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ワールド・リバーサル  作者: 亜麻猫 梓
第1章 現実世界への誘い
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第15話 現実世界にようこそ

   11


 夢を見ていたような気がする。


 それはとても感情的で無機質な、遠く前に見た自分の記憶。

 その日の事は今でも時々思い出すことがあるものの、好き好んで記憶から掘り起こそうとはしなかった。


 場所は何処なのかが分からない真っ白い部屋。そこにベッドが一台置かれていて、誰かが一人横たわっていた。その場所に幼い頃のアリトがベッドの縁に手を掛けて立っている。


「……いい、アリト君?」


 誰かが言い聞かせるようにアリトに話しかけた。


「なに?」


 それに無表情で答える。


「この世界にはね? 魂はもう無いのよ」


 子供に聞かせるには正直すぎる一言だった。しかし、それはもはや誰もが知る当然のことで、100年以上前なら露知らず、今の人間には子供ですら話す意味を持たないことだった。


「うん……知ってるよ」


 だからアリトも当然のこととして平然に答えた。

 しかし、アリトに話しかける誰かはその言葉を否定した。


「ううん、あなたは分かってないわ。あなたは魂が無いのが当然のように思ってる。でも、それは間違っていることなのよ?」


 言い聞かせるように。押し付けるように。託すように。微笑みながらそう言った。


「どうして?」


 アリトには分からなかった。魂とは一体何なのか。見えないものに何故そこまで固執するのか。この人のことが分からなかった。それはこの時の自分がまだ年端も行かぬ子供だったからなのか。


 生まれた時から持ち合わせなかったものを、何故そこまで悲しむことができるのか。この時のアリトには、いや、今のアリトにですらそれを理解することは出来なかった。


「何故ならね……本物の人間にはね、魂があるからよ」


 誰かは静かにそう言った。


「じゃあ本物ってなに?」


 アリトは純粋に興味を持った。ベッドに乗り出し、誰かの布団の上に座り込む。

 ふかふかとしたベッドの感触が沈み込む身体を軽く押し返した。

 そんなアリトにゆっくりと手を伸ばし、優しく頭を撫でながら誰かは答える。


「ふふ……それはね、私にも分からないの。哀しいことだけど……もう本物はいないから」


 微笑みながら誰かは優しくそう答えた。その表情に一体何が秘められているのか、アリトは考えもしなかった。


「え~! やっぱりわかんないよ……」


 だからこそ、無邪気に幼く落胆したのだった。

 しかし、誰かはそんなアリトを励ますように、尚も微笑みながらゆっくりとした口調で先を綴る。


「でもね、これだけは忘れないでアリト君?」

「うん?」


 アリトは頸を傾げながら続きを促した。


「この世界に本物の魂があったこと。この世に本物の世界があったこと。そして、それを信じ続けた私という人がいたことを、いつまでも忘れないであげて」


 その言葉の意味を、当時のアリトは少し難しくてあまり理解する事ができなかった。が、今なら何故あの人がそんなことを自分に言ったのかも含めて理解できる気がした。

 アリトは数秒間沈黙した後、突如顔を輝かせて大きく頷いた。


「うん! わかったよ!」

「ありがとう……アリト君。でも、ごめんね……ちょっと疲れちゃった」


 それを聞いたアリトは「分かった」と一言返事をしてからベッドから降りる。

 そして、ベッドの傍に置いてあったリュックサックを手にとって、一人部屋の外へと向かった。


 部屋の扉を開け放って一歩外に出ると、今度は振り返って誰かの方を見る。

 その日もまた、いつも通りのお別れの挨拶を言うのだ。


「また来るよ! お母さん!」


 言って幼いアリトは廊下へと飛び出し去っていく。

 その光景をまるで神の視点のように今のアリトは眺めていた。思うことは何も無かった。




 アリトは薄っすらと目を開けた。しかし、それで意識が完全に覚醒する事は無く、しばらくの間ぼうっと宙の一点を見つめていた。

 どうやら自分は、立ったまま眠っていたらしい。


「…………ん? あれ、ここは……?」


 しばらくすると、そこでようやく意識がはっきりと定まってきて、アリトはとりあえず、自分が今どこにいるのかを辺りを見回しながら確かめる。


 空は何故か薄暗く、時刻的には夜、いや、朝になろうかという薄暗さだった。

 そして、その光景をしっかりと認識した瞬間、アリトは驚き一瞬で意識を覚醒させた。


「な……んだ、これ……!?」


 目を限界まで見開いた。自分はどこか遠くの荒廃した国にでも飛ばされて来てしまったのだろうか。


 廃墟。

 どこを見回しても廃墟一色でしかなかった。

 見える景色から読み取って、どうやら先ほどまでの水戸と同じ場所らしいが、人などは全くいる気配を見せず、ただそこに抜け殻のように存在しているだけの建物がとても痛々しかった。


「どういうことなんだよ……」


 訳が分からずに困惑する。

 カシャリ。


「……ん? ……あれ?」


 そこでアリトは何かに気がついた。

 自分の身体の感じが明らかにいつもと違っていたのだ。

 アリトはそれを不審に思って自身の身体を見下ろした。瞬間。


「えっ!? ……うわっ!?」


 今しがたの廃墟よりもずっと驚いた。

 どうしたことか、見下ろした自分の身体は人のそれでは無くなっていて、ロボット、正確には人の形を模したロボットの様になっていたのだった。


 鈍色をした細身の身体には、全体に機械らしさのあるゴツゴツとした薄い装甲が纏っていて、胸部には何やら青くて丸い球体がはめ込まれている。

 近くにあった水溜りを覗いてみると、何やらバイザーのようなもので目元が覆われた尖った印象のある頭部も見えた。


 更に右腕には、恐らく折りたたみ式かと思われる両刃の大剣が、切っ先を腕の生える方向とは逆に向いて固定されていた。


――なんだこれ……格闘ゲームのアバターか何かか?


 アリトはしばらくの間その姿をまじまじと観察していた。

 すると、突然後ろの方から声が掛かった。


「どう? 自分の身体のデザインのほどは?」


 その声を聞いた瞬間、アリトはとても驚いた。だが、同時にこれでもというぐらい安堵もしていた。

 艶やかでいて透き通るような滑らかな声音。

 この人がいるのならもう安心だ。

 そう思ってアリトはバッと後ろを振り返る。


「姫塚先輩! …………い?」


 しかし、そこにアリトの通う学校一の美少女副生徒会長の姿は無かった。

 代わりにいたのは、象牙色の滑らかなボディに、切れ長のスリッドが幾つも入った頭部から二つの緑の眼光を煌かせる細長いロボットだった。

 そして、その腰には二丁の銃剣と思われる武器が携えてある。


 アリトは言葉に詰まって立ち尽くす。

 そして、象牙色のロボットもまた、腕を組んで壁に寄りかかりこちらをじっと見ているだけだった。


 しばしの沈黙が両者の間に流れる。

 その間、アリトは冷や汗をかきまくっていた。

 多分この身体では汗はかかないのだろうが、それでも感覚としてはしっかりとあるのだから恐ろしい。

 数秒間の沈黙を打ち破ったのは片方の笑い声だった。


「ぷっ……あはははは!」

「わ、笑わないで下さいよ!」


 先ほどの大笑いを何となく連想させたが、この場合全く気持ちの良いものではなかった。


「あはは、ごめんごめん。驚いたでしょ?」

「えぇ……驚きましたよ。でもとりあえず、あなたが姫塚先輩ってことで間違い無いんですよね?」


 もはやこれが姫塚であることは確定的だったが、それでも一応念を押した。


「えぇ、その通りよ」


 その解答にアリトはひとまず安心する。


「はぁ……。ところでこれ、一体何なんですか? なんかめっちゃ廃墟ですし、何よりこの体……」


 アリトは自分と身の回りを交互に見回しながら当然の疑問を口にした。

 突然の都市の廃墟化に自身の機械化。

 まさかこれが姫塚の言う現実だというのか。


――これじゃまるで、VRゲームのフィールドみたいじゃないか……


 アリトが廃墟となったビルの上からあちこち見て廻っていると、それに姫塚が答えた。


「まぁまず信じられないわよね、いきなり世界が荒廃するわ、身体は機械化するわ」


 アリトの心情を察してか、そう言う姫塚は更に続けて。


「でも、これが真実よ。これこそが、あなたの見たがっていた現実の世界」


 アリトはやはりいまいち信じることが出来なかった。

 けれど、今まで散々信じられないものをこの人に見せられてきたこともまた事実であった為、アリトはとりあえず、しばらくこの状況を現実であると仮定しておくことにした。


「……現実……ですか。なんか信じられませんけど……うーん、とりあえずは信じておくことにします。VRゲームにだってこんな綺麗なポリゴンのソフトはありませんし」


 アリトがそう言うと、姫塚はまた少し笑った。


「あはは、そうね。最新のソフトでもここまでリアルなポリゴンは絶対に無いわ」


 それだけこの世界の目に見えるものは綺麗に映っていた。

 廃墟になっているとはいえ、ここまで凝ったディティールを劣化の仮想世界で再現することはまず不可能だし、流れる川の流れもまた、法則性の感じられない動きは劣化では再現不可能だ。


 それを改めて確認すると、何故だかアリトは以外にもすんなりとこの状況を受け入れることが出来る気がした。

 この世界は何かが違う。劣化は勿論のこと、エリシオンにも無い何かをアリトは敏感に感じ取っていた。


「あ……それはそうと、1つ聞いても良いですか?」


 そう言うとアリトは姫塚のいる場所に戻っていって、さっきから聞きたかったあることを姫塚に問いただした。


「ん、何かしら? 別に構わないわよ。それ以前にこれから色々と説明しようと思っていたところなんだけど……」

「え~とですね……俺、なんか気を失っていた? っぽいんですけど……」


 それが非常に気になっていた。

 アリトはあの時、ビルの屋上で二人を光の粒が包み込んだのを見ている。

 しかし、それ以降の記憶が何故だか思い出せないのだ。


 何か夢を見ていたような感覚だけが残っていて、それから自分がどういう経緯でこうなったのかがまるで記憶に無い。

 姫塚は、「あぁ……それね」と一言言って、アリトに説明を始めた。


「それはアリト君、あなたが初めて"コア"とシンクロしたからよ」

「え? コア……? シンクロ……?」


 その聞き慣れない単語を前に頭に疑問符を浮かべる。


「そう。あなたはあの時、光の粒……フォトンヴェールによって一度エリシオンから取り除かれ、同調機によってコアとシンクロした後この場所に改めて転送されたの」

「え、え~と……」


 ますます意味が分からない。一体何を言っているんだ?。

 コア?シンクロ?同調機?。単語だけが増える一方で丸っきり理解が追いつかなかった。


 けれど、姫塚もそれは重々分かっているようで、ふう~と長い息を吐いてから(吐いたような音が聞こえるだけ)ゆっくりとした口調で言葉を発した。


「さて、何から話そうかしらね……」

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