28話 びせいねんとくんずほぐれつ
黒々とした影を纏い、走る。
怪我の痛みなど気にする余裕はなく、必死に強化した肉体を動かし、襲い来る凶刃をただ躱すのみ。朱い刃は剥き出しの殺気を乗せて風を切り裂く。
背後に向け、影を足元から伸ばせば、眉一つ動かさない青白い顔の美青年が、全てを一瞬で切り裂き霧散させる。さして時間稼ぎにもならない。
ならばと四方から影の槍を伸ばし、同時に体を切り返した俺は、青年に向けて飛び掛かりながら片手剣を振るう。計五つの攻撃が同時に青年を襲う。
しかし白皙の美青年は、どこまでも予想の遥か上を行った。
まるで想定していたかのような動きで朱い刃を振るい、三本を刹那のうちに迎撃し、柔らかい物でも斬っているかのように軽々と破壊。一本が頬を掠めたものの、本命の斬撃は朱剣にあっさり受け止められた。ギリギリと刃を合わせ、拮抗状態に陥る。
咄嗟の思いつきで影を伸ばし足元を固める。
「う…おぉ!?」
すると今度は剛力で剣を跳ね飛ばされ、胴体を殴られる。鎧をあっさりへこませた一撃は俺を吹き飛ばし、地面を転がした。たった今殴られた胸部と完治していなかった怪我の、二つの痛みに呻きながら顔をあげれば、何事もなかったかのように足元の拘束を蹴散らす青年の姿。何分も粘ってやっと頬からの出血程度。しかもその傷も少しずつ血が止まってきている。
「なんなんだよ、ホントに……」
呟いた俺の目の前では、無造作に剣を構え直した青年―――もとい混血鬼。
俺は飛び込んでくる劣化吸血鬼を迎え撃つために、祝福の反復記憶を使って敵の動きを徐々に覚えつつ、最近使い始めた新しい能力『並列思考』の第四列目―――一~三はそれぞれ剣、状況把握、影の操作に追われている―――を使って、こうなった経緯を思い出していた。
そもそものきっかけは、一度寝て動けるようになった俺が、獲物と定めた冒険者一行を追っている時に起こった。
その一隊は少々変則的で、金属鎧に太刀と盾装備の前衛二人、後衛には魔法使い一人。それだけでなく妙にすばしっこい黒服の少年がいた。短剣やナイフを用いた近接戦闘、時には投剣を投げての牽制などという動きから見るに、どうやら盗賊というヤツらしい。前衛が気を引き、魔法使いが遠くから魔法による妨害魔法に補助魔法、敵が前衛二人に集中しているうちに盗賊の少年が弱点を一撃。もっとも、弱いのは前衛が倒していたが。
盗賊という新しい種類の冒険者自体と、その戦闘方に興味を持った俺は、彼らの後を追うことにした。少年の戦い方を見るに、俺の狩りとやり口が似ているようだったので、参考になるかと思ったのだ。
中年の魔法使い(ちなみに独身ではない)は基本的に戦闘補助が役割らしく、探索にも特価していた。影を纏っていたのに、一度『妙な気配を感じた』とかいってジロリと睨まれた時には心底びっくりしたものだ。なぜ杖の先から刃がでてきたのかと疑問に思うほどの余裕はあったのだが。つか魔法使いになぜ刀傷がついていたのか。
と、まあそんな感じのご一行は魔物を蹂躙しながら進み、結果無傷で地下三階まで潜っていってしまった。その勢いは例の炎の青年や筋肉達磨を彷彿とさせた。
そこで発見したのが、一個の棺桶だった。
見るからに禍々しく、怪し過ぎるそれに警戒する魔法使いをよそに、残りのメンバーが嬉々としてその棺桶を開けた。強さと賢さが同義ではないとしみじみ思った。だが、そんな俺の悠長な思考は急に停止したのだ。
棺桶から伸びた朱い剣が、油断し切った鎧の二人の喉笛をあっさり切り裂いたから。
「――――――はぁ!?」
驚く俺の目の前で、卓越した反射神経で退いた少年も、フタを跳ね上げて迫った黒影に襲われ、腹から内臓が出るほどに斬られた。
唯一マトモに対抗できたのは魔法使いはだけ。
全てが始まった瞬間自身に補助魔法を、相手に妨害魔法をかける。杖から飛び出した刃で青年と切り結ぶ。戦闘風景に目を奪われたが、終わりは早かった。
無理やりこじ開けた隙を衝き、中年魔法使いが仕込み杖で脇腹を抉った。根元まで埋まった刃を見て獰猛に嗤った彼はしかし、我が目を疑ったことだろう。
なにせ、伸びてきた腕があっさりと自分の手首を掴むと、肘のところから千切ったのだから。
一瞬の驚愕の後、叫ぼうとした男の頭があっさり割られたことで勝敗は決した。
俺がただただ驚いていると、たった今殺した男と同じように、いやそれより正確に、青年の赤い瞳が俺を捉えた。
まぁ、あとは言わずともわかるだろう。特に宣戦布告もなく、とんでもない速さで襲いかかってきた。まったく理不尽な話である。
俺は第四並列思考を打ち切り、計六個の攻撃に晒されつつもそれを易々と突破する青年を見て、溜息を吐いた。ちょっとした小休憩だが油断はしていない。
剣を高々と上げると、一気に振り下した。
影がもう一団、槍の穂先の形を取ると一気に直進、青年に飛んで行く。槍の形ながら割と自由に曲がる上、壊されても再生しやすいので非常に便利。
俺はズキズキ痛む脇腹を抑え、小さく呟く。
「おっさん……もっと頑張ってくれてたら……」
今は亡き魔法使いの男に、文句を垂れたのだった。




