5話 これじんさいだよね
迷宮というのは俺のようにちょっと賢い魔物にとって都合のよいモノで、窮地に陥っても仲間が助けてくれる。湧くまでに少々時間を要するし、湧いた方も俺を助ける意図は無かったりするのだが細かいことは言うまい。
さて急にこんなことを言いだしたのは今ちょうどその状況になっているからだ。
先ほどの同士討ち事件の後、俺は獲物を探して迷宮をウロウロしていた。迷宮は階層が変わらない限り魔物の強さも変わらない。つまり訪れる冒険者の質も含め俺にとってちょうどいい環境である。で、あるのだが。時たま強力な冒険者が武器の試し斬りなどで訪れることがあるのだ。
それと、遭遇してしまったのだから厄介だ。
「【浄化聖炎】!!」
(おわあぁぁぁぁ!!!)
何しろ舌も声帯もないのでまさに『声にならない』悲鳴を上げながら、むず痒くなるような技名を叫びながら向かってくるキラキラした鎧を身に纏う戦士から、障害物や同胞の犠牲を駆使して逃げ回るしかない。しかし地形的な障害物は神がかった速度で避けるし、どうやら弱点らしい【光属性】と【火属性】、しかもそれぞれの強化版であろう属性を含む金色の炎にお仲間は残骸すら残さず燃やされている。
致命的というかもういろんな意味で破滅的な騎士っぽい青年と、手に持った幅広の長剣が放つ炎から逃げるので、もう手一杯。今もまた地面から湧いた骸骨が一体、刃も向けられていないのにその炎に触れただけで灰になってしまった。神経はないはずだが本当に背筋が冷える。
そんなわけでかれこれ逃げ続けて数十分―――青年騎士のスタミナ切れを狙うも、未だ不発ナリ。背中越しに矢を撃ったりナイフを投げてみたりしたがどうにも上手くいかない。矢は大方の予想通り燃やされ、ナイフは防御したいのか無茶苦茶に振り回した長剣や上等な鎧に跳ね返され宙を舞った。おのれ、貴重な武器たちが。
恨んでみたところで状況は好転しない。仕方ないので、一度も行ったことのない地下2階へ降りてみることにした。
かの名著【迷宮冒険指南書~基礎~】でもこの迷宮の説明がなされていた。この迷宮、つまり【ヴァレン迷宮】と呼ばれるここの構造は潜行型。他には上に伸びる塔の形をした上昇型、横に道が続く洞穴のような平坦型とあるらしいが、とにかくここは地下へ延々と階段で階層が繋がっている。
そして、やはりと言うべきか、魔物も階層を重ねるごとに強くなる。
どうやらここは俺のように不死系統に分類される魔物ばかりが住む迷宮らしく、進んでもただの攻撃では攻略できなくなっていくらしい。
例えば骸骨に肉が付いて、でもやっぱり死体な蘇人やら見た目は俺たちと同じでも強さが別格な竜骨戦士、それから自ら光を放つことで弱点を克服した聖骸に突き詰めて幽体になってしまった幽霊。強力になっていくともはや物理攻撃すら効かない。
不思議と強いヤツ程奥へ行く。ちょっとした優越感、かもしれない。
急造感溢れる階段を転がるように降り、騎士の青年が鎧に苦労しながら追ってくる間にさっきの同士討ちと同じように通路を塞いでおく。種族は同じでも俺より強力な個体が多いので気をつけつつ掻き乱してやると、あっと言う間に混乱が広がった。というか、ゴツい斧とか槍を振り回されるのは本当に怖い。絶対粉々になる。
騎士がガシャガシャと音を鳴らし降りて来るころには、俺は慌てて岩壁の片隅に引っ込んでいた。
「なにぃッ!?――――くそ、【浄化聖炎】!!!」
一発で消し飛ぶ亡者の群れ。何アレ怖い。
しかし、むず痒い技名だ。もしかして自分で考えたんだろうか。だとしたらある意味、怖すぎるぞ、あいつ。
青年が諦めて帰ったのは、地下二階に湧いていた魔物を全滅させた後のことだった。