7話 ぼーん えぼりゅーしょん
黒い霧に包まれた長剣が真っ直ぐ、胸の中心目掛けて飛びこんで来る。精一杯脚を動かして横に回避すると、鉄鱗鎧の胸部を刃が滑り、甲高い音を奏でた。すると今度は流れるように剣が踊り、真上から縦切りが振り落とされる。これは端を削られながらも盾で弾く。
今は全体的で力任せかつ大振りな動きから何とか回避できている。だが動きは速いし、間合いの関係上持ち替えた小剣の腹による打撃は全く通らない。黒骸骨の生み出した防具は相当に硬いらしい。
黒い骨が拙い戦闘技術を向けている間に状況を分析する。霧が覆うのは剣と頭の二点。鎧は胴のみ。露出しているのは手足だが、足元を攻撃するのは頭上からの攻撃があるため困難。とすれば狙い目は両腕辺り。敵の攻撃の前後が狙い目か。
【知神の祝福】の効果も手伝ってか、ざっくりした思考は数十秒で幕を閉じる。
耐える。右からの薙ぎ払い、下方からのすくい上げ、肩口への切り下げ、得意の縦切りという不規則な連撃の嵐を何とか捌き、避けながら直撃を避け続ける。盾は外縁がいく部分か綺麗に割られ、鎧はその特徴的な鱗に似た小さな鉄板を剥がされている。だが、まだ使える。一方こちらから与えたダメージはゼロと考えていい。
しかし俺は視界に入る映像が目に慣れてきたのを感じていた。
これぞ俺の【祝福】を最大に利用する、反復記憶。
膨大な知力を記憶に回し、防御は本能に任せて直撃のみを避ける。そうすることで敵が使い得る攻撃の手を覚えることができる。それはどういうことかというと、予備動作―――例えば腕の引き方や足の運びといった全体像―――から次に来る攻撃の大まかな方向と間合いが分かる。達人ではないので細かい部分にズレはあるし記憶には長い時間を要するのだが、俺はそれを成し遂げている。
あと僅かで敵の攻撃全てを事前に察知できる。
体力がない俺にできる最高の防衛手段にして攻撃の機会を探る唯一の方法だった。
そうして俺は、目にした骸骨の姿にある既視感を覚える。
左足を引き、軽く曲げられた膝。高々と上がった剣には黒々とした濃密な霧が、まるで汚泥のように纏わりつく。茫洋と暗闇しかなかった眼窩には僅かに光る殺意の光。既視感。
記憶の残像と重なる、残像。
一瞬の光景は俺の記憶からある一撃を浮かび上がらせた。今盾に付いている一番大きな傷跡を残した、おそらく黒骸骨最強の攻撃。鎧込みの体重と剣の重量を込めた斬撃。既視感は色濃くなり、現実と記憶が完全に重なった。
頭の中で描く道を辿る。完璧に覚えた間合いの一歩後方に退き、小剣を構える。振り落とされた刃が空を切り、固い迷宮の地面を食む。
そして俺が構えた小剣を寸分違わず打ち込んだのは、手首の骨。両手の手首の骨、その中ほどにある虚空を切っ先が貫き、地面にその腕を縫いとめる。さらに鎧のベルト、ナイフの隣に挟んでいた小槌を取り出して柄頭を一度叩けばもう、たった一本の小剣が黒骸骨には抜けない、鋼の杭と化す。
静止する黒骸骨。動き出した俺は背後に回り込むと、ちっぽけな凶器を振り上げた。
腰辺りに打ち込む握り拳二つ分ほどの鉄塊が骨片を跳ね上げ、その度に黒骸骨の体が揺れる。その揺れは途中から危険なモノへと変わっていき、ついにその時が訪れた。
いくら祝福で頑丈になっていようとも、そもそも骸骨戦士という種族は打撃という攻撃方法に滅法弱い。もし体の一部分、それも頭部以外の致命的な部分をしつこく攻撃され続けたらどうなるのか。その答えは今、俺の目の前にあった。
頭蓋骨と骨盤を繋ぐ一本の骨組織が今、鎧の重量に耐え切れずその身を砕き折ろうとしていた。
そう、俺が執拗に叩き続けたのは鎧に守られた部分から出てしまった背骨。戦闘云々ではなく、人型のモノにはそもそも上半身と下半身が繋がっている必要がある。だからこそ俺は背を狙ったのだった。
やがて黒い同胞はその上半身を自らの重さによって落とし、地に潰えた。
ここで、俺にとって少々意外な現象が起きた。黒い霧が目の前の骸骨から滲み出るようにして空中に漂うと、俺の体である骨に染み付いたのだ。当然びっくりしたし罠かとも思ったがどうも違う。手足を見れば見慣れた枯れ枝のような白骨はなく、影のような黒があっただけだ。俺の脳内―――脳?――を電流が走った。
二つの祝福。祝福を受けた魔物同士の戦い、決着。黒から白へと果てた敗者と白から黒へと染まった勝者。それが意味することは、細かいところはともかく。
(祝福は、戦いにより受け継がれる)
俺は勝ち取った祝福をぼんやりと知る。きっと【知神の祝福】で分かったのだろう。
【影神の祝福】。それが新たに得た俺の力だった。