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ワールド・リバーサル  作者: 亜麻猫 梓
第1章 現実世界への誘い
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第16話 量子とニューロとコンピュータと歴史

 姫塚は指を顎にあて、静かに黙考を始めた。どうやらこれがこの人の考える時の癖であるらしい。

 それからしばらくは考え込んでいるようだったが、ふと目線をアリトに向けると淡々とした口調で喋り始めた。


「アリト君……あなたはあの仮想世界、エリシオンのことをどれだけ知っているの?」


 その質問を聞いて、アリトは一瞬だが面を食らった。てっきり現実世界のことが話されるものとばかり思っていた為、とっさに答えることができず言いよどむ。


「えっ!? えぇと……あの、エリシオンですか?」

「えぇその通りよ。まずはあなたがどれだけあの世界のことを知っているのか確かめたいの」

「ど、どれだけって言われましても……。旧人類が侵略者に滅ぼされようとして……その時作った避難所……みたいな感じですよね?」


 教師に指摘されて、それを自身無く答える生徒のような面持ちで言った。

 それに姫塚は小さく首肯して。


「大体はその通りよ。私たち人類が生き残る為に、先人たちが作り出したもう1つの世界、それこそがエリシオンシステム……」


 そう言って姫塚は、どこか遠くをたそがれるように見つめた。

 しかし、その視線はすぐにまたアリトに向けられて、よりいっそうスリッドに輝く緑の瞳を強く瞬かせた。


「でも、さっきあなた自身も言ったわよね? 侵略者によって人類が滅ぼされたと」

「えぇ、言いましたよ」

「じゃあ、その侵略者は今どうしてると思う?」

「あ…………」


 そういえばその通りだ。現実世界が滅ぼされたことによってエリシオンが作られたのなら、この世界はその侵略者の物になっていてもおかしくないのだ。

 そう考えた途端、自分が今立っている場所が唐突に不安定に思えてきて、アリトは姫塚に迫った。


「そ、そういえばそうですよ先輩! 翌々考えたらここ、もしかして敵の領地かもしれないんじゃないですか!? 俺、まさか真実を見るって言ったって本当に現実世界に来るなんて正直信じてませんでしたよ!」


 普通に考えて想像の埒外だった。アリトからしたら、現代から過去へのタイムスリップや、今いる宇宙から別次元の宇宙へ行くというのと同義だったからだ。

 だが、対して姫塚はいたって冷静に。


「それに関しては心配要らないわ。ここはわりと安全よ」

「わ、わりとですか……」


 落ち着かせようとして言っている言葉なのだろうが、妙に落ち着かない。

 姫塚はそんなアリトを無視して話を再開する。


「それで話の続きだけれど、その侵略者によって支配されたこの世界で、何で今私たちのような存在がここにいるんだと思う?」

「さ、さぁ……何でなんですか?」


 試すような視線を投げかける姫塚。そこにはアリトの理解できない感情が潜んでいるように感じたが、その視線の先にある表情まではマスクが邪魔して見えなかった。


「それはね、そうしなければ私たちが生きていけないからよ」

「え……」


 そう語る姫塚は何処か悲壮に満ちていて、まるでそれを運命とでも言うかのようだった。

 しかし、姫塚は続きを何故か話さずに、突然話の主旨を変えてきた。


「ねぇ、あなたはエリシオンが一体どういうコンピュータによって成り立っているか知ってる?」


 アリトは瞬時に思考をめぐらせた。結果、考えるまでも無かった。

 量子コンピュータに決まっている。

 小さい頃からそう教えられてきたし、それは誰でも知っている言わば常識だった。

 だからアリトは迷わずに答えた。


「え、量子コンピュータですよね? そんなの常識じゃないですか」


 しかし、姫塚の中にその常識は存在しなかった。


「えぇ、そうよね。普通はそう答えるわ。私も昔まではそう信じていたもの」

「え……どういうことですか……?」


 一瞬だが自分の方を疑ってしまった。自分がおかしなことを言っているような気にさせられて、アリトは姫塚のその真意に迫るべく一歩詰め寄った。


「……信じられないと思うけど、実はあれは量子コンピュータじゃないの」

「えっ?」


 姫塚の言う通り信じることなど出来なかった。自分が小学校の頃から父に教えられ、常識として扱ってきた真実を今更捻じ曲げることなどアリトには出来なかった。

 訳の分からないことを言う姫塚に対して、アリトは若干の警戒心をもって聞き返す。


「量子コンピュータじゃないって……じゃああれは何だって言うんですか……?」

「……ニューロコンピュータ……って知っているかしら?」


 しかし、解答は更なる質問で返された。


「ニューロコンピュータって……人の神経細胞をモチーフに作られたって言う、量子コンピュータが出来る前まで現役だったってあれですか? ……まさか、そのニューロコンピュータでエリシオンが動いてるなんて言わないですよね? 無理ですよ! 確かに性能は高かったらしいですけど、それでもエリシオンを処理できるほど性能は高くありません!」


 アリトは感情を高ぶらせながら姫塚に迫った。

 そう。無理なのだ。ニューロコンピュータではエリシオンの演算を処理できるほどのスペックは出せるはずが無い。


 だからこそ、量子コンピュータが完成するまでの間に人類の多くが死に絶えたのではないか。アリトは当時を知っているわけでは当然無いが、記録として歴史として見たことなら何度かある。

 しかし、姫塚はアリトのその言葉にかぶりを振って否定した。


「違うわ。確かにあなたの言うとおり、当時のニューロコンピュータでは絶対的に無理よ。それは私もそう思う。けど、だからと言って量子コンピュータでもないの」

「……いったい……どういうことなんですか? なんで先輩はそんなことが分かるんですか。先輩は一体……何者なんですか?」


 ニューロコンピュータでもない、量子コンピュータでもない。なら一体なんだと言うんだ。

 アリトは更に警戒した視線で姫塚を見る。

 それに姫塚はただ黙って受けるだけで微動だにしない。


「私は私よ、明らかに普通じゃないだけ。それより、ここからが話の本番よ、良く聞いて頂戴」


 そう言って一呼吸置いてから、姫塚は昔話を語るように話し始めた。


「全ての始まりは、まだエリシオンが出来る前、100年以上前に遡るわ。あの時、北アメリカ大陸の荒野に隕石の破片が落ちたの。それはあまり大きくなかったらしいから、人的被害は出なかったらしいわ。それで……」


 らしい、という言い方を多用して姫塚は喋り始めた。

 その口ぶりから聞いただけの話を喋っているというのは何となく察しがついたが、アリトはいきなりそんな話をされて当然のように困惑する。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

「なにかしら? まだまだ長い話になるんだけれど……」

「え、え~と……とりあえず俺も歴史として齧ってるところがあるんで、まず俺に概要を話させてください。その後補足する形でお願いします……」


 そうでもしなければ差し詰め授業のようになってしまいかねないと思ったアリトは、とりあえず自分でも知っていることを話すことにした。


「え~と、そのあとはこうですよね? その隕石に付着していた謎の金属が、人に取り付いて金属生命体になって、そこから世界中に広がっていった……とかでしたよね?」


 アリトは大まかな概要を話したつもりでそう言った。

 幸い姫塚もそれを否定することはなく、「その通りよ」と一言言って肯定を示した。

 アリトがそれにほっと胸を撫で下ろしていると、次いで姫塚の番となった。


「その後、人々は地下に巨大なシェルターを作って数年を過ごし、最後にはエリシオンも完成して、人々は晴れて私たちと同じ実体無き新人類となった……」

「はい、それで、エリシオンシステムが搭載されたサーバは今でも侵略者の手が届かない地下深くで眠っている……ですよね?」

「そう。私たちはそう教えられてきた……。でもそこなのよ!」


 突然語気を荒げる姫塚。

 それに思わず気圧されて仰け反る。


「それこそが間違いなのよ。私たちの故郷であるエリシオンは量子コンピュータではないし、手の出せない安全な場所というのも全くの間違いだったのよ!」

「え、え!? それは……」


 ボォゴォーーン!!!!

 その時、遠くの方、具体的には水戸駅の方角から爆音にも似た轟音が轟いた。

 アリトはその突然のことに対処が遅れ、一瞬でこちらまで届いてきた爆音に何故か機械化されているはずの鼓膜をやられかけた。


「っ! ……な、何なんですか今の音は!?」


 耳を押さえながら駅の方角を見る。

 水戸駅前のロータリーと思しき場所には、もくもくと沸き立つ灰色の煙がキノコ状に拡散していた。

 アリトはこの状況の説明を求めて姫塚を見やる。

 だがしかし。


「あら、もう始まってるのね。相変わらず暇人揃いねこの地区は」


 と、何やら呑気に意味の分からない言葉を発していた。

 アリトは訳が分からず、この状況をどうしたら良いかを聞こうとした時、姫塚は突然とんでもないことを言い出した。


「よし、跳び下りるわよアリト君!」

「え……? 跳び下りるって……ここから!?」


 自殺する気か!と、アリトが叫ぶと姫塚はそれを華麗に無視して腕を掴んで屋上の鉄柵に手を掛ける。


「大丈夫よ。これぐらいの高さからなら大抵の『コアアバター』はびくともしないわ」


 そう言ってアリトを掴んだまま姫塚は一気に跳躍する。

 体が宙を浮く感覚。重力に導かれるまま落ちていく落下感。

 浮遊感にはいつも慣れていたつもりだったが、今回ばかりは勝手が違いすぎた。


「ちょっ! ちょ待っ……う……うわあああぁぁぁぁぁぁぁ―――!!!」


 絶叫するアリト。ここまで大声で叫んだのは、あの時腕をちょん切られた時か

、幼い頃に行った遊園地のアトラクション以来か。


「こんなところで二人で話してるよりも、直接世界を見たほうが分かりやすいわ!」


 そう言って二人は落ちていく。

 姫塚は自信満々に、アリトは自信皆無に落ちていった。

 案の定アスファルトの感触は思い出したくも無いものになった。

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