26話 じんさいのかわりにとらうまが
猛る金の業火を切り裂いて背後に跳躍する。肌が高温にひりつくが、どうやら聖属性による効果はないようだ。進化した影響だろうか。
逸れる思考とは裏腹に、俺の目はしっかり長剣の行方を捉えている。金色の炎――いわば聖炎によって広がった攻撃範囲に頼り切った大振りな剣は、【知神の祝福】による反復記憶も合わさって、剣筋が非常に読みやすい。
俺の視界に最近現れる幻の曲線が真っ直ぐ肩口に伸びた。その線に忠実に従って振り下される一撃を余裕をもって避け、次いで迫る聖炎を振り払う。
片手剣を覆う影が黄金の業火と相殺する。直後、魔術が【付与術】を持続させるために、自動的に俺の魔力を食らっていく。
戦い始めて後数分は押され気味だったものの、今では完全に均衡を保つ戦況。単純かつ一発ずつが強力な攻撃を高精度の先読みでひたすら避ける。お互いの攻撃は一度も当たっていない。
「何故だ、何故当たらない!」
苛立って叫ぶ青年が吠える。膨大な魔力を食らった聖炎が燃え上がり空間を侵食、俺に迫る。
だが感情任せの一撃は届かない。鋼鉄の剣は空を切り、破壊的な炎をまき散らすのみ。その炎の勢いに顔をしかめつつ、再び火炎を切り裂く。
剣から技が失われるのに反比例して、聖炎の温度は上昇し範囲は刻一刻と広がる。
感覚だから正確ではないが、俺の魔力は今のところ八割を切っていない。おそらく無駄な消費をしていないからだろう。
一方青年はなかなか辛そうだった。これは感覚以前に推測なのだが、どうも聖炎の使い方が悪いようで、まさに燃費の悪さが現れている。
というのも、彼の炎は刀身を覆うだけではなく、広がり燃え立ってまるで大剣のような攻撃範囲を作りあげている。つまり刀身を覆うのみの俺に対し常に周囲に魔力をまき散らしている状態なので無駄が多い。これが例えば以前遭遇した光の魔術師のように、聖炎を火球として放っていればかなり厄介だっただろう。
今現在の戦いには全く役に立たない枝葉のコトに頭を使っているうちに、燃え広がった炎を纏い、青年が突撃してきた。背後に業火を従えて距離を詰める。
それをちらりと見やり、脇道に飛び込んだ。背後に見える銀光の軌跡とそれに追随する金炎の奔流。
通路のほぼ全域を飲み込んだ聖炎の熱で、普段は涼しくひんやりとした迷宮内部がうだるように暑い。乾燥しきった蘇人だから汗こそでないがその分余計に暑い。
舌打ちと悪態を一つ、俺の入った脇道に踏み入る青年から逃げて奥へと進む。新居探索に苦労したおかげで迷宮内の地図が【知神の祝福】によって完璧に、俺の脳内に刻まれているので、ひたすら青年を下の階層に運んでいく。
背後からはうっかり巻き込まれた骸骨戦士やら腐人の骨肉が焦げる臭いが漂う。俺は風に乗って流れてくる臭いに鼻を摘みながら疾走する。
「逃げるな! 貴様に戦士の誇りはないのか!」
ありませんよそんなモノ生後一週間以内で捨てました。
罵声に呑気な返事をしながら走っていた俺はやがて、耳に呪文が聞こえてくるのに気づいた。遠いからか聞き取りにくいが、朗々たる唱え方だ。
そして轟く叱声。
「―――【聖炎昇竜】!!」
同時に後ろの天井が崩落し、突風と金の火の粉が一斉に押し寄せる。慌てて振り向いた先には疲労を色濃く顔に乗せた青年の姿。そしてその手に握った剣から伸びた、鎌首をもたげる炎の竜。首と翼のみが現れているがその熱量は今までの比ではない。石ころが焦げ、真っ赤になっている。
音無き竜の咆哮にたじろぎ、一歩退くと青年はニヤリと笑みを浮かべた。
「やっと余裕を無くしたな、魔物め」
子どものように無邪気に笑う火竜の主に戦慄を覚えたその時。
青年が、棒切れのようにガシャンと音を立てて崩れ落ちる。そして端から空に消えていく竜のアギトが、最後に俺を噛み砕こうと首を伸ばした。
驚く俺の前で大きく開くアゴ。
「うおぉッ――――あれ」
咄嗟に仰け反りつつ影の盾を展開しようと魔力を込めたが、刹那の先に火竜がその身を虚空に散らす。
心臓に悪いだろうが貴様、と動悸を抑えつつ心の中で吐き捨てる。
バクバク暴れまわる心臓を抱えて青年にゆっくり歩みよると、穏やかな寝息らしきものが聞こえた。どうも熟睡しているらしい。
原因は不明ながら倒れてくれているので、さっさと剣を構える。その時。
首元に切っ先を向けると不意に横から響いた轟音。ズン、とかドンだとかそんな感じの重厚な音に身構える。
今日一日ですっかり敏感研ぎ澄まされた俺の警報が、途端に脳内で叫び声を上げる。半ば本能に従って剣を構えると、壁が崩れて肌色のナニカが弧を描き、俺に突き出された。
「―――がはッ」
そのまま強かに打たれて吹き飛ぶと、地面を転がっていく俺。鎧による緩衝ははっきり言って効果などなく、打撃の痛みが直に伝わった。
うつ伏せに倒れて顔だけを上げる俺の視界に映った巨魁に浮かぶ苦笑。
ああ、今日はなんて先客万来なんだ、と。
そこにのそりと現れたのはこれも前に襲われた、あの、筋肉。盾を粉砕して俺に絶望を与えた悪魔にして巨体を誇る冒険者。
彼は目を見開くと足元に瓦礫に埋もれて転がる青年を発見した。『大丈夫かなドラグン殿』などと声を掛けながら、足首を掴んで引っ張り上げる。プラーンと空中に逆さ吊りされるドラグン青年。可笑しすぎて思わず声を立てず笑ってしまう。
筋肉は逆さ吊りにしたドラグンを肩に担ぎあげ、周囲を一瞥した後に筋肉はのっしのっしと去っていった。
その光景にもう一度吹いた俺は体中に走った激痛に顔をしかめた。




