32話 おでかけ
「《妖鬼》ですか。それはまた妙な種族になりましたね」
「妙?」
ベットにドカリと座りつつ、椅子に行儀よく腰掛けたベインと話す。
その隣ではだいぶ警戒心が薄れてきたルカが物珍しげな目で俺の服装を見ていた。そりゃよく見れば作りがしっかりした、冒険者が着てもおかしくないものだからな。急にそんなもん着てたら興味も引かれるはずだ。
ベインは失礼にも俺の全身をじっくり観察しながらゆっくり順序立てて語り始める。
「今までのジェラードさんの種族が不死系統だったのは知ってますよね」
「まあ」
曖昧に頷いておく。意識したことはないが、魔物全体が《種族》という分類で大雑把に分けられてるのは知識としては知っている。ただ全部は知らないし、専門書とかでも未分類の魔物がそれなりにいるからあまり一般的な知識でもなさそうだが。
「でも《妖鬼》は魔獣系統なんですよ」
「へー」
うん。へー、としか言えない。
「でもここ、不死系統ばっかりですよ」
「ふんふん」
「つまり異常事態ですね。まあいえばゴブリンの群れからリザードマンが生まれたようなものですか」
「あーなるほど」
そりゃ目立つだろう。というかもしそのゴブリンの村が人里に近ければ、急なリザードマンの発生に村自体が大騒ぎに―――
「・・・・・・もしかしてやばくね?」
「えぇ、大変まずいです」
先の例え話でいうリザードマンが俺なので、当然近くの人里であるところの上の街も大騒動になる確率があるわけで。
「え、ちょっと待てどうすんの!? 俺どうすんの?」
脳裏に筋肉冒険者とか痛い兄ちゃんとか筋肉とかピカピカしてた魔法使いとか筋肉といった冒険者の姿が去来する。あれが大挙して押し寄せるとか無理。ぜってー死ぬ。その自信がある。
そりゃこっちだって強くはなったけど、あの濃い面々には負ける。
「というわけでこちらも作戦があります」
「おお」
頼れるベイン先生。
「ジェラードさん。《妖鬼》族というのは、珍しくはありますが人間社会と適合して暮らす魔物の一種であります。人型で自由意思を持って適合、というとヴァンパイアとごく一部のサイクロプスが有名ですが」
「まあ見た目の化け物ってわけじゃないし」
「そういうわけで、ジェラードさんここを出ましょう」
「やだ」
「は?」
「おまえ夢の個室を捨てさせるのか! 正気か!? 引越しにどれくらい苦労したと」
「あなたバカですか。うっかり生存者出したら軍隊派遣されますよ。前に言ってた筋肉三人分は厄介ですけどそれでもいいですか? 負けたら個室どころか命が飛びますよ」
メガネの奥から眼光厳しく説教するベインは正直昨日の美青年より怖かった。
とりあえずコクコク頷くと、名剣よろしく鋭い気配を収めたベインが後ろのルカを見やる。
「ルカさん、裏手用意してますか?」
「えっと、一応転移の陣は街外れに置いてきたけど」
「ありがとうございます。それではジェラードさん行きますよ」
「え、荷物は?」
「金目のものだけです」
「はい」
しょぼんとしながら数少ない小銭と使うのかどうかわからない薬の小瓶、それから本をまとめてベインが持ってきた袋に突っ込む。それを担ぐと、すぐに部屋から外へ。さようなら、夢の個室生活。
ふと足元を見ると、ベインが床にヒトの胴体ほどもある紙を広げている。紙の表面にはいわゆる魔法陣が濃い黒インクで書かれていた。
「なんだそれ」
「転移の魔法陣です」
「へぇ」
それをよく観察しようとしたら一本一本の線が内側から順に輝き始めた。思わずのけぞるが、ベインもルカもなんでもなさそうだ。
「さあ乗ってください。目を閉じて、立ったままできるだけ体を縮めるのがコツです」
何のコツ?
と聞こうとした時には、既に景色が歪みかけていた。紙に同乗したベインが紙に魔力を注ぎ込み―――
世界は、反転した。




