分たちにとっての敵なのだ。
それがどういう了見でエリシオンがマキナと関係のあることになるのだろう。
姫塚はアリトのその反応に1つ頷き返して、続きを喋り始めた。
「まず、改めてマキナについて説明すると、あなたも知っての通りあれが金属生命体でこの星の侵略者。私たちは常にアレと戦い続けることを強いられているわ。そして、その戦い続けなければいけない理由は……もう分かるわよね?」
「……この世界を防衛する為……ですか?」
呟くような口調でアリトは言った。
それぐらいのことはさっきまでの戦いを見ていれば容易に想像のつくことだった。
「その通りよ。そして、そのマキナと戦う私たちのことを『同調者』と言うわ」
「同調者……ですか」
アリトは改めて自分の身体を見る。
ゴツゴツとした機械の身体に、両刃の大剣を携えて佇む自分の姿。
それはまさしく戦士と言うに相応しい姿だった。
「……まぁでも、”ちょっとした理由”があって、普段は自分たちのことを皆『コアランカー』なんて呼んでたりするけれど」
「コア……ランカー…………ん、コア……!?」
その言葉に思わず顔を上げて、アリトは姫塚のスリッド越しに映る緑の瞳を見つめた。
「……感が良いわね。そう、そこに青い球体が埋め込まれてるでしょ?」
言いながら姫塚はそれを指差した。
アリトもすかさずそれを見る。
そこには片手で掴めそうなぐらいの青い球体が胸の真ん中に1つ埋め込まれていて、それがうっすらと光をたたえていた。
「それがコアよ。私たちコアランカーは、そのコアと”同調機”を使うことによって、コアと意識をシンクロさせて現実世界でのアバターを形成する。それが『コアアバター』。そして、そのコアというのが……」
「マ、マキナだってことですか……?」
姫塚のセリフを引き継いで発したアリトのその言葉に、姫塚はまたしても小さく首肯した。その反応にアリトは唾を飲む。
「さっき、あの爆弾魔の1人がワラジムシの傷の穴に爆弾を放り込んだでしょ? あれは何も、あのワラジムシを木っ端微塵にしたかったからではないの。どこにあるのかも分からないマキナのコアを破壊したかったからよ。まあ、大抵はある程度分かりやすいところに埋め込まれているものなのだけれど、アレは特別って所かしらね」
ちらりと二人同時にロータリーの場所を見る。
それに姫塚は続けて。
「そのコアを完全に破壊しなければ、マキナは何度だって再生、復活を遂げるわ」
「……だから、あそこまでしたんですか」
アリトはようやくあの二人の思考を理解した気がして、心の中でこくりと頷く。
「えぇ。だけど、マキナを無力化する方法は実はそれだけではないの」
「えっ?」
そう言うと、姫塚はまたしてもアリトのコアを指差して、今度はそれを軽く小突いてきた。
「アメーバっているでしょ? マキナの生態はその単細胞生物に近いの。マキナはコアが無ければ生きていけないし、コアもまた身体が無ければ活動が出来ない。……だから、コアを破壊するのとは逆にコアだけを無傷で取り出す。そうすることでもまた、マキナは活動を停止するわ」
「……コア……無傷……取り出す」
アリトはぶつぶつと姫塚の言った言葉を前後の文脈と共に静かに復唱していた。何かが頭の片隅で引っかかっているような違和感がしたからだ。
――なんだ……何なんだこの感じ……。
だが、その違和感は以外にも次の瞬間には解消していた。
「あ……」
その時、何かが思考の片隅を過ぎり、それは遅れながらも次第に鮮明さを増していき形をハッキリとさせていく。
「ま、まさか……!?」
瞬間、アリトは全てを悟った。姫塚が今まで一体何を自分に説明しようとしてきたのか、何が真実であるのかを。
エリシオン。量子コンピュータ。マキナ。コア。その全てが合わさりあって、アリトの中で1つの可能性を弾き出していた。背筋に悪寒が走る。
姫塚もアリトのその反応に一層真剣な表情を浮かべて。
「そう、それこそがこの世界の真実よ。仮想世界エリシオンは、マキナのコアを演算装置代わりに動かしている。詳しいことは私にも分からないけど、コアはどうやら人の脳細胞と似た働きをするらしいの。だから……」
「ニューロコンピュータ……ってわけですか……」
その言葉の続きを、アリトは震える声で発していた。
姫塚はそれに頷き返しながら更に続きを言い募る。
「その通り。それで、どうしてだかマキナは、有機生命体や同じマキナのコアなどに反応して寄ってくる習性があるの。つまり、放っておけばいずれサーバはマキナに侵食されてしまうわ。だから私たちは、常に囮として戦い続けることで、マキナからこの世界にあるサーバを守っているのよ」
ようやくここまで来たという表情を、姫塚はアバターの緑の瞳に乗せて一息付く。
しかし、対してアリトはその言葉に呆然と立ち尽くしていた。