19話 ばくち
バルトの燐光の灯る手にかざされ、ほんの少しずつ出血が治まっていくロン。そして巨大な盾と棍棒を扱うカルロ、それから三角盾と鉈を匠みに振るうヘイズンが一定時間で湧く魔物と均衡した戦いを繰り広げている。
そして俺は、というと。間合いの外から光球を打ち放ってくる魔法使いと交戦中である。
戦い慣れているらしく、一斉に四つ程光球をばら撒いて撃ってきたり、避けられないように魔法に時間差をつけてきたりとかなり厄介な攻撃の数々が襲って来ている。
やたら重みのある光を、影を纏う剣で受け流し弾き飛ばししつつ、懸命に間合いを詰めようと光弾が止まった瞬間に走り出す。やはり、と言うべきか筋肉がついてかなり速度が出るようになった体が今現在出せる最高速度で距離を詰める。
「ほう」
だが感嘆の声と共に撃ち出される五つの凶悪な光弾が、頭や腹に手足などを目掛けて飛んでくる。慌てて立ち止まり、いつもより濃厚に影を纏う剣―――影太刀とでも呼ぼうか―――で当たりそうな光を跳ね返す。魔法使いがあらぬ方向に飛んでいった自身の魔法に視線を送り、軽く頷いた。顔を戻した魔法使いから鋭い視線が向けられる。疑惑の目。
「やはり知能があると見える……しかしそれほどの種族ではないはず」
コチラが言語まで理解していると思っていないのか、ぼそぼそと解説っぽい独り言をつぶやく。
腕をだらりと下げ、魔法を発動していないのを確認してから走りだすと、魔法使いの意識が覚醒、俺に集中した。虚空に突然現れる光。
軽い、シュッという音を放って飛ぶ魔法をもはや真っ黒に染まった長剣でさばく。ここまで強化しないと影が光に負けて霧散してしまうのだ。そのせいで俺の防御用に回す影がない。
あまり手の内、つまり【影神の祝福】はともかく【知神の祝福】は知られたくないので、ボロを出さぬよう警戒しながら影刃を構える。距離は殆ど縮まっていない。
「魔法を警戒、と。コレはなんとも……」
悩み始める魔法使い。その隙に、今度は足元の石弓を拾って矢を装填、即座に打ち放つ。隙だらけの魔法使いに迫った矢が残り数㎝で――――ってはァ?
そこらの岩石に、刺さりはしなくても表面に傷を残すほどには威力のある射撃が、魔法使いの目と鼻の先で壁に当たったように跳ね返ってしまった。
その音に顔を上げる魔法使いは俺の手の内にある石弓、地面に転がる矢を見てフンと鼻を鳴らす。
次いで俺の顔に浮かぶ驚愕の感情を読み取ると、ニヤリと笑う。
「感情まであるのか。おもしろいな、お前は」
冷や汗が背筋を這いまわった気がした。汗腺なんてもの、あるのか知らないが。
「しかしなぜ知性があるかが分からんな」
一つ呟き、魔法使いは首を捻った。だがそれは数秒のこと。何か、力の奔流が俺に狙いを付ける。味わったのは軽い既視感。以前骸骨だった頃、別の骸骨戦士と初めて戦った時のこと。小剣を突きつけられたような、しかしそれとは比べ物にならない巨大な何か。
魔法使いの細身の体、その前に光球が現れる。それは瞬く間に増殖し、たちまち八という数になってしまった。
「だがまあ、後で調べればよい話―――【光球舞踊】」
一斉に、別の軌道を描きながら襲い来る魔法。あるいは直線、あるいは這い寄るように地面を、あるいは一旦上昇し頭上から。一体の蘇人に向けるには大仰に過ぎる攻撃に、俺の意識全てが警鐘を鳴らす。そして僅かに遅くなる世界。【知神の祝福】によって情報の処理速度が早くなっている意識の中、状況を確認する。
八個の光球を打ち出した魔法使いの体がグラリと揺れる。やっと止血し終わったバルト、竜骨戦士に棍棒を折られたカルロ。全てを視界に収め、それでもなお道が見つからない。正確に言うと絶対に安全な道がなくなってしまった。ここからは賭け。いちかばちか、やってみなくちゃ分からない一発勝負の大博打だ。賭けるのは唯一無二の命。
影が長剣から消え、ゆっくりした世界の中目を見開く魔法使い。同時に蠢く、足元の影。
「なッ」
驚きの声を発する彼の言葉を最後まで聞くことなく、俺の視界を闇が覆う。
小さく呟く。
「成功、か」
俺が咄嗟に作ったのは、影による丸い、全方位の盾。音も光もない無明の闇の中、感覚で盾の表面が光によって千切られこと、しかしまだ穴のあいていないことを確認する。
盾を取り払った俺がニヤリと笑ってみせると、蒼白な魔法使いが唇を噛んだ。
―――いちかばちかの賭けでこちらも余裕がなかったのは、隠し通せたようだった。