30話 かくせいしちゃったよ
己の体から湧き上がる黒い何か。今までの【影】が黒い霧だとするならそれは、墨汁以上に黒く暗い色をしていた。光を一切反射しない【闇】が俺の体を蝕むように蠢く。不定形のそれは傷口に侵入しては消えていく。
「おいおい…」
蹴られた衝撃で内臓辺りが傷ついたせいか、口から生温い血液を零し続けている俺は思わず、せき込みながらも驚愕の声を漏らした。仮称【闇】が俺の傷を覆うたびに骨肉が再生していく。むず痒いような感覚が通り過ぎればもう、蘇人特有のカサついたが戻って――――ん?
体を舐める闇から覗いたのは色白の滑らかな皮膚。筋骨隆々とまではいかずとも、蘇人とはとても思えないしなやかな筋肉。倒れ伏したままで、ざっと状況を確認。
立ち上がれば体に痛みはない。体の様子から察するに進化と【祝福】の取得が同時に起こったらしい。身に着けた鎧や手に握ったままの剣から体の大きさはそのままだと推測する。
視線を上げれば、洞窟にできた広場の真ん中から、こちらをじっと観察する【混血鬼】が、今まさに駆け出すところだった。
「いけ―――ッ!」
【知神の祝福】により新たに得た祝福―――【闇神の祝福】を理解する。同時に【闇】と【影】の知識が統合され、魔力量と威力、また影や闇の操作もやりやすくなった。操るこちら側が上達したというよりは能力が俺の意志を反映しやすくなったようだ。
足元から影の槍が、以前とは段違いの速度と硬度をもって、混血鬼に迫る。破壊は難しいらしく、混血鬼は朱剣で槍の側面を狙い軌道を逸らす。
足止めが達成されたところで、片手剣を強化している影の【付与術】を強引に闇の魔力で上書きして攻撃力を強化する。続いて鎧にも、こちらは初めて掛ける魔法なので呪文を早口で唱えて闇を付与。薄めの鋼鉄鎧が異様な存在感を放つ。身に着けて、かつ自分で術を掛けておきながら、まるで呪われた装備を纏っているようで少々怖い。
闇の仕掛けは完了。
次は影を足元に糸のように伸ばすと、混血鬼の背後まで先端を伸ばす。
「【闇渡】」
視界がブレたかと思った次の瞬間、現れたのは混血鬼の青年の背後だ。迷わず片手剣を振り下すも、直前で察知した青年が身をよじって奇襲を避けたため、剣先が浅く背中を、槍が腕や腹を軽く抉ったのみで終わる。
脳が焼き切れそうな情報を処理し、俺は全てを知った。敵の行動パターン、自分と敵の力量の差、自らの種族――――――。
【知神の祝福】の真骨頂。溢れる情報から得た知識と、それを使いこなす肉体が揃った今なら、格上の混血鬼にも勝てる。
俺は真っ直ぐに、朱い剣を構える混血鬼に斬り込んでいった。
【闇の祝福】を得たことにより、不死系統【蘇人】だった彼は、魔獣イビル系統【妖鬼】になったようだ。
影や闇の補助、敵の行動の先読みで、種族差のある敵と対等以上に渡りあっている。
朱と黒の閃光が衝突しあい、火花と魔力のカケラをまき散らす。
鋭い突きを闇が受け流す。目くらましの影の幕を切り裂く朱剣。高速移動に反応するも肩口を切り裂かれる混血鬼。お返しの斬撃の嵐はことごとく闇に飲まれて速度を失い、逆に致命的な隙を晒す。
「なに、エラく強くなったじゃん」
「そりゃそうだろう。元々思考速度は追い付いてたんだ、先読みに対応できる肉体があれば―――ほら」
薄く伸ばした影の道で懐に潜り込んだ妖鬼。闇の杭が足を、触手が腕の動きを鈍くさせた次の瞬間、片手剣が胸の中心を貫いていた。
「はー。あたし、種族差的に100%勝てないと思ってたわ」
「そういう風に設定したヤツがいるんだろ」
「誰が――って、あぁ、この迷宮の管理者はかの王か」
「そうそう、あの爺さんだろ。息子への愛の試練ってトコ」
兄妹は片手剣を掲げる妖鬼の青年に、視線を送った。




