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29話 かけごと

 俺は数十分の猛攻を防ぎ切り、適当に創りだした影の触手―――若干気味が悪いが、形を決めるよりは臨機応変に使える―――で混血鬼(ダムピール)を翻弄していた。

 どうやらあの朱い剣には硬い柔いなど関係ないらしい。よって、斬っても斬ってもあちこちから湧いてくる影で、あの呆れるほどの速度を殺すことに成功していた。いや本当に、先端のみが鉄並みに硬いくせに、全方向から変則的に伸びる槍とか反則だ。もっとも、ソレらを捌ききるあの青年(やろう)も相当に反則だと思うが。

 ただ一つ救いなのは。

「ッつ―――ッ」

 影を掻い潜り、真っ向から刃を向けてきた混血鬼の攻撃に耐える。鋭いとか重いとか、そんな言葉じゃあまだまだ甘い斬撃の雨を押し返し、影を幕のように広げて視界を覆い、その隙に距離を開ける。

 我ながら姑息な手だとは思うが、仕掛けてきたのは向こうなのだからこれぐらいは目をつぶってもらおう。


 とにかく、わかったことが二つ。

 一つ目は自己再生の規模。掠り傷や浅い切り傷は大体10秒あれば完治され、一度腹に影を刺した時では呻きながらも5分で血が止まっていた。これを見るに、どうやら攻撃し続ければ、あるいは致命傷を何回か与えれば何とかなると確信した。ただ、それが簡単ではないのだが。

 二つ目は魔法の有無。どうやら全く使えない――――らしい。全方位からの影による攻撃や影の幕からの奇襲への対処は、その手に持つ一本の剣で行っているという点からの推測であり、隠している可能性もあるわけだ。

 いやはや、と改めて溜息を吐く。これは気を引き締めてかからないと。

 そう、思った瞬間。




「――――――ッく、ぁ」

 一瞬のできごと。

 影に覆われて姿が見えなくなったと思った、その次の瞬間には、影が全て切り裂かれ霧散。咄嗟に防御しようと構えた剣を躱して、禍々しい朱が俺の胸部を絶ち割った。そして斬られたことを認識する前に腹部を強かに蹴られて壁に激突した。

 たったそれだけ。半ば、記憶にも残らないような僅かな気の緩みを突かれた。

 ウソだろオイ。

 目の前が血の朱に染まる。















「うわー」

 神域。

 水晶を削り出して作った薄い板に映る、倒れ伏した蘇人(ゾンビ)を見て、ひとりの女性が残念そうな声を上げた。

 さらさらの黒髪に、うっかり触れば壊れてしまいそうな白い肌。そこに病的な色はなく、艶やかな魅力として彼女を浮き立たせている。まるで神のごとき美貌。口から滑り落ちる声は魅力的なアルト。ただしセリフそのものは、

「あーちくしょう、種族差がどれくらいあるんだか、ホントに」

 淑女からはほど遠い、がさつなものだった。

 その板を挟むように座る男がそれを眺め、美貌に見惚れるわけでも、その口調に呆れるでもなく、快活な笑い声を上げると肘を付いて指を組んだ。悪戯っぽい表情でにんまりと笑う。

「ほらな、やっぱりオレの勝ちだ」

「むー」

 不満げな唸りを上げた女性の手元にあった一つの酒瓶を取り上げると、手酌で飲み干して笑みを深めた。

「いやぁ、妖精の琥珀酒はやっぱり美味いなぁ」

「人から賭けで巻き上げてよっくもまぁ言えるもんねー」

「人から巻き上げたから美味いんじゃないか」

 再び唸る女性。男はニマニマ笑うと、指先に黒い火をポツリと灯した。画面に映る、死に体の蘇人に向けて真っ直ぐ指を向ける。それを見た女性が目を丸くして、画面と指先の間で視線を往復させる。

「え、ちょっと。これを祝福するの?」

「あぁ。元々、お前の祝福は戦闘向けじゃないしな」

「ふーん……ってもしかしてあんた、あたしの祝福だけじゃ切り抜けていけないって知ってて」

「当たり前だ、勝てない賭けなんぞしない」

「くっそぉー!」

 男はじわじわとおのれの鮮血に染まり、再びの死を迎えようとしている蘇人に、指先の火を送った。その黒い火は全身に広がり、彼を舐めつくしていく。

「酒の礼だ」

 男は酒瓶を画面に向けて軽く振って見せた。



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