15話 いたい
遥か上へと逃げていった男を見送り、俺はやれやれと気を緩めた。地面から湧いてきた骸骨を片手間に両断し、未だ長剣に霧による強化をしていたことを思い出した。霧を吸い込むよう意識するとスルスルと腕骨に染み込むように消えた。
家路につきながらふむ、と考える。
逃げに転じたこと、俺の防御が硬かったから今回は勝ちを拾ったが、もしかして彼自身、結構強い部類に入るのではないだろうか。無論、今まで俺が戦った中では。
俺には何となくだが、彼の作戦が読めていた。まず気配を隠して接近、陽動として大剣の重さに任せた攻撃をする。攻撃がマトモに食らおうが浅かろうが、当たれば当然隙ができる。そこを突剣でトドメ、というモノだろう。まぁ、骨の体を持つ俺にあの一投が効くかどうかはともかくとして、あの細見に陽動とはいえ大剣を振れる筋力は普通ない。つまり話に聞く職業とやらの補正が掛かっているのだろう。
長剣の腹を向けて振り回す。ボケッと立っていた骸骨戦士の頭が揺れ、次いで加えた二撃目で地面に倒れ伏した。
呑気に骸骨を見つけては虐殺していると、それは突然やって来た。何の、予兆もないままに。
(おぉ……ぐァッ)
痛い。生まれてこの方マトモに痛みを味わったことがないのに、周囲に誰もいないのに。まるであるはずの無い神経を切り刻まれるような感覚に、薄れる意識の中を痛いという言葉と概念が駆け巡る。俺に呪いを掛ける魔法使いでもいるのかと視線をめぐらせるが誰もいない。思わず膝をつき四つん這いになる。
【知神の祝福】が何かを伝えようとしている気がするが、本能の部分にまで侵食し始めた激痛には焼け石に水、辛うじて正気を保つことしかできなかった。
(グぁ、ァァぁ……ッ)
耳に小さく、パキパキボキボキと枯れ枝の折れるような音が響き、心の中で絶叫する。頭の中には痛いという感覚のみが牙を剥く。
(アアァァァァァァッ」
耳に誰かの絶叫が炸裂する。
「はぁっ、はぁっ」
痛みが、消失―――いや、ほとんど消えた。
呼吸が激しい。頭痛にくらりと眩暈を感じ、慌てて迷宮の壁に手を付く。顔を上げて見れば、ブレる視界の中で俺の家へ続く石版が見えた。必死の思いで石版をずらし、転がり込み、倒れる。激しい頭痛の残響が俺の中でのたうつ。いつもはスカスカの鎧が痛く感じ、留め金を外し長剣を床に放り投げ、ベッドに倒れる。
体感時間未だ夕刻。だが俺は安全地帯に来たことで完全に緩み、意識を手離しかけていた。危うく閉じかけるまぶたの向こうに、二人の冒険者が見える。また来たのか。そういえば開けっ放しだったな、扉。
「ベインと、ルカ、だろ」
「―――え、もしかして、あの、ジェラードさん!?」
ベインの声を聞きながら、俺の意識は押し寄せる睡魔の大波に洗い流された。




